表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/152

第02話 盗賊団営業部

ここは大貴族、エルンハルトの分家筋にあたる邸宅。


ヴィオラとリリカは、その中の一室へと通されていた。


ヴィオラはこの日のために、落ち着いた色味のビジネススーツを新調していた。メイクも控えめに整え、なぜか伊達メガネまでかけている。その姿は、もはや盗賊団の幹部とは程遠い、知的な女性のそれだった。


一方のリリカは、小悪魔のような尻尾を巧妙に隠し、人族として違和感のない姿で佇んでいる。もともと人間とそう違わない外見をしている彼女にとって、擬態は容易だった。


ヴィオラがドランらを通じて掴んだ情報によれば、エルンハルト一族の中でも、この屋敷の当主は“技術好き”として知られ、かつては自ら魔導ギア工房を営んでいたという。


しかし、王国全体がWSOの制裁を受けた余波によって、彼の工房も閉鎖を余儀なくされた。


現在、国内で生き残っている魔導ギア関連の組織は、違法脱法なんでもありのブラック冒険者ギルドと、ドワーフ商工会くらいである。


ちなみに、ドワーフ商工会だけが、今もなおWSOとの関係を維持できている理由──

それは、法的な所属がこの王国ではなく、ドラグーン帝国にあるためである。


だが彼らは形式上の本籍が帝国に残っているだけで、生活の基盤はすでにこの王国にある。


撤退もかなわず、長らくブラック冒険者ギルドなどの下請け稼業で糊口(ここう)をしのいできた──それが、彼らの実情である。


そのドワーフ商工会の職長ドランと、この邸宅の主である男は、旧知の仲であるという。

いまだ技術への関心は衰えておらず、ドランにはたびたび私信を寄せているらしい。


実際、ドワーフ商工会が魔王カンパニーへの営業を模索していた際も、彼は強い関心を示していたという。

もっとも、領地経営が苦しい折、資金的な問題から話は立ち消えとなったようだ。


だがヴィオラは、そこに商機を見出していた。


ホワイト盗賊団が仕掛けるのは、「産業振興」という新たなかたちの布石だ。

領地の財政を立て直し、成功モデルを築く──それは営業であると同時に、先行投資でもあった。


そして、いずれはエルンハルト本家すら巻き込む。

その先には、十分なリターンが見込める未来がある。


ドランがその男に連絡をとったところ、「話を聞いても良い」との返答を得た。

しかしドランは現在、精霊炉の調整にかかりきりだった。そこで登場するのが、盗賊団の営業担当ふたりである。


応接室のソファーに並んで腰掛けるヴィオラとリリカ。


しばらくして、当主の男が入室してきた。


男は、すでに老年に達していた。

白髪は薄く、体つきも痩せ細っている。

色黒の肌には深い皺が刻まれ、その人生の年月を物語っていた。


だが、背筋はまっすぐに伸びている。

そして何より、目の奥に宿る光──それだけが、若者にも劣らぬほど爛々と輝いていた。


男はヴィオラとリリカを見るなり、破顔した。


「おお〜、こりゃまたべっぴんさんじゃ。ええのう」


ヴィオラは軽く微笑み、丁寧に頭を下げる。リリカもそれに倣った。


アウトローの世界で切った張ったをくぐり抜けてきたヴィオラにとって、この程度のセクハラ発言など、そよ風のようなものだった。


そしてリリカもまた、今なお荒くれ魔族の気風が色濃く残る地方の出身。

美麗な見た目とは裏腹に、その肝の据わり方は相当なものだった。


ヴィオラは、スッと名刺を差し出す。


「はじめまして。エドワルド=ハインリヒ=フォン=エルンハルト様でいらっしゃいますね。ホワイトシーフ商事のヴィオラ・クレイと申します」


リリカも続いて挨拶。


──さすがに「盗賊団」と堂々と名乗るわけにはいかなかったため、一見して分かりづらい社名をひねり出したのだ。


なお、この社名は、ドワーフ商工会の関連企業として正式に登記済みである。

表向きの業種は「素材調達商社」となっている。


エドワルドは遠慮のない視線を、ひとしきりヴィオラとリリカに浴びせると、ようやく腰を下ろした。


「それで……ドランが言っとった商談ってのは何じゃ。言っとくが、金はないぞ。見ての通りな」


そう言い放って、カッカッカと笑う。


なるほど──。

たしかに邸宅は大きいが、全体的に古びており、手入れもあまり行き届いているようには見えない。


部屋の中には飾り気というものがほとんどなく、あるのはクッション性の失われた年季物のソファーと、脚にひびの入ったテーブルだけだった。


分家とはいえ、大貴族に連なる者とは思えない質素さだ。


だがこの男は、領民を契約労働者として切り捨てず、私財を切り崩してまで養っていると聞く。


そういう男だからこそ──ホワイト盗賊団が手を組むに足る相手だった。


リリカが静かに切り出した。


「私たちがご提案するのは、魔導ギアによる生産性の向上です。エドワルド様の領地は穀倉地帯だと伺っておりますので」


──もっとも、それは「過去の話」である。


エドワルドの治める土地は、かつて黒土に覆われた豊饒の地だった。

作物はよく育ち、王国有数の穀倉地帯として知られていた。


しかし、魔導ギアが失われた今、頼れるのは人力か、せいぜい牛馬程度の動力にすぎない。当然、生産量など期待できるはずもない。


加えて、この近辺では凶暴な魔獣による被害が頻発しており、土地は荒れ、耕作すらままならぬ状況に陥っていた。


エドワルドは「魔導ギア」という言葉に即座に反応した。


「魔導ギアだと? ……ドランのやつ、非正規品の横流しはWSOの制裁をくらっても文句は言えんぞ。 人間、食い詰めると職人のプライドもあったもんじゃないのう」


皮肉めいた口調で、カラカラと笑う。


しかし、リリカは涼しい顔のまま受け流した。


「いえ、それは誤解です。今回ご提案するのは、WSOの正規品です。型式登録済ですし、認証を受けた契約術式を封入しております」


エドワルドは、別の疑念を口にした。


「……おい、正規品は国内じゃ使えんって話、知らんわけじゃあるまい?」


ヴィオラはメガネをそっと整えなおすと、妖しげな笑みを浮かべた。


「そんなもの──無視してしまえばいいんです」


そして、身を乗り出すようにして、上目遣いでエドワルドに詰め寄る。


その目には、どこか挑発的な光が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ