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第07話 エコノミックカンパニー

その日、旧・魔王カンパニー全従業員に通達がなされた。


全経費の精査が完了するまで、仕入れ先との取引は一時停止。無料社食の提供も即時中止。


リモート勤務は廃止。全員、出社を義務づける。


そして──

24時間以内の人員整理。


通知は、ただ一通のメールだった。全員に向けた一斉配信。

社内チャットはすでに遮断され、最後の言葉を交わすことすら許されなかった。


該当者にはさらに別途の通知が届く。

時計の秒針は淡々と刻まれ、端末のアクセス権と入退室ゲートのIDは、予告された時間ぴったりに抹消された。


最初の人員整理で対象外となった社員たちも、決して安心はできなかった。


「ハードコアな業務にコミットメントせよ。それができる者だけ残留を認める」


それが、邪神の言葉だった。


極限まで研ぎ澄まされた効率と成果。

それに身を捧げる覚悟のある者だけが、この場に留まる資格を持つ。

長き時間と重き責務を(いと)わぬ者のみが、未来に関われる──


崇高なる労働への奉仕。

それこそが、邪神の掲げる新世界の選民たる条件だった。


そして、その意味を疑う者は不要であった。


***


「まったく。あのお花畑も使えなかったわね……。何が精霊さんだか。賢者が聞いてあきれるっての」


誰にも聞こえないほどの声量で、邪神の側近のひとり──ステラが(つぶや)いた。


ここは役員会議室。冷たい光が反射する鏡面のような卓上に、精緻な数字の羅列が並ぶ。月次成果報告会議が進行中だ。


ステラは資料を片手に、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ。

前髪が整えられたボブカットと、冷笑をたたえた横顔。 その視線は、数字と成果だけを映す。


邪神カンパニーの発展……いいや、世界の発展は私の管理にかかっている──プロジェクト進捗、精霊エネルギー供給量、売上、利益率、契約数。 全てを掌握(しょうあく)し、達成させる。


その自負が、彼女のプライドであり、五段階欲求の頂点を満たす。


彼女にとって「情」はただのノイズ。 「努力」や「頑張り」など、定量化不能な幻想にすぎない。 成果こそが全てであり、それを以てのみ他者の価値が測られる。


「新・契約本部長のルチアさん……就任早々に目標達成。素晴らしいわ。」


ステラの声は一片の感情も含まぬ称賛だった。 ルチアと呼ばれた女性は、引きつった笑みを作り、小さく答える。


「ありがとうございます……。」


ステラの瞳はわずかに細められ、光を帯びる。


「成果には相応の地位と報酬を。年収アップに希望を乗せる……それが邪神カンパニー。

年齢も性別も、過去の栄光も失敗も、そして“感情”も──関係ない。やるか、やれないか。それだけよ」


それまで目が泳いでいたルチアは、小さく喉を鳴らすと勇気を振り絞り、声を震わせた。


「あの……今月の目標達成のために中位精霊の残業が続いていて……その……精霊から契約見直しの申し立てが入っているのと……。それと、支払いも止まっていて」


ステラはほんの一瞬だけ、眉を動かした。 が、すぐに平然とした口調で返す。


「全経費は今月末に精査が完了するわ。……エグゼスさん?」


財務担当のエグゼスが無言で頷く。


「必要な支払いは行う。それで充分。そして、残業の話など、私が聞く必要はない。ビジネスは24時間戦うのよ。話は以上」


ルチアはなおも食い下がる。


「でも、次のWSO監査で……」


その言葉を、ステラの指が止めた。白く細い指先が静かに持ち上がり、掌がわずかに横に振られる。


──議論終了の合図。


ルチアは、肩を落とし、視線を床に落とした。


(ルールを無視した進め方……。でも、私にはどうにも……)


室内の空気がさらに重く沈む中、次に声を上げたのは内規担当のタリンクだった。


「リモートワークの廃止に反対する声がまだあるとか? まったく……困ったものですね。総務部長?」


視線を向けられた総務部長の男はビクリと肩を震わせ、額の汗を拭った。


「そ、その……地方移住を前提に生活を組み立てている社員も多く……急に全員出社は……。」


タリンクは、それがどうしたと言いたげな表情。


「だから、今月内は猶予を与えているでしょう? 住む場所がないなら、社に泊まれば済む話です。」


総務部長は、「は、ハイ……!」とタリンクの声に従った。


そして、おずおずとエグゼスの方を向き、恐る恐る口を開く。


「あの……清掃業者への支払いも滞っておりまして……。せめて最小限の衛生管理の経費だけは、認めていただけないでしょうか……。いま、トイレットペーパーも持ち込みになっていまして……。」


エグゼスは軽く額に手を当て、その声を退けた。


「衛生管理も、備品類もすべて見直し対象です。……そして、過度な調度品や高級オフィス家具も。成果には関係ないものは必要ありません」


総務部長の手のひらは、知らず冷たい汗でじっとりと濡れていた。


(……社員の声を届けるのが、私の役目のはずだったのに……)


エグゼスは一度、目を閉じ、小さく息を吐くと──あらためて旧・魔王カンパニーの面々を見回した。


「コストカットの徹底をお願いします。……あらゆる資源を。原価も、時間も、心の贅肉も。その先にあるのが競争力です」


誰もその言葉に反論する者はいなかった。


邪神秘書のパルミナは、全員の熱が冷めた頃合いを見計らったかのように、「CEOの来季の目標設定を伝えます」と、居並ぶ一同に向かって言った。


邪神カンパニーの、さらなる躍進が始まる。

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