第16話 宴のざわめき
「それでは──我らの新たなる決起に、乾杯だ」
宗主ゴードンの声が高らかに響く。
アリサとロイは、ヴィエール家の客として、一族の宴に招かれていた。
騎士団にはすでに使いの者を向かわせてある。
本来、新兵には門限が設けられているが、今回はクラリスの実家という特別な事情もある。
フレッドも便宜を図ってくれるはずだ。
名目上は“個別訓練”としている。
クラリスのみならず、ヴィエール一族の支援を得たアリサ。
だが見方を変えれば──アリサこそが、ヴィエールとこの国の未来を救ったとも言えた。
当初、彼らは王都貴族と王室を武力でもって排除せんと、血気にはやっていた。
だが、仮に一時的に制圧できたとしても、その後が続かなかっただろう。
下手をすれば泥沼の内乱。WSOとの関係改善など夢物語に終わっていたに違いない。
武力行使が必要とされる局面は、確かに存在する。
この世界は優しくない。だからこそ、否定はしない。
それはあくまで手段であり、目的ではない。
アリサは──その目的を、彼らに“ホワイトな国づくり”というかたちで示したのだ。
目指すのは、中央政府樹立と議会制の確立。
そのためには、貴族と民衆、双方の理解と協力が欠かせない。
いたずらに逸らず、同志を増やしていく。
それが、彼らの“静かなる決起”だった。
***
ヴィエールは、質実剛健を旨とする一族である。
だが、今宵ばかりは様子が違っていた。分家の長たちが集い、さらに新たな同志が二人。
広間の大きなテーブルには、馳走と美酒が惜しげもなく並べられている。
ロイは、早々に勧められた料理に舌鼓を打ち、すっかり上機嫌だ。
最初こそ緊張していたものの、天性の明るさと人懐っこさで、すぐに周囲の男たちと打ち解けていた。
一方のアリサは、筋骨隆々の男女に囲まれ、目を輝かせていた。
その姿は、まるで憧れの英雄たちに出会った子供のようだった。
そんな中のひとり──威風堂々たる女性が、席を立ちアリサのもとへと歩み寄る。
年の頃は二十代後半から三十代前半か。
身長こそ平均的だが、広い肩幅と引き締まった体躯が、日々の鍛錬の賜物であることを物語っていた。
女性は「ヒルダ」と名乗ると、がっしりとした手を差し出した。
それはまるで、戦場で交わすような実直で力強い握手だった。
「私はリエンツ地方を預かっていてね。魔王領が近くて、そうそう空けられないんだが──
宗主の呼びかけとあっては話は別さ。そんな日に、あんたと出会えたのは嬉しいね」
そう言って、ヒルダは眩しそうに目を細め、アリサを見つめた。
目の前にいるのは、年端もいかない少女。
だが──未来を語るその姿に、確かに宿っていた。“圧倒的な何か”。
それは鍛錬でも経験でも辿り着けない、異質な地平。
ヒルダは、ただ静かに──その灯に敬意を表した。
一方でアリサは、ヒルダの言葉にふと記憶を呼び起こしていた。
「リエンツって……たしか、義賊が活動している地方ですよね?」
ヒルダは軽く頷く。
「ああ。もっとも、最近は鳴りを潜めたようだけどね。私の任務はあくまで国境線の警備だから、直接の関わりはないけど」
アリサはその言葉を聞きながら、胸の奥で何かが引っかかっているのを感じていた。
騎士として、義賊の行いを是とはできない。
けれど、噂によれば彼らは契約労働者たちを、見返りもなく解放しているという。
この国の一員として、彼らにも何か──事情があるのかもしれない。
いや、それ以上に……自分と義賊との間に、運命めいた“何か”がある気がしてならなかった。
考えた末に、アリサは思い切って口を開いた。
「ヒルダさん。その義賊のことなんですが……もしかしたら、私たちと共に戦ってくれるかもしれません。根拠は……ないんですけど。えへへ……」
一瞬、ヒルダの目が見開かれる。
アリサの言葉から一転、急に圧が消えた。
気の抜けたような笑み──けれど、それはきっと、“彼女の素”なのだろう。
そのギャップに、ヒルダはふっと口元をゆるめた。
「分かった。覚えておくよ。私も、あの義賊たちは……ただの悪党じゃない気がしていたからね」
アリサは嬉しそうに笑った。
その笑顔は、年相応の少女のものだった。
──だが、ヒルダはあらためて思う。
この少女は、王国の現状を憂い、宗主ゴードンにも臆することなく意見し、「世界に胸を張れる国を目指す」と言ってのけた。
いったい何が、この子をそこまで突き動かしているのか。
降って湧くような奇跡など、信じてはいない。
だが──アリサの信念は、奇跡さえも手繰り寄せるかもしれない。
そんな気がしてならなかった。
***
宴も深まった頃、アリサはゴードンに呼ばれた。
クラリスも傍らに控えている。
「今後の計画について話しておきたい」──
ゴードンは静かに、しかし確かな熱を込めて切り出した。
同志を募るには、理想だけでは足りない。
彼らにも“利”がなければ動かぬ──とりわけ、貴族というものはそういう存在だ。
ならば、既得権益にどっぷりと浸かった者たちを動かすのは難しい。
むしろ、現状では冷や飯を食っているが、新しい国でこそ力を発揮できる──
そんな“埋もれた人材”に目を向け、手を差し伸べていくべきだと語った。
「その際は、お前の力も借りたい」
アリサが静かに頷くと、ゴードンはやや声を落とし、苦々しげに吐き出す。
「……しかし、そんな骨のあるやつは、そうそういなくてな。既得権益におもねる俗物ばかりよ」
ゴードンの言葉に、クラリスも静かに同調した。
「──マルセル一派のことですね」
初めて聞く名だった。
だが、それも当然かもしれない。
王都の貴族たちは、アリサのような田舎の小貴族の娘にとっては雲の上の存在だ。
ゴードンが低い声で応じた。
「我々に対して、戯言の脅威を吹き込み、真実から目を背けさせた元凶……真っ先に首をはねてやりたいところだが……」
ぞくり、とした。
アリサはその殺気に触れた瞬間、口元が不自然に引きつるのを感じていた。
「……だが、まあ、今は抑えよう」
その一言に、ようやくアリサは息を吐いた。
いつの間にか、呼吸すら忘れていたのだ。
「貴様の小隊のアーサー。王国の裏事情に詳しそうだったからな」
クラリスが言葉を挟む。
「呼び出して“お願い”したら、いろいろ教えてくれたぞ。契約労働者の仕組みも──マルセル。この国の大臣が作ったらしい」
アリサの胸に、ざわめきが走った。
「どこかにいる悪い人を倒せば、すべてが終わる」──そんな物語ではないと分かっている。
それでも、この感情は、いったい何だろう。
マルセル。
顔も知らぬその名が、アリサの中に静かに、確かに影を落としていた。




