第17話 新しい騎士団
クラリスが、静かに言葉を発した。
「──おい、どういうことだ」
ヴィエール家の宴から数日後。
今は、組織の“秘密会議”の時間である。
集まっているのは、アーサー、カイン、クラリス、ロイ、そしてアリサ。
勤務時間終了後から夕食までの時間。クラリスの指導室に集まっていた。
「いつから私は……貴様の“下”になったんだ?」
低く、怒気を含んだ声でクラリスがアーサーに詰め寄る。
「あ? 俺は俺の組織を作るって決めてたからな。組織ってのは情報集めて、分析して、決断するリーダーがいないと成り立たないだろ?」
アーサーは悪びれもせず、どこまでも飄々としていた。
「──じゃあ、リーダーは俺しかいないよな」
あまりに堂々とした物言いに、クラリスは一瞬ぽかんとした。
そこに、アリサがフォローのつもりで言葉を投げかける。
「まあまあ、教官は脳筋ですし。リーダー向きじゃないってアーサーさんも言ってましたよ? ね?」
「ちょ、おいっ!?」
さすがのアーサーも慌てた。
やっぱりこいつはアホだ──手を組んだことを、ちょっとだけ後悔した。
「……何だと?」
クラリスは、こめかみに青筋を立てながらも、反面、冷静に考えていた。
たしかに、これは“武”で制圧するだけの戦ではない。
新時代を切り拓く──そんな覚悟が必要とされる闘いだ。
父ゴードンの言葉が思い返される。
「たとえ今は不遇でも、新しい体制でこそ力を発揮できる者がいる。気骨ある人材を支えろ」と。
(……物言いは気にくわんが)
アーサーの言うリーダー像にも、筋は通っている。
クラリスは静かに息を吸い、そして吐いた。
「……いいだろう。私はサブで構わん。ただし、お前の勝手は許さんからな」
ロイが目を丸くした。
あの鬼教官が、譲った……!?
だが──クラリスがふいに呟く。
「リーダーには“強さ”も必要だからな。夕食のあと、特訓に付き合ってもらうぞ。しっかり食っておけ」
……やっぱり根に持ってる。
ロイはそっと目を逸らした。
その場に、一瞬の沈黙が流れる。
それを破ったのは、意外にもカインだった。
「で、これからどう動く? 今の騎士団……特にガーランドは、強硬な体制派だ」
アーサーがうなずく。
「まあな。ヴァルトと組んで、こそこそ裏で動いてるくらいだからな」
──ヴァルト。
またひとつ、アリサには聞き覚えのない名前が出てきた。
彼女は少し躊躇したあと、意を決して口を開いた。
「あの……アーサーさん。私、教官から聞いたんです。マルセルって人が契約労働者の制度を作ったって。
ヴァルトって人はよく分からないけど……“体制側”の人たちって、どんな人なんですか?」
アーサーは一瞬、苦々しい表情を浮かべた。
それから軽く息を吐き、腕を組んで椅子に深く腰を沈める。
「マルセルに、ヴァルト……それからブラック冒険者ギルドとかいう連中。
アリサ、お前がこの国を“ホワイト”にしたいなら──こいつらは敵だ」
そう言って、アーサーは彼らについて簡潔に説明した。
関係性は、こうだ。
マルセルが「封建貴族の救済」と称して、労働市場の解放法案を通す。規制は緩和され、人が自由に“流される”ようになる。
そこに“中間業者”としてヴァルトが介入し、人々を安価にかき集めて、ブラック冒険者ギルドへと送り込む。
ちなみに、マルセルはヴァルトの事業にも幹部として名を連ねている。
ブラック冒険者ギルドは、素材採取や採掘といった過酷な現場に労働者を投入し、そこで得た資源を、王国と取引のあるごく限られた外国へと流す。
──そして、その貿易の窓口には、マルセルとつながった貴族たちが名を連ねている。
「いわゆる“既得権益”ってやつだ。俺たちは、ここと闘わなきゃならねえ」
──既得権益。
アリサには、その言葉の意味がまだぼんやりとしか掴めなかった。
そんな彼女の戸惑いを察して、カインが静かに口を開く。
「……どんな体制にも、既得権益は存在する。それ自体に善悪はない。だが──」
言葉にわずかな間を置き、カインは鋭く言い切った。
「それにしがみつき、他人の痛みを省みようとしない者たち。そういう連中が、俺たちの敵だ」
アーサーが少し肩をすくめる。
「ま、そんなに難しく考えることじゃねぇよ」
おどけたような口ぶりだが、その目は冷静だった。
「“契約労働者”みたいなクソみてえな制度でも、きっちり潤ってるやつらがいる。
そいつらにとっちゃ、WSOだの精霊さんだの、正しさなんてどうでもいいんだよ。
自分が得するかどうか──興味があるのはそれだけだ」
アーサーの言葉は、分かりやすかった。
しかし、アリサの胸に残ったのは──ひとつの、拭えない疑問だった。
この国が、世界に誇れない状況にあるのに。
緩やかに、破滅に向かっているのに。
それでも、なおしがみつく「何か」って──いったい何なのだろう?
お金? 地位?
それが、本当に人の望みなのだろうか?
もちろん、お金は必要だ。
けれどそれは、この国がふたたび立ち上がって、
みんなが幸せに暮らしていくために必要なもののはず。
アーサーやカインには、敵と断じられた者たち。
契約労働者たちのことを思えば、胸がざわつく。許せない──そんな気持ちもある。
けれど、本当に……
“みんな”の幸せのために、「要らない人たち」なんているのだろうか?
その疑問は、まだ名前のない小さな芽だった。
けれど確かに、アリサの胸の奥に、静かに根を下ろしはじめていた。
その思考を、アーサーの言葉が遮る。
「今後の活動だけどな。いずれ……いや、近いうちに俺はこの騎士団を離れるつもりだ」
「えっ……」
思わず声が漏れる。アリサは驚いた。
けれど、すぐに思い直す。考えてみれば、当然のことだった。
王都騎士団は、体制の象徴。その中核にいるのが、団長ガーランド。
ならば、ここにいても“変える”ための活動は制限されるだけだ。
あの日、アーサーに投げかけられた言葉が、胸によみがえる。
──お前は、“王都騎士団”のアリサか?
──それとも、“騎士”のアリサか?
どっちだ?
(私は……)
アリサは、ぎゅっと拳を握りしめた。
(私は“騎士”だ。だけど──私ひとりじゃ、何もできない。なら……!)
その思いに背を押されるように、勢いよく立ち上がる。
「私も出ます!」
唐突な宣言に、一同が目を見張る。
アリサは胸を張り、高らかに言い放った。
「そして、私は新しい騎士団を作ります! ホワイトなやつを!!」
場に数秒の静寂が落ちる。
アーサーは呆気に取られたまま、ぽつりと呟いた。
「……だから、俺の先回りばっかすんじゃねえよ」
そしてすぐ、アリサに向き直って言い添える。
「おい、団長はリーダーの俺だからな。お前にやらせたら、どうせ暴走するだろうが」
一同は、深く頷く。
アリサは、エヘヘと照れ笑いを浮かべた。
その灯に──
精霊が、そっと寄り添っていた。




