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第15話 ヴィエール一族

ヴィエール一族。

国境の防衛を担う名門にして、王国最強の血族。


王国が魔導ギアを保有せずとも、他国が容易に攻め込めないのは、国境に「ヴィエール」の名が刻まれているからだ。


フィジカルに全振りした屈強な体躯。

その天賦の才に加え、幼少期から積み上げられたたゆまぬ鍛錬。


鋼と筋肉──それがヴィエールの誇り。


王都の貴族たちからは、しばしば「野蛮」と(あざけ)られるその力こそが、今日もなお、見えない盾として国土を守っている。


宗家は王都に屋敷を構え、近衛軍や王都騎士団に士官する。一方で、分家筋は各地に散り、封建貴族領に“駐屯”という形で守護の任務に就いている。


──もっとも、その“駐屯”も実態は野営に近かった。

酷暑も極寒も、彼らにとっては鍛錬の一環であり、日常にすぎない。


ヴィエール一族にとって、「国外の敵対勢力から国土を守る」こと、ただそれだけが存在意義。


曰く──不当なWSO(世界精霊機関)の制裁により、国力は疲弊し、民は困窮している。


曰く──国外の列強は王国の潤沢な天然資源を虎視眈々と狙っており、経済封鎖で弱体化を図り、いずれは植民地化を謀っている。


その陰謀を退ける“最後の肉壁”こそがヴィエール。

それが、王室と王都貴族が彼らに語り聞かせたナラティブだった。


──だが、その幻想は、クラリスがもたらした情報によって崩れ去った。


王国の実情を明かしたベアトリスもまた、王都貴族の一員。

その発言がもたらす影響を、理解していなかったはずがない。


それでも──彼女は沈黙を選ばなかった。


行き詰まった現状を受け入れ、崩壊寸前の秩序に殉じることもできた。

だが、彼女はあえて語った。

国の未来を憂い、火中に手を突っ込むことを選んだ。


秩序の番人でありたいという矜持。

そして、新たな時代への希望の炎を、絶やしたくないという祈り。


その両方を背負い、己の保身すらも顧みず──彼女は、声を上げた。


その思いを、クラリスはすべて理解していた。

ベアトリスへの深い敬意を抱きながら、だからこそ──新たな時代のために、一族に立ち上がれと激を飛ばしたのだ。


真に打ち倒すべきは、国外の敵ではなく、内に巣食う腐敗の構造。

その訴えは一族の賛同を得て、いまや国家転覆の機運すら帯びていた。


だが──

アリサの語った言葉によって、クラリスは気づいたのだ。

それだけでは、まだ足りないと。


クラリスは再びアリサに向き直る。


「アリサ──外国の話を聞かせてくれ。……我々は、あまりに無知だ。

試行錯誤は、事を成した後でもよいと思っていた。だが、もし先人たちの軌跡を辿ることで、無駄な血を流さずに済むのなら──

貴様の知識には、それだけの価値があるのだ」


クラリスのまっすぐな眼差しを受けて、アリサは小さく(うなず)く。

そして、芯の通った声で口を開いた。


「はい。まず──WSOの加盟国には、相互不可侵の条約があります。つまり、国家間の紛争は、精霊によって監視され、調停される仕組みなのです」


それは、レイラから聞いた情報だった。


そのひと言に、広間がどよめく。


国家間の安全保障という概念すら、ここではほとんど知られていない。

王国は孤立無援。そして、世界もまた弱肉強食──

それが、彼らの常識だったのだ。


だが──

精霊エネルギーの平和的活用とその維持こそが、WSOの理念のひとつだった。

もちろん、加盟国には軍備も存在する。だが、それは専守防衛を前提とした抑止力である。


もし仮に、加盟国が先制攻撃を行えば──

その瞬間、WSOによる精霊エネルギーの供給は停止される。

そして、残るすべての加盟国を敵に回すことになるのだ。


中〜上位精霊からの恩恵によって国家の基盤が成り立つ加盟国にとって、戦争は自滅を招く悪手にほかならない。


アリサは、一同を見渡しながら言葉を継いだ。


──ここから先は、もうレイラの受け売りではない。

この国に生きる騎士として。いや、一人の人間として。アリサ自身が導き出した答えだった。


堂々と言ってやる。

そう決めていた。


アリサの目に、さらに強い()がともる。


「つまり──WSOとの関係を改善することは、経済にも、安全にも、確かなメリットがあるということです。


この国には資源があります。人もいます。

もし、WSO加盟国になって、貿易を再開して国力を立て直せたら──

魔導ギアの産業も、きっと復興できるはずです。


そうすれば、私たちはもう、(うつむ)くだけじゃない。

世界に胸を張って生きていけるんです!」


クラリスの父──宗主ゴードン=ヴィエールは、それまで黙していたが、内なる何かが揺らいだ。


このアリサという娘の語るのは、理想だ。

我々が相対してきたのは、苛烈な現実。 過酷な鍛錬も、血と汗にまみれた矜持も、すべては現実に押しつぶされないためのものだった。


だが──理想なくして、何のために現実と戦う?


アリサは、ただの生存ではなく、誇りを持って生きる未来を我々に示そうとしている。


これは……希望の言葉だ。


ゴードンは、重々しく一同を見渡す。


その瞳には、覚悟が宿っていた。

彼らの未来は、自分の決断にかかっている。

それは、この国そのものの未来なのだ。


そして──静かに口を開いた。


「アリサと言ったな。言いたいことは、よく分かった」


ひと呼吸おいて、続ける。


「だが、どうすればそれが叶うのだ。……教えてくれ」


そう言って、彼は一礼した。


静寂が落ちた。


騎士団の新兵に、宗主が頭を下げた──

その光景に、クラリスも、ヴィエール一族の面々も、思わず息を呑んだ。


一方、アリサは、ゴードンの誠実な眼差しに、まっすぐ向き合っていた。


「はい。私の考えとしては、まずは他国の成功事例から学ぶべきだと思います。

その上で、この国に合ったやり方を、私たち自身の手で作っていくべきです」


言葉を選びながらも、アリサは確かな熱を込めて語る。


やがて、他国の政治形態や制度の話に及ぶと、ゴードンは静かに耳を傾けた。


「ある人が教えてくれたんです。エルフの国は、かつて今の王国と同じような封建体制だったそうです。でも、変わった。だから、私たちも変われるはずだと」


ゴードンは重々しく(うなず)いた。


「なるほどな……中央政府に市民による議会か。

口で言うほど、簡単な話ではないだろうな。封建貴族も王都の連中も黙ってはいまい」


アリサもこくりと頷く。


「はい。なので、まずは貴族に議席がある“上院”と、市民の声を代弁する“下院”の二院制から始まったそうです。

少しずつ、実績を積み重ねていったんです」


それは、遠い理想論などではなかった。

アリサの語る未来は、確かに──現実に“到達しうるもの”だった。


ゴードンはクラリスに視線を向ける。


「クラリス。お前は、どう見る?」


少し間を置いて、ゆっくりと、重みのある言葉を続けた。


「……俺は、未来の礎になろうぞ。アリサに、力を貸す」


その瞬間、アリサの顔がぱあっと輝く。

迷いのない信念の(ともしび)の輝きだった。


クラリスもまた、静かに、力強く(うなず)く。

アリサの(とも)す理想に、確かな未来の形を見出していた。


──私の剣は、このためにあったのだ。

そう思えたことが、ただ嬉しかった。


アリサはクラリスに顔を向け、にっこり微笑んだ。


「これで教官も、ホワイトの仲間ですね!」


ホワイト──

アリサを含め、この場の誰もがよく分かっていなかった。


だが、その言葉は、確かな熱となって空気を震わせていた。

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