第06話 数値化の壁
ユリィは、ドワーフ商工会の世話になることになった。
ゴーレムのメンテナンスは砦では難しい。
魔王カンパニーと同等とまではいかないが、設備の整ったドランのところに預けるのが一番だろう。
ゴーレムは厳密には邪神カンパニーの資産だ。
ゼファスは渋い顔をしていたが、事故を隠蔽して廃棄しようとした連中だ。
表だって騒ぎ立てるとは思えないが、こうなったら腹を括るしかなかった。
ドランは帳簿処理に頭を抱えていたが──
最終的には、ギルドマスターの一存で、ドワーフ商工会としてゴーレムの受け入れが決定した。
「あのジジイ、変なところで肝が据わってるからな」
ドランはそう言って、苦笑した。
そういえばギルドマスターには会ったことがないな……。
いつも協力的な謎のジイさんだ。
なお、ライナとリリカは退職届を置いて出てきたらしい。
魔王、参謀、賢者、エンジニア、やり手広報──
揃いも揃って、全員無職というわけだ。しかも、そのうち二人は服務規程違反ときた……。
なかなかバラエティ豊かなメンバーである。
──だが。
ドランは、一瞬でライナをスカウトした。
それも当然だろう。
旧・魔王カンパニーでも指折りの研究者にしてエンジニア。
喉から手が出るほど欲しい人材であることは、疑いようがない。
ライナは砦にいても、宝の持ち腐れだ。
ドワーフ商工会にいて、俺たちと協力関係にある方が、絶対にいい。
そして──ティナも、しばらくドワーフ商工会に残ることになった。
ユリィの精神状態がまだ不安定なこと、そしてライナが新たな魔導ギア開発にティナの協力を求めたからだ。
なんでも、ゴーレムの安全運用につながる可能性があるとか。あのライナが、妙にしおらしくお願いしていた。
もちろん、ティナは快く応じたのだが。
なお、ドランはリスティアもスカウトしようとしたが、それは阻止した。
俺の目論見としては、リスティアを軸に──
元・ブラック冒険者ギルド出身のセラ、ミア、リサの三人。
“魔法ガールズ”たちを育成し、契約術者の層を厚くしたいと考えている。
ドワーフ商工会がハードを担い、俺たちはソフトと素材調達を担当する。
そうやって、ビジネス上のパワーバランスを保っておきたかったのだ。
ドランとは盟友だと思っているが、商売は商売だ。
一方的な偏りは良くない。
それに、リスティア自身もあの三人に教えることを楽しみにしているようだった。
渋々ながら、魔導ギアに封入する契約術式は俺たちに外注するという形で、ドランは納得した。
……意外と、油断できない男だ。
そして、俺はドランとライナに相談があった。
***
ライナは、静かに呟いた。
「……精霊炉、ね」
俺は、ドワーフ商工会のドランたちにも精霊炉ビジネスへの協力を仰ぎたかったのだ。
「魔王……いや、邪神カンパニークラスのものは、さすがに無理。資材も人材も足りないし、なにより最新型は特許の壁があるし……」
そこまで聞いて、俺はあからさまにがっかりした溜息をついた。
しかし──
「話は最後まで聞きなさい。……これだからゴリラは」
ライナがさえぎるように言った。その顔には、もう翳りはなかった。
すっかり、いつもの生意気な調子だ。
だが、どこか俺に心を開いてくれている……ような気がする。
「旧世代型なら、なんとかなるわ。王国で使う分には、それでも十分でしょう?」
ドランも頷く。
「精霊炉か。大型魔導ギアの開発なんて、久しぶりだな……腕が鳴るってもんだ」
──希望が、見えた。
***
「それじゃあ、ティナ。ユリィのこと、よろしく頼むな」
砦に戻る前、俺は二人に声をかけた。
ユリィの体は回復してきたが、起き上がるにはまだ少し時間がかかる。
それに、ティナから離れすぎない方がいい──リスティアの忠告だった。
そういうわけで、ティナはユリィと同じ部屋で過ごしている。二人とも年の近い友達がいなかったから、楽しそうだ。
「ヴィオラさんたちに、よろしく伝えてくださいね。それと、洗濯物はため込まないように」
ティナは砦の様子が心配そうだった。
生活力のない連中ばかりだからな……まあ、その辺は協力してやってくしかない。
ユリィは魔王カンパニーで初めて会ったときは俺を怖がっていたが、今ではもう慣れたようだった。
にこりと笑って、「いろいろありがとう、ゴリオ」と言う。
……ライナの仕業だな、変なあだ名をつけやがって。
まあ、怖がられるよりはマシか。
「ユリィ、元気になったら……またゴーレムに乗るのか?」
事故のことを思えば、普通ならトラウマになってもおかしくない。
結局、髪と瞳の色は元に戻らなかった。
けれど、ユリィは力強く頷いた。
「うん。今度はちゃんと乗りこなして、ゴリオにも格好いいところ見せてあげるよ」
その言葉に、俺はずっと気になっていたことをぶつけてみた。
ライナに聞けばきっと鼻で笑われるだろうが……ユリィなら。
「な、なあ……ゴーレムには、その……ビーム、あるのか?」
気になるだろ? 普通。
ユリィは一瞬きょとんとしたあと、ころころと笑った。
「ライナと同じだね。ビームはロマンだって!」
そして、ふふん、とドヤ顔を決めた。
「超すごいのが出るから、期待してて」
ゴーレム稼働──楽しみすぎるぜ。
精霊炉とゴーレムという、ふたつの希望を胸に、俺はドワーフ商工会を後にした。
***
「車両は王国との国境沿いで発見。貨物は無し……」
CEO付秘書のパルミナが報告書を読み上げる。
邪神と四人の側近のみの会談。
秘書は言葉を続ける。
「ライナ・イリ―ラには親族の所在は確認できず。リリカ・リエルの故郷にも潜伏の形跡なし。状況的に、王国への逃亡の線が濃厚です。協力者がいる可能性も高いと見ます」
財務担当のエグゼスが深い溜息をつく。
ライナも……早まったことを。あれだけの才能と実績があれば、仮に一時的にプロジェクトが凍結されたとしても、再起の芽は十分にあっただろうに。
彼女を極端な行動に追いやってしまったのは、自分なのかもしれない。
……かといって、あのとき他に何が言えた?
数字さえ証明できれば予算は動く。それがこの会社のルールなのだ。
数値化不能な時点で、邪神カンパニーとは相容れなかったのだ。
これは必然だった──そう、エグゼスは己に言い聞かせた。
「社員の自主性……。ご立派な理念の結果がこれとは。魔王の方針に問題があったとしか言えませんね」
言葉を発したのは、細身のビジネススーツを着こなした若い男──内規管理のタリンクだ。
「そんな曖昧な規律では、組織運営は立ちゆきません。特に我々のように、世界に変革をもたらす使命を持つ企業では」
エグゼスはちらとタリンクを見やり、すぐに視線を逸らした。
変革……ね。
それは自分も疑ってはいない。より安価で、誰もが精霊エネルギーを享受できる世界。その理想は、夢想だけでは届かない。
自分の仕事は数字の管理。数字に表れないものに手を伸ばせば、足元が崩れる──その覚悟で生きてきたのだ。
そのとき、邪神が口を開いた。
「タリンク。自主性が最適解であるなら、私も尊重はやぶさかではない。だが、そうでないなら……より最適化された方針を選ぶだけだ」
邪神の視線が一同に注がれる。
「最小限の人員、最小限の経費、最小限のプロセス管理──そして最大限の成果。それを進めろ。内規も引き締めよ」
タリンクが即座に深々と頭を下げた。
残る三人も無言でそれに倣った。
ほんの一瞬、エグゼスの胸に鈍い痛みが走った。
邪神は邪悪ではない。ある意味、善意から生まれた合理性の権化だ。
ただし、その合理は──数値化できないものを切り捨てることで成り立っているのだ。
そして、エグゼスの痛みもまた、静かに数字の奥底へと沈んでいった。




