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第09話 未来の選択肢

王都騎士団、団長室。


フレッドは団長ガーランドに、契約労働者に関する調査報告を行っていた。


ガーランドは一言も発せず黙って聞いていたが、やがてフレッドの報告が終わると、静かに口を開いた。


「なるほど……このライネルという男が首謀者か」


フレッドは落ち着いた声で否定した。


「いえ、報告の通りです。彼は確かに義賊について仲間内に広く希望を語っていたそうですが、政情不安を煽る意図はなく、軽い気持ちで夢物語を口にしただけだと」


ガーランドは表情を変えない。

フレッドは続ける。


「彼に背後関係はなく、勤務態度にも問題はないことは調査済みです。これを扇動と断ずるのは、いささか厳しい見方であると考えます」


ガーランドは、ほんのわずかだけ目を細めた。


「……厳しい見方、か。だが、エルンハルトくん。王都の秩序を守る立場としては、芽のうちに摘まねばならんこともあるのだ」


その声音には苛烈さこそなかったが、底知れぬ重みがあった。


フレッドはその視線を正面から受け止め、穏やかな目で応じた。


「彼の行動に問題がなかったとまでは言いませんが、王国法に照らせば、罪状はありません」


そう言って、フレッドは傍らのベアトリスに目をやる。


ベアトリスは無言で、だが確かな意思を込めて頷いた。


ガーランドは、しばし無言のまま思案する。


フレッドの言葉は正しい。

自らの調査網でも、ライネルに組織的な動きは見つからなかった。

反省の言葉を口にしてから、義賊の話は契約労働者の間からもぴたりと消えている。


……表面上は、何も問題はない。


だが、勘が(ささや)く。何かがある、と。

けれど、今のところ彼らの言葉を否定できる証拠もない。


「……分かった。ご苦労だったな」


ガーランドはようやく口を開いた。


***


フレッドとベアトリスが団長室から退室すると、廊下の端で待機していた影がそっと動いた──アリサだった。


アリサは駆け寄り、心配そうな瞳でフレッドの顔をのぞき込む。


フレッドが穏やかな笑顔で頷くと、アリサの顔にみるみる安堵の色が広がった。


アリサは、レイラの忠告どおりの報告内容をフレッドに伝え、それが団長にも認められたのだ。


ライネルはもう心配ない――その思いが、張り詰めた心の糸をそっとほどいた。


***


非番の日、アリサは一人でレイラの事務所を訪ねていた。


道中、契約労働者の少年セロの様子を見に、街の教会に立ち寄った。

クラリスの名前を出せば食事が提供されると教えた通り、セロは控えめながらも定期的に教会を訪れているようだった。


「毎日でもいいのに、あの子遠慮して……」

そう語ったシスターの声が、やさしくも切なく耳に残る。

アリサはほっとしながらも、小さな背中が見せる強がりに胸が痛んだ。


レイラ訪問の目的は、ライネルとの接触を取り持ってくれた礼だった。


そして、もうひとつ。


あの日、ライネルが語った「王国を作り直したい」という夢。それはアリサ自身の胸にも、新たな決意を宿していた。

この国に未来が欲しい。でも、未来の形が見えない。


レイラなら何か良い知恵を授けてくれるのではないか。


ホワイトという言葉を教えてくれた彼女に、一縷(いちる)の望みを抱いていた――


***


レイラは紅茶の入ったティーカップを差し出し、いつもの人懐っこい笑顔で言った。


「アリサさんのことだから心配でしたけど……大丈夫そうで何よりです」


「私、ライネルさんと約束しましたから」


アリサは照れたように頬をかき、軽く抗議する。


「そこはもう少し信用してくれても……確かに、いろいろ大変でしたけど」


あの後、ミレーヌは気分がすぐれず、セリーナが騎士団へ連れ帰っていた。

アリサは残ったリュシアンにしどろもどろの説明をしたが、リュシアンはすぐに理解し、フレッドへの報告の際もサポートしてくれた。


紅茶の香りが静かに満ちる中、レイラはアリサを見つめ、心の中で考えていた。

ヴィオラにどこまで報告すべきか……あのときアリサに感じた(ともしび)の強さは、文書では到底伝わらない。言葉で正確に表せる自信もなかった。


そもそも、ヴィオラが何を目的にアリサを気にかけているのか──その意図が見えない。

盗賊団の幹部が、王都騎士団の役職も持たない新兵を……?

まさか盗賊に引き入れるつもりではないだろうが。


今は、順調に信頼関係を育んでいる──それが、レイラの報告内容だった。


きっかけはヴィオラの依頼だが、今はもう、自分自身がこの少女を見守りたくなっていた。


レイラ・セフィア。

WSO下部組織、ISHURA(イシュラ∶国際精霊・人権機構──International Spirit and Human Rights Agency)の監査官として王国に潜伏している。


もっとも、WSOの掲げるクリーンな活動ばかりというわけにはいかず、ヴィオラとは持ちつ持たれつの関係だった。

もちろん、自らの正体は隠して。


精霊共鳴という現象は、これまで知識でしか知らず、半ば眉唾だと思っていた。

だが、アリサのあれは──間違いなかった。


ヴィオラが「精霊のまなざしをもつ少女」を気にかけている時点で、裏がある可能性も否めない。

だからこそ、慎重に、確実に事を運ぶ必要があった。


アリサは、ひょっとしたら王国を変える存在になるかもしれない。

レイラはそう感じていた。


WSOも、制裁そのものを目的にしているわけではない。

ただ、今の王国の体制──特に契約労働者のような、国際基準から見ても劣悪な労働環境を変えない限り、状況はどうにもならないのだ。


時系列だけを見れば、制裁が下されたことで契約労働者制度が生まれたとも言える。

だが、そもそもの入口に問題があったのは、王国側の責任が大きい。


結局、状況を変えるのは、中の人間の意志だ。

アリサの精霊共鳴──「共感型」には、その意志を立ち上がらせる力がある。


かつて王国には「権威型」の強い輝きがあったと聞く。

WSOもそこに大きな期待を寄せていた。だが、もはや形骸化した秩序に従わせる力では、王国は立ち行かない地点まで来てしまっていたのだ。


レイラは──アリサ自身が立ち上がり、ライネルのように意思を持つ者たちに()をともしていくことに、密かに期待していた。


少しずつ、変わりつつある。まだ小さな炎だけれど、きっと。


それは、もはや予感ではなかった。

確信だった。


ふいに、アリサが問いかけた。


「……あの、レイラさんは契約労働者の問題を取材しているんですよね?」


レイラは、表向きにはただの記者。

だが、契約労働者の実態調査が、ISHURAの重要な任務だった。


──王国の奴隷搾取。

その闇を白日のもとにさらすこと。それが、レイラに課せられたミッションなのだ。


「ええ。……いいですよ、聞きたいことがあれば」


アリサは自分の疑問をうまく言葉にできず、それでも必死に言葉を探した。


「あの……いまの私たちの国は、このままじゃいけない気がするんです。でも……」


まっすぐな瞳がレイラに向けられる。


「ちゃんとしてる国って、あるんですか? 契約労働者のいない国……私、何も知らなくて」


──なるほど。

この子には、未来を選ぶための選択肢がまだ用意されていないのだ。


レイラはそっと息を整え、柔らかく口を開いた。


「絶対に正しい国や、完璧にちゃんとしている国なんてありません。でも、よりマシだと思うものを、悩んで選んでいくんです。……ありますよ。契約労働者のいない国。知りたいですか?」


アリサの瞳が、ぱっと光を宿した。

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