第02話 賢者の憂鬱
砦に魔王が降臨。
その話は団員一同に瞬く間に広がった。
カレンはしきりに一戦交えさせろとうるさかったが、バトル要員ではないのだ。
俺は無用な騒ぎにならないように、魔王のことを口外しないよう全員にあらためて徹底させるのだった。
そして、新たに加わった魔王とゼファス交えての幹部会が開かれた。
「なるほど、王国をね……」
魔王がうなづく。
俺は以前ヴィオラに語った青写真を説明した。
地方の良識的な封建貴族を皮切りに、魔導ギアビジネスをもう一度再興。
同時にWSOとの関係改善に動き、制裁を緩和。国際的な孤立状況をなんとかしたかった。
それらいずれも、魔王カンパニー……いや、旧・魔王カンパニーの協力を期待していたのだが、それは今となっては仕方がない。
多少の遠回りはあるだろうが、それでも王国のホワイト改革を諦めたくはなかった。
モヒカンは、ぽかんと話を聞いていた。
そういえば王国の実情について話していなかったな。ずっと治療で寝ていたから。
ヴィオラから、ざっと簡単に説明が入る。
一通り聞き終わると、モヒカンの表情は変わり、勢いよく机をダンッと拳で叩いた。
「なんやそれ! わしらが略奪せんと生きていけんかったのは、政治のせいっちゅうわけか?」
うん。
でも、略奪はけっこうノリノリだったよな。
俺は忘れてないぞ。
モヒカンは俺に向かって、キッと力強い視線を寄越した。
「やったりましょうや! ボス!」
おっ。どうした?
と思っていると、モヒカンは語りだした。
「わし、今まで契約労働者の連中なんて、自分で何もできん、しょうもないヤツラやと思うとった……。でも、一緒にいて分かったんや。あいつら根性もある。踏まれても立ち上がってくる……わしらと同じや。生きるのに必死なんや」
モヒカンの目は、いつになく真剣だ。
「契約労働者なんて、好きでなっとる奴、おらんのや。せやから、そんな仕組み、ぶっ壊したろうやないか!……ボスなら、きっとできる。わしは、そう信じとるんや!」
お前……。
俺が不覚にも感動していると、魔王はしみじみと目を細め、モヒカンを見ていた。
「この感じ……やっぱりゼファスくんの若い頃に似ているなあ。昔はほんと、ケンカっ早くてね……取引先に即死魔法を撃つのはやめなさいって、何度言っても聞かなくて」
ゼファスは、んんっと咳払いし、そっと顔をそらした。
しかし、一拍置いて俺に向き直ると、静かに言った。
「同志の目的は分かった。国丸ごとホワイトとは……さすがだ」
そう言って、大きく頷く。だがその顔に、すぐ陰りが差す。
「ただし……WSOとの関係改善となると、私も多少の伝手はあるが……やはり彼女──リスティアの協力がなければ、難しいだろうな」
リスティア。エルフの賢者か……。
そういえば──
魔王カンパニーで出会ったリリカやライナ、ユリィたちは、今どうしているんだ?
俺が疑問をぶつけると、ゼファスはわずかに目を細めた。
「彼女たちは、いずれも有能だからな。邪神カンパニーでも、きっと……活躍しているはずだ」
その声は、どこか寂しげだった。
確かに、トップが変わっても、優秀な人材は重宝されるはずだ。
──邪神カンパニー、か。
「なあ、邪神カンパニーってのは、どんな企業なんだ?」
俺の問いに、ゼファスはわずかに顔を曇らせた。
だがすぐ、いつもの冷静な表情に戻る。
眼鏡をクイと押さえ、言葉を選ぶように口を開いた。
「一言でいえば──効率至上主義。そして、成果至上主義だな。“超”がつくほどのな……それが悪いとは言わないが」
その言葉の裏には、何か重い含みがあった。
効率、成果。俺がかつていた世界の企業も、そんなものだった。
けれど、まだこのときの俺は、ゼファスの言う“超”の意味を──知らなかったのだ。
***
旧・魔王カンパニー──現・邪神カンパニー本社、役員会議室。
磨き抜かれた黒曜石の床に、鏡面仕上げの長大なテーブルが伸びている。
その中央正面に、ひときわ重厚な椅子が鎮座していた。
そこに一人の男が座していた。
──邪神。
頭には、山羊の角を思わせる異形の突起。
細身ながらも鍛え抜かれた肉体を、ダークグレーのTシャツが包む。布越しにも分かる厚い胸板が、静かに存在を主張していた。
ジーンズにスニーカーというカジュアルな服装は、機能性の追求か。一見すると質素にも思えるが、すべて上質な素材で仕立てられている。
感情の読めない漆黒の瞳が見下ろすのは、長テーブルの側面に並ぶ、旧・魔王カンパニーの幹部たちだった。
邪神の傍らには、冷たい気配を放つ四人の側近たちが控えていた。
「……それで。精霊炉の調達KPI未達について。契約本部長、説明を」
冷ややかに資料を読み上げるのは、邪神の側近のひとり、成果管理官のステラ。その口元に一切の情を乗せずに問いかける。
リスティアが口を尖らせて抗議した。
「だから〜。精霊さんは無理に働かされるのが嫌いなの。それに、火の上位精霊さんはいまリフレッシュ休暇中だから、中位の子が代わりに頑張ってくれてるんだよ?」
管理官ステラは、リスティアに軽く視線を向けると、すぐに資料へと戻した。
「……成果とは関係ありません。私の嫌いな言葉は“努力”と“頑張る”。曖昧な概念では、数字が積み上がりませんので」
きっちり前髪を揃えた形の良いボブカットに左手を添える。
「来月は三割向上で」
静かな声で言い切る。
そこへ、旧・魔王カンパニー幹部の一人がリスティアに助け舟を出す。
「お言葉ですが、管理官。これまで精霊炉の出力は安定どころか余剰もありました。それをさらに増やすとは……」
すると横から別の邪神側近の男──財務担当のエグゼスが口を挟んだ。
「それは現在の課金プランを前提としたものです。利用料を引き下げてシェアを拡大。魔導ギア使用のクールタイムも短縮。効率を高め、ユーザーの利便性を向上させる。加えて利益を最大化する──それが、企業体としてあるべき姿です」
その言葉を聞いた瞬間、リスティアの表情が変わった。
普段の温和さは影を潜め、怒気を帯びた声が会議室に響く。
「企業利益? 利用者の利便性? それで……精霊さんは、どうなるの?」
そこで、邪神が初めて口を開いた。
「精霊はリソースだ。我々は、それを最適化し、効率化し、安価に普及させる。それが──邪神カンパニーのビジョン。世界に革命を起こすのは情ではない。合理性だ」
財務担当エグゼスは静かに頷き、管理官ステラがリスティアに追い討ちをかける。
「ええ。そして、リソースの管理が“賢者サマ”のお仕事。その優しさも定量化でお願いしますね?」
淡々とした口調を崩さないまま、わずかに口の端を持ち上げ、小馬鹿にしたような視線を投げかけた。
──これが本性なのだろう。
リスティアは唇を震わせた。
けれど、何も言い返さなかった。
この場で反論しても、意味がない。
そう理解していたからだ。
***
「なんか、今日は空が荒れてるな……」
最近は晴れ続きだったのに、今日は妙に空模様が怪しい。
そこへ、団員がまた来客の知らせを持ってきた。
空から女の子が降ってきただと?
……どこかで聞いたようなセリフだな。
俺とゼファスが駆けつけると──
「あー、ゼファス! 何でいるの!?」
そこにいたのは、雨にずぶ濡れになったリスティアだった。
彼女は俺たちを見るなり、微かに笑ってみせた。
「聞いてよ、もうひどいんだから!」
その瞳にきらめくのは、雨粒か、それとも──涙か。
震える肩が、すべてを物語っていた。




