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第19話 決意

「だから、悪かったってば」


ミレーヌは、薄笑いを浮かべながらセリーナに頭を下げた。


だが、セリーナは圧を(にじ)ませる。


「ノックくらいするべきでしょう?

普段から“騎士の心得”を後輩に説いているのに……本人がこれでは示しがつかないわ──それに、趣味が悪い」


あのあと、ミレーヌがドアをほんの少し開けて覗き込もうとしたところを、セリーナに取り押さえられたのだ。


「いやほら、邪魔しちゃ悪いかなって。

私のことは気にせず、ふたりで続きをやってくれれば……ね?」


「はあっ!?」セリーナがついに声を荒げた。


その様子に、リュシアンは目を丸くする。

理知的で静かな彼女しか知らなかっただけに、思わぬ反応に驚きを隠せなかった。


セリーナは、リュシアンが引いたような表情をしたことに気付くと、小さく咳払いをして、慌てて態度を整えた。


「……それで、何か用があるんじゃないの?」


ミレーヌも、これ以上のからかいは止めておこうと悟ったのか、表情を戻した。


「そうね、相談があったんだけど……」と、リュシアンをちらと見る。


リュシアンは気を利かせて、そっと声をかける。


「あ、じゃあボクはこれで」


しかし、ミレーヌは立ち去ろうとするリュシアンを手で制した。


「いえ、あなたにも聞いてもらいたいわ。レイラさんのことなんだけど」


リュシアンとセリーナは顔を見合わせる。

また意外な名前が──


ミレーヌは、事務机の椅子に腰を降ろし、二人にも座るよう目配せをした。


そして、全員が落ち着いたことを見届けると、静かに口を開く。


「アリサから聞いたの。レイラさんは“外国”のことを知ってるって。

一介の記者が……どう思う?」


それは、確かに奇妙だった。


記者という職業柄、情報に通じているのは分かる。

だが、“外国”の事情となると話は別だ。


この王国は、国境を越える往来を厳しく制限している。

外の情報は国家機密として扱われることも多く、

民間人が簡単に触れられるようなものではないはずだ。


セリーナが右手で眼鏡を押し上げる。


「確かに、気になるわね……でも。それよりも──」


その先に来る問いを、ミレーヌは理解していた。


そして、アリサから聞いた“外国の話”を二人にも語り聞かせた。


しばしの沈黙ののち、ミレーヌは静かに締めくくる。


「アリサはあの性格だから、危険はないって思ったんでしょうけど。

普通は、騎士団──体制側の人間に喋っていい話じゃない。

あの記者、何かしら思惑は感じるけど……。

少なくとも、利害が対立する存在じゃない。そんな気がする」


その言葉に、セリーナの肩がピクリと揺れた。


「……どういうことかしら。

あなたも、騎士団の人間でしょう。その言葉の重み、分かって言っているの?」


鋭く突き刺さるセリーナの言葉に、リュシアンは思わず息を呑む。

だが、その問いかけはもっともだった。


体制側にとって都合の悪い情報を持つレイラ。

その彼女と“利害が対立しない”とは、どういうことなのか。


ミレーヌは、ポツリと低い声で(つぶや)く。


「そうね……まずは、はっきりさせておきましょうか」


彼女の雰囲気が明らかに変わっていた。

周囲の温度が急激に冷えていくような、そんな感覚。


セリーナとリュシアンが見守る中、静かに、しかし確かな足取りで立ち上がる。

その瞳には、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。


「……ねえ、セリーナ。

あなた、この国の現実を知って──どう思った?」


一拍の静寂を置いてから、きっぱりと言葉が放たれる。


「あるがままを受け入れて、静かに滅びていく……?

そんなのは、“絶対に”いや。私も、この国を変えるわ」


──私も?


その言葉に、リュシアンの思考が一瞬止まった。

他に“誰か”がいる。だが、考えるまでもない。


そしてミレーヌは、込み上げる思いを抑えきれず、一気にまくし立てた。


「アリサはアリサで、信じた道を行けばいい。

私は──ベアトリス様と共に、この国に“真の秩序”を実現する。

そう、決めたの!」


冷えていた空気が爆発するように熱を帯びる。


「体制? はっ、こんな腐りきった体制なんて、あの人の望んだものじゃない。

私はもう、“そっち側”の人間なんかじゃないわ」


思いがあふれ、止まらない。


「いままで私は、何も分かっていなかった。

ベアトリス様を……ずっと、ひとりで戦わせてしまっていた。

あの人は……私のせいで、孤独だったんだ」


言葉の端が、かすかに揺れる。

そして、振り絞るかのように言い切った。


「光があろうと、なかろうと……私は、あの人の理想のために生きるの。

燃え尽きるまで!!」


それは、ミレーヌが苦悩の果てに辿り着いた、ひとつの答えだった。


そして彼女の視線は、気迫に呑まれ、一言も発せずにいたセリーナをまっすぐに捉える。


「セリーナ……私たち、長い付き合いよね」


静かな口調。しかしその言葉には、確かな意志が込められていた。


「私はこの先、何が起ころうと──後悔のない生き方をしたい……。

あなたは、どうするの?」


その問いに、セリーナの瞳がわずかに揺れる。

一瞬迷ったが、告げることにした。


「……ミレーヌ。あなたの、その考えなんだけれど──」


言いかけたその瞬間、

ミレーヌの声がぴしゃりと遮るように割って入った。


「精霊共鳴なんて、関係ない」


その言葉は鋭く、そして揺るぎなかった。


「……悪いとは思ったけど。話は、聞かせてもらってたの」


一瞬の沈黙。

そして──


「私は、私の“決意”を言葉にしているの。これは……自分で選んだ道よ」


左胸にそっと右手を添え、まっすぐにセリーナを見つめる。


「私は光を信じている。いまでも。

でも──あの人のことを、もっと信じてるの」


セリーナは、ふぅ……と小さく息を吐いた。


「あなた……盗み聞きなんて。やっぱり趣味が悪いわよ」


呆れたように、けれどどこかあたたかく。


「でも。わかっているのなら……もう、言うことはないわ」


その視線は、まっすぐにミレーヌを捉えていた。


「けれど。ベアトリス様は、あなたの犠牲なんて、きっと望んでいない。

やるのなら、冷静に。それだけは約束して」


──そして、ひと呼吸置いて。彼女も決意した。


「……私も、戦うわ」


その言葉に、ミレーヌの顔がぱあっと明るくなる。


「そう言ってくれると思った!

この国の腐った連中を、まとめてやってるわよ!!」


セリーナはじっと、静かに(にら)みつける。


「冷静に、って言ったはずよ。

……あなた、最近アリサさんに似てきたんじゃない?」


「はあ? 私が、あの考えなしに似てるわけないでしょ」

即座に否定の言葉が返る。


けれど──そのやり取りを見ていたリュシアンは、

(いや、直情的なところは……確かに)と、心の中でうなずいていた。


そんな彼の視線に、ミレーヌがふと気づく。


「あ。忘れてた。きみはどうするの? お姉さんたちの仲間になる?」


意味深に、ニヤニヤと笑みを浮かべながら続ける。


「アリサのところは苦労するよ~?

きみみたいに頭が良くて、魔法も使える子は大歓迎!

いまならセリーナもついてくるし……。ね?」


──その瞬間、小部屋の空気が一変した。


「ミレーヌっ!!」


ダンッ、と拳がテーブルを叩く音が響く。

その勢いで、セリーナの眼鏡がずれる。


リュシアンはその勢いに驚きつつも、彼女の新たな一面に惹かれはじめている自分に気づいていた。

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