第02話 盗賊団営業部
ここは大貴族、エルンハルトの分家筋にあたる邸宅。
ヴィオラとリリカは、その中の一室へと通されていた。
ヴィオラはこの日のために、落ち着いた色味のビジネススーツを新調していた。メイクも控えめに整え、なぜか伊達メガネまでかけている。その姿は、もはや盗賊団の幹部とは程遠い、知的な女性のそれだった。
一方のリリカは、小悪魔のような尻尾を巧妙に隠し、人族として違和感のない姿で佇んでいる。もともと人間とそう違わない外見をしている彼女にとって、擬態は容易だった。
ヴィオラがドランらを通じて掴んだ情報によれば、エルンハルト一族の中でも、この屋敷の当主は“技術好き”として知られ、かつては自ら魔導ギア工房を営んでいたという。
しかし、王国全体がWSOの制裁を受けた余波によって、彼の工房も閉鎖を余儀なくされた。
現在、国内で生き残っている魔導ギア関連の組織は、違法脱法なんでもありのブラック冒険者ギルドと、ドワーフ商工会くらいである。
ちなみに、ドワーフ商工会だけが、今もなおWSOとの関係を維持できている理由──
それは、法的な所属がこの王国ではなく、ドラグーン帝国にあるためである。
だが彼らは形式上の本籍が帝国に残っているだけで、生活の基盤はすでにこの王国にある。
撤退もかなわず、長らくブラック冒険者ギルドなどの下請け稼業で糊口をしのいできた──それが、彼らの実情である。
そのドワーフ商工会の職長ドランと、この邸宅の主である男は、旧知の仲であるという。
いまだ技術への関心は衰えておらず、ドランにはたびたび私信を寄せているらしい。
実際、ドワーフ商工会が魔王カンパニーへの営業を模索していた際も、彼は強い関心を示していたという。
もっとも、領地経営が苦しい折、資金的な問題から話は立ち消えとなったようだ。
だがヴィオラは、そこに商機を見出していた。
ホワイト盗賊団が仕掛けるのは、「産業振興」という新たなかたちの布石だ。
領地の財政を立て直し、成功モデルを築く──それは営業であると同時に、先行投資でもあった。
そして、いずれはエルンハルト本家すら巻き込む。
その先には、十分なリターンが見込める未来がある。
ドランがその男に連絡をとったところ、「話を聞いても良い」との返答を得た。
しかしドランは現在、精霊炉の調整にかかりきりだった。そこで登場するのが、盗賊団の営業担当ふたりである。
応接室のソファーに並んで腰掛けるヴィオラとリリカ。
しばらくして、当主の男が入室してきた。
男は、すでに老年に達していた。
白髪は薄く、体つきも痩せ細っている。
色黒の肌には深い皺が刻まれ、その人生の年月を物語っていた。
だが、背筋はまっすぐに伸びている。
そして何より、目の奥に宿る光──それだけが、若者にも劣らぬほど爛々と輝いていた。
男はヴィオラとリリカを見るなり、破顔した。
「おお〜、こりゃまたべっぴんさんじゃ。ええのう」
ヴィオラは軽く微笑み、丁寧に頭を下げる。リリカもそれに倣った。
アウトローの世界で切った張ったをくぐり抜けてきたヴィオラにとって、この程度のセクハラ発言など、そよ風のようなものだった。
そしてリリカもまた、今なお荒くれ魔族の気風が色濃く残る地方の出身。
美麗な見た目とは裏腹に、その肝の据わり方は相当なものだった。
ヴィオラは、スッと名刺を差し出す。
「はじめまして。エドワルド=ハインリヒ=フォン=エルンハルト様でいらっしゃいますね。ホワイトシーフ商事のヴィオラ・クレイと申します」
リリカも続いて挨拶。
──さすがに「盗賊団」と堂々と名乗るわけにはいかなかったため、一見して分かりづらい社名をひねり出したのだ。
なお、この社名は、ドワーフ商工会の関連企業として正式に登記済みである。
表向きの業種は「素材調達商社」となっている。
エドワルドは遠慮のない視線を、ひとしきりヴィオラとリリカに浴びせると、ようやく腰を下ろした。
「それで……ドランが言っとった商談ってのは何じゃ。言っとくが、金はないぞ。見ての通りな」
そう言い放って、カッカッカと笑う。
なるほど──。
たしかに邸宅は大きいが、全体的に古びており、手入れもあまり行き届いているようには見えない。
部屋の中には飾り気というものがほとんどなく、あるのはクッション性の失われた年季物のソファーと、脚にひびの入ったテーブルだけだった。
分家とはいえ、大貴族に連なる者とは思えない質素さだ。
だがこの男は、領民を契約労働者として切り捨てず、私財を切り崩してまで養っていると聞く。
そういう男だからこそ──ホワイト盗賊団が手を組むに足る相手だった。
リリカが静かに切り出した。
「私たちがご提案するのは、魔導ギアによる生産性の向上です。エドワルド様の領地は穀倉地帯だと伺っておりますので」
──もっとも、それは「過去の話」である。
エドワルドの治める土地は、かつて黒土に覆われた豊饒の地だった。
作物はよく育ち、王国有数の穀倉地帯として知られていた。
しかし、魔導ギアが失われた今、頼れるのは人力か、せいぜい牛馬程度の動力にすぎない。当然、生産量など期待できるはずもない。
加えて、この近辺では凶暴な魔獣による被害が頻発しており、土地は荒れ、耕作すらままならぬ状況に陥っていた。
エドワルドは「魔導ギア」という言葉に即座に反応した。
「魔導ギアだと? ……ドランのやつ、非正規品の横流しはWSOの制裁をくらっても文句は言えんぞ。 人間、食い詰めると職人のプライドもあったもんじゃないのう」
皮肉めいた口調で、カラカラと笑う。
しかし、リリカは涼しい顔のまま受け流した。
「いえ、それは誤解です。今回ご提案するのは、WSOの正規品です。型式登録済ですし、認証を受けた契約術式を封入しております」
エドワルドは、別の疑念を口にした。
「……おい、正規品は国内じゃ使えんって話、知らんわけじゃあるまい?」
ヴィオラはメガネをそっと整えなおすと、妖しげな笑みを浮かべた。
「そんなもの──無視してしまえばいいんです」
そして、身を乗り出すようにして、上目遣いでエドワルドに詰め寄る。
その目には、どこか挑発的な光が宿っていた。




