表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/168

第20話 未来への導き

王都騎士団、執務棟。


ベアトリスの執務室は、静謐と荘厳に満ちた空間──のはずだった。

だが、この日ばかりは様子が違っていた。


ベアトリスは、いつも通り微笑を浮かべて、重厚な執務机の椅子に腰掛けている。

──けれど、彼女の前に立つミレーヌの勢いに、完全に押されていた。


ミレーヌは机に両手をつき、ぐいっと身を乗り出す。


「で、私、決めたんです!

この国を良くしたいんです。誇りをもって生きていきたいんです!!

ベアトリス様は、ずっとこの思いだったのに……私、全然気づかなくて……」


そこまで言って、ミレーヌは(うつむ)いた。


一転して静まり返る室内。

ベアトリスが恐る恐る様子をうかがおうとした、そのとき──


突然、ぐわっと顔が上がった。


「もう大丈夫です! 私がいます!!」


あまりの勢いに、ベアトリスは微笑を崩さぬまま、背を反らせた。


──その背後から、冷静な声が響く。


「全然大丈夫じゃないわよ……どうして、そうすぐに興奮するの?

本当にアリサさんにそっくり」


セリーナだった。


ミレーヌは、バッと振り向き、声を荒げた。


「ちょっと、一緒にしないでよ!」


“アリサと同類”──

この言葉が効くことは、すでに学習済みである。


ベアトリスは、困ったように目を伏せ、それからセリーナへ、そしてリュシアンへと視線を投げかけた。


このふたりは、司書室での話が終わるなり「善は急げよ!」と飛び出して行ったミレーヌを追いかけてきたのだ。


何をしでかすか分からない。

かつては、ベアトリスの“光”とアリサの“(ともしび)”との間で揺れ、不安定だったミレーヌ。

……だが、吹っ切れた今は今で、また別のベクトルで危なっかしい。


セリーナは、小さくため息をついた。


その隣で、リュシアンが静かに口を開く。


「あの……ベアトリス様。

言ってくれましたよね。正しい判断をするには、正しい知識が必要だって。

知った上で考えて欲しいからこそ、あの日、ボクたちに“現実”を教えてくれたんだと思っています」


穏やかな口調で言葉をつなぐ。


「……その現実は、確かにつらかった。

でも、諦めるんじゃなくて……変えたいと思ったんです」


ベアトリスは、落ち着きを取り戻したように、両手を机の上に重ねた。


リュシアンはさらに続ける。


「でも、気持ちだけじゃ変えられない。

導いてくれる誰かから学び、実践して、次の誰かへ伝えていく必要がある……。

ミレーヌさんは、ベアトリス様から学びたいんです。そうですよね?」


「そう、その通り!」

ミレーヌは勢いよく(うなず)いた。


そして、背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐにベアトリスを見つめる。


「彼の言うとおりです。

私は、ベアトリス様から“正しい秩序のかたち”を学びたい。そして、それをもとに、この国を変えていきたいんです。

私だけじゃありません。セリーナも、リュシアンも!」


……ん?


リュシアンは、一瞬言葉を失った。

いつの間にか自分が頭数に入れられていたことに気づき、内心で焦る。


(え、ボクも……?)


しかし、否定できる雰囲気ではない。

いや、賛成か反対かと言われれば……賛成だ。たしかに、自分もそう思っている。


そんな彼の戸惑いをよそに、ミレーヌは話を続けた。


「ベアトリス様、お願いです。一緒に立ち上がってください。

私たちが全力で支えます。

そして……誇りを取り戻した国を、次の世代へと受け継ぎたいんです」


ベアトリスは静かに思う。

この子たちには、かつて王国の真実を語ったときに見せていた“絶望の表情”が、もうない。


──その理由は、分かっている。


アリサの(ともしび)が、彼女たちを立ち上がらせたのだ。疑いはなかった。


それは、素直に嬉しかった。けれど──

光を失った今の自分に何ができるだろう。


「ミレーヌ」


ベアトリスは彼女の名を呼び、まっすぐにその目を見据(みす)えた。


「それが、あなたの“騎士”としての生き方なのね。

……よく言ってくれました」


「じゃあ……!」


勢いづくミレーヌを、ベアトリスは手で制した。


「でも……とても説明しづらいのだけれど……。

私にはもう、誰かを導いていけるような“力”が──」


言葉を慎重に選ぶベアトリスに、ミレーヌはあっさりと言い放つ。


「ああ、精霊共鳴のことですよね?

でも、それって必要ですか?

私は、“あなた”という人に、ついて行きたいんですけど」


ぽかんとするベアトリスに構わず、さらに言葉が続く。


「ここにいる全員、分かってますよ」


ミレーヌは、いつも冷静沈着なベアトリスが初めて見せる表情に、ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべた。


「まあ……たしかに、最近までは精霊共鳴の影響はありましたけど?

すっごく強烈なの、もらいましたからね」


そう言って、わざとらしく肩をすくめ、身をよじって見せる。

だが──ふいに、その顔が静かに曇った。


「……あの頃の私は、“光”だけがすべてだと思ってました。

ううん、今だって……まだ、そうかもしれない」


その言葉にベアトリスは、はっと息をのむ。


彼女は悟った。


かつて、自分が理想の秩序を信じ、願い、そして放っていた精霊共鳴。

それは確かに、ひとつの“希望”だった。


──だが、それは。

ミレーヌにとって、“光に満ちた魂の牢獄”でもあったのだ。

あの、自己犠牲に近い献身も。

アリサがあらわれてからの、揺らぎと苦悩も。

そのすべてが──


(私は……なんてことを)


ベアトリスは、静かに顔を伏せた。


自分の心が正しければ、精霊共鳴の波動もまた正しく作用する。

そう信じて疑わなかった。

それが、どれほど傲慢だったか──

いまさらながら、思い知る。


……喉の奥が震える。

どう償えばいい?

なにを、どう(あがな)えばいいの?


わからない。けれど。

それでも、謝らなければ──。


言いかけた、そのとき。


「いいんです」


ミレーヌのやわらかな声には、(ゆる)しがあった。


「私は、光を信じたことに、後悔はありません。

そして今は──ベアトリス様の理想を、私の手で叶えたい。

私自身と、この国の未来のために」


アメジストの瞳に、まっすぐな微笑が映る。

その口元が、ゆっくりと開いた。


「……導いてもらえますか?」


──ベアトリスは、新しい希望を、またひとつ見つけた。


その希望は、諦めかけていた自分に立ち上がれと言ってくれる。


精霊のまなざしが自分から外れたことに、もし意味があるのだとしたら……。

それはきっと、このためだったのだ。


静かに(うなず)くベアトリス。


ミレーヌは小さく息を吸い込み、胸の前でぐっと両こぶしを握りしめた。


***


「……それで、あなた。レイラさんのことで相談があったんじゃない?」


セリーナが冷静な声で問いかける。

そもそもの話の入り口は、そこだったのだ。


ミレーヌは「ん~」と額に手を当ててしばらく考え込み、あっさりと。


「ああ、忘れてた」


セリーナが呆れるのも構わず、ミレーヌはベアトリスに向き直る。


「契約労働者の件で報告書にあった、あの記者のことですが──

彼女のことを、ガーランド団長に調査されるのは危険だと考えています」


そう前置きした上で、これまでの経緯を説明していく。


「国外の情報を……」


ベアトリスは、眉根を寄せて考え込んだ。

確かに、ただの記者とは思えない。

他国──あるいは、WSO(世界精霊機関)の関係者である可能性もある。


仮に他国の諜報員であれば、見返りもなくアリサに情報提供するとは考えづらい。

懐柔を狙っているのかもしれないが、リスクが大きすぎる。

それに、新兵一人にそこまでの価値があるとも思えない。


……となれば、WSOの線のほうが現実的だ。


アリサの精霊共鳴。

契約労働者に対する取材活動。

──状況的には、すべてが符合している。


もし本当にWSO関係者だとすれば。

この国の未来を考えるなら、世界との関係改善は避けて通れない。

そして──もしかすると、彼女がその糸口になるかもしれないのだ。


(この国は、いま確かに動き始めている)


希望がようやく芽吹こうとしている。

ならば、そんな芽が踏みにじられるようなことは、決してあってはならない。


「レイラさん──彼女の身の安全を最優先に。急ぎましょう」


そしてベアトリスも、彼女の戦いに踏み出そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ