第13話 組織の旗
アーサーと、そしてクラリスも同じ志を抱いている──
その事実に、アリサは勇気づけられた。
本当に、変えられるかもしれない。
……ううん、変えてみせるんだ。
──だが。
「でもな……」
目の前のアーサーが口を開く。
「現実的に言えば、俺たち数人が寄り集まったところで、できることは限られてる。
本気でこの国を変えたいなら、“組織の力”が必要だ」
──組織。
アリサはきょとんとした表情を浮かべる。
そんな視点で考えたことは、一度もなかった。
アーサーは続ける。
「でだ。俺たちがいる騎士団ってのは、今の王国体制を守るための組織だ。
……俺の言いたいこと、わかるか?」
アリサは額に手を当てて、うーん……と少し考え込む。
数秒後。ぱっと顔を上げ、両手のこぶしを胸の前でグッと握った。
「つまりっ! 騎士団のみんなで頑張って、ホワイトな国にしていきましょうってことですよね!」
にこっとスマイル。
アーサーは、ため息をついた。深く、長く。
「アホかお前」
その一言に、アリサはしょんぼりした。
やはり、こいつでは無理かもしれない──
そんな考えが頭をよぎったが、アーサーは軽く首を振ってアリサに向き合った。
「今の王国の体制じゃ、もうどうにもならねえ。だったら、それをひっくり返して、新しい体制を作らなきゃならねえ。俺たちがやろうとしてるのは、そういう話だ」
そして、少し声のトーンを落とす。
「体制を守る騎士団から見りゃ──俺たちは、“反逆者”なんだよ」
アーサーの言葉に、アリサは、はっと息を呑んだ。
ミレーヌの言葉が脳裏をよぎる。
──団長の正義と、あなたの正義が同じなら……いいけど
あれは、そういう意味だったんだ。
心の奥で、何かがざわつく。
私は──国を良くしたい。
契約労働者なんてなくして、世界に誇れる国にしたいと思ってる。
でも……それって、騎士団では“間違い”なの?
「お前は、“王都騎士団”のアリサなのか?」
戸惑うアリサの胸に、アーサーの声が、鋭く響いた。
「それとも──“騎士”のアリサなのか。どっちなんだ?」
アリサは、目の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
──そういう、ことなんだ。
私は、何も分かっていなかったんだ。
震える指先をぎゅっと握りしめる。
胸の奥で何かが静かに、でも確かに形を持ちはじめる。
そして、アリサはゆっくりと口を開いた。
「……私は、一人の“騎士”として戦います。
“騎士アリサ”として──自分の正義に、誇りを持って」
その言葉に、アーサーは満足げに笑みを浮かべた。
「そういうことだ。何かをやりたいなら、自分で“旗”を掲げるんだ。
その旗のもとに人を集める──それが、組織ってもんだ」
アリサは静かに頷いた。
「でもまあ……」とアーサーが口の端をゆがめる。どこか照れ隠しのようだった。
「お前は俺の旗に集った“第三号”だけどな。一号がカインで、二号がクラリスだ」
アリサは一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「私、アーサーさんの手下になった覚えないんですけど?」
「まったくだな」
そのとき──静かな声が割り込んできた。
振り返ると、そこにはカインが立っていた。いつの間に現れたのか、気配もなく。
アーサーは肩をすくめ、おどけて言う。
「なんだよ。リーダーはどう見ても俺だろ? 無口に脳筋、アホな子とくりゃあな……」
最後の“アホな子”は、自分のことだろうか。
アリサは小さく笑い、カインに向き直る。
「仕方のないリーダーですね。カインさん、一緒に“ホワイト”頑張りましょう」
カインの瞳が、わずかに揺れたように見えた。
「ホワイト……?」
アリサは少し胸を張って言う。
「そうです。人が人らしく生きる世界に必要なもの──それが“ホワイト”。
私、“ホワイトな騎士”になるんです!」
すかさずアーサーが茶々を入れる。
「お前、さっきからそれ言ってるけど、絶対よくわかってないだろ?」
「えへへ……」
アリサは照れたように笑う。
けれど、カインはその言葉を真剣に受け止めていた。
「ホワイト……か」
アーサーが「おい、真に受けんなよ」と声をかけるが、カインの耳には届いていなかった。
***
ロイは、気づいていた。
最近のアリサの様子が、どこかおかしいことに。
もっとも、王国の現実を知って平静でいられる者など、そうはいない。
自分もまた、同じだ。
けれど、以前のアリサとは何かが違っていた。
最近は、何かを抱え込んでいるように見える。
あの契約労働者の少年──セロと出会ったときに見せた、あの不可解な現象。
自分にはさっぱり理解できなかったが、あれは……きっと、何か特別な力。
アリサには、何かがある。
それに比べて、自分には──これといって誇れるものがない。
魔法の素養も平凡、剣の腕も、先輩たちには到底及ばない。
──中途半端だ。
だが、それで腐っていても何も変わらない。
問題の本質は、きっとそこじゃない。
アリサが悩んでいるのなら、共有してほしい。
頼りにされたい。自分も、彼女と同じ場所に立っていたい。
あの日。
王国の現実を突きつけられたとき、頭の中が真っ白になった。
絶望に顔を歪めるアリサやリュシアンを前にしても、何もできなかった。
──心も、弱い。
それが、悔しかった。
***
ロイは、いま巡回任務にあたっていた。
一緒なのは、アリサとアーサー。
東区の商業街を担当するのは、この三人の組み合わせだ。
ふとアリサに目をやると──
あの翳りが、ない。
何かを吹っ切ったような顔をしている。
……何があったんだろう。
そんなことを考えていると、不意に声が飛んできた。
「どうしたの? ロイ」
アリサだった。
彼女も、ロイの様子に気づいていたらしい。
いつもなら、商店の人に声をかけたり、もっと街の様子に気を配っているはずなのに……。
ロイは我に返って、アリサを見る。
いつの間にか、アーサーの姿はなく、ふたりきりになっていた。
少しだけ迷った。
けれど、この機を逃したら、もう言えないような気がして──
思い切って、口を開く。
「なあ、アリサ。最近……どうなんだよ」
言ってから、自分でも曖昧すぎると苦笑した。
「どうって……?」
アリサは首をかしげる。意味がよく分からなかったようだ。
しばしの沈黙のあと、ロイはふうっと息を吐いた。
あれこれ細かく考えるのは、得意じゃない。
「俺たち、同期だろ?
そりゃあ俺じゃ頼りにならないかもしれないけどさ……困ってるときは、力になりたいって思ってるんだぜ」
アリサは一瞬、きょとんとした。
けれどすぐに、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「困ってる? うん、すごく困ってるよ!
だって、組織つくらなきゃいけないんだもん!」
……は?
予想外すぎる言葉に、ロイの思考が止まる。
アリサはずいっと距離を詰めてきた。
「ロイも協力してくれると嬉しいな〜。ねえ、一緒にホワイトやろ?」
ほわいと……?
アリサの空色の瞳が、やたらキラキラしてて眩しい。
何の話か分からなかったけど──とりあえず、ロイは頷いた。
「やった! じゃあ、ロイは“四号”だね!」
会話の内容が一つも理解できない。
戸惑うロイの肩に、背後からガシッと手が置かれた。
アーサーだ。
「おい、アリサ。ベラベラ喋るなって言っただろ」
呆れたような声。
そして、ロイの耳元に顔を近づけて、低く囁く。
「……聞いちまったもんは仕方ねえな。逃げようと思うなよ?」
こうして。
組織の旗のもとに、また一人、メンバーが加わった。




