第12話 騎士の灯
ミレーヌの提案は、思いがけないものだった。
「アーサーさんに話をしてみるといいわ」
意外ではあった。けれど──
アーサーは、アリサが迷ったとき、いつも正義とは何かを問いかけてくれた。
その眼差しは、厳しくも優しくも、怖くもあった。
未熟な自分を見透かされているようで。
今だって──
国を何とかしたいとは思っていても、何かを成し遂げたわけじゃない。
アーサーの問いかけに、自信を持って応えられるとは言えない。
でも、それでも。
たとえ未熟でも、真正面からぶつかれば、アーサーなら受け止めてくれるかもしれない。
そんな気がした。
アリサは、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に、小さな炎が灯るのを感じながら──
(話してみよう。今の私のままで)
***
……とはいえ、どう切り出したものか。
ミレーヌには、釘を刺されていた。
この話をするなら、時と場所、そして相手をよく選びなさい──と。
とくに、団長のガーランドには気をつけるようにとも。
(団長に……?)
彼もまた、騎士の正義を掲げる人のはず。
アリサは、素直にそう思った。
けれど──ミレーヌは、わずかに苦笑して言った。
「正義……たしかに、団長にも正義はあるでしょうね。それが、あなたの正義と同じなら……いいけど」
アリサには、その意味がまだよくわからなかった。
でも、ミレーヌを信じてみよう。
今は、そう思えた。
***
「あの、アーサーさん。ちょっと、良いですか?」
アリサは、小隊訓練の終わりに声をかけた。他には誰もいない。 このタイミングしかないと思った。
「あ?」
気だるそうな、ぶっきらぼうな声。いつも通りのアーサーだった。
けれど、アリサの張りつめた気配に気づいたのか、すぐに真顔に戻る。
アーサーには、なんとなく察しがついていた。
あの契約労働者の少年の件──アリサが、あの出来事をずっと心に引っかけていることは分かっていた。
そして、王国の現実も。
だが、アーサー自身は、あれこれ説教するつもりはなかった。
上から何かを言うのも、言われるのも、好きではない。
それでも。
アリサのようなタイプを見ていると、ついひと言、言いたくなる。
何かが変わるかもしれない──そんな気がして。
アリサは、アーサーが自分に向き合ったのを感じ取り、ゆっくりと口を開いた。
「あの、この前聞いた──この国のことなんですけど。アーサーさんは、どう思っていますか?」
その問いに、アーサーが口を開こうとする。
しかし、その前に、アリサがふと首を横に振った。
「……いえ、やっぱり」
思い直したように、そっと胸に手を当て、深く息を吸い込む。
それから、小さく息を吐いて──もう一度、まっすぐにアーサーを見る。
「すみません。いまのは──無しで。
私が……今、思ってることを……聞いてもらえますか?」
そう言い直した。
アーサーが、静かに頷いたのを見て──
アリサは、息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。
「アーサーさん……前に言ってましたよね。
“子供がお腹を空かせてるのは、国が悪い”って……」
言葉にしながら、アリサは視線を伏せる。
「そのとき、私……正直、よく分からなかったんです。“国”って、なに? 誰のこと? って」
少しだけ笑って、続けた。
「私、好きなんです。困っている人がいて、それを騎士が助けにくる……そういう話。悪い人を倒して、正義が勝つ──そういうの。
だから、私……てっきり……どこかに悪い人がいて、その人さえいなくなれば……みんな幸せになれるって……思ってました」
アリサは小さく首を振る。
「でも……最近、ちょっとだけ、違うのかなって……。
誰かを倒せば、それで全部、うまくいくわけじゃないのかもって」
胸にあてた手を、ぎゅっと握りしめた。
「だから……誰かを倒すんじゃなくて……。
少しずつでも、良い方向に変えていかなきゃダメなんだって。それって……きっと、“ホワイト”なんです」
「ホワイト……?」
アーサーは聞き慣れない言葉に、ほんのわずか眉を上げた。
アリサは、照れ隠しのように小さく笑いながらも、どこか得意気に言った。
「はいっ。私、ホワイトな騎士になりたいんです」
アーサーは意味はよく分からなかった。
だが、アリサの口から出た“ホワイト”という言葉は、彼の心を揺らした。
「ホワイト……それが、お前のやりたいことなのか?」
アリサがこくんと頷くと、アーサーはニヤリと笑った。
いつものあの笑いだ。
「なんだかわかんねぇが、面白いこと言うようになったな。ホワイト……いいんじゃないか?」
アリサは、ぱっと顔を明るくした。
そして、思い切って口を開いた。
「ずっと思ってたんです。
アーサーさんが私にいろいろ言ってくれたのって……アーサーさん自身にも、きっと何か考えてることがあるんじゃないかって」
……だったら。
「協力してくれませんか? 私、この国を良くしたいんです」
アリサは、にっこりと笑った。
アーサーは思う。
最初に声をかけてきたときの、あのどこかおどおどしていたアリサは、もういない。
いや──それどころか、灯の強さが眩しいほどだった。
──ほんと、面白いやつだ。
「この国を良くしたい……ね。お前もそう来たか。やっぱ似てるわ」
……え?
アリサの顔に浮かぶ「?」をよそに、アーサーは続けた。
「俺とカインな、あのあと呼び出されたんだぜ」
そう言って、苦笑する。
「アリサやロイ、リュシアン……ミレーヌにセリーナ。後輩にあんな顔させて、お前らそれでも騎士かっ!ってな。
説教からの、久々の地獄の訓練コースよ」
アーサーは、わざとらしく身震いして見せた。
……まさか。
アリサは、ある一人の騎士の顔を思い浮かべていた。
「あの脳筋も、やる気だぜ」
クラリス教官──。
アリサは、胸の奥で静かに燃えていた小さな炎が、少しずつ強さを増していくのを感じていた。
そのとき、アーサーがアリサを鋭く見返した。
「けどな……」
低くつぶやくように言葉をつなげる。
「俺はな、誰かに言われて“はいはい”って動くのは、性に合わねぇんだよ。クラリス相手でもな」
アーサーの家は、王家に連なる。
政争に敗れ、いまでは小貴族並みに落ちぶれてしまったが、かつては注目され、もてはやされていた。
栄華なんて、ほんの一時。手のひら返しの嵐のなかで、アーサーは知ったのだ。
家柄なんてものは、アテにならない。剣一本、己の足で立つ──それがアーサーの矜持だった。
そして、気づいた。
この行き止まりのような国で、権力争いなんて──くだらない。
──そうじゃないだろ!!
心の奥底で、ずっとそう叫び続けてきた。 だが、誰にも届かないまま、ただ燻っていくだけだった。
そんなとき、現れたのがアリサだった。
自分の中の小さな灯に気付いた日から、アーサーの中には、ひとつの決意が芽生えていた。
そして今、その思いを。アリサはためらうことなく、言葉にした。クラリスもまた──同じように。
(おまえら……先回りしてんじゃねぇよ)
「俺がお前に協力? ペーペーのくせに、生意気言いやがって」
アーサーは、再びニヤリと笑った。挑むような、反骨の笑み。
「立場が逆だろ? ……お前が、俺に協力すんだよ」
そう言って、手を差し出す。
アリサは、真っ直ぐな瞳でその手を見つめ── 力強く、握り返した。




