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第01話 元CEOの矜持

砦の一室。


その日、俺はヴィオラからもたらされたニュースに、思わず勢いよく椅子から立ち上がった。


「魔王カンパニーが?」


企業買収……。

ファンタジー世界にも株式があるとは。いや、この国が取り残されているだけで、外の世界は資本主義が根付いているのか。


王国は外部の情報が制限されてるから、半月ほど前の話だけど……。と、ヴィオラは付け加えた。

となると、俺が砦に帰って間もなくの出来事ということになる。


あれから俺達はドワーフ商工会の法務担当と連携を取りながら、契約書の精査を進めていた。

あいにくと盗賊団には、その手の知見がないためドワーフ商工会を頼るしかない。


自然と時間も経過してしまったが、内容の確認も終わり、そろそろ再訪かと考えていた矢先だったのだ。


そこに来てこのニュース。


時間外取引で株式をかき集め、持ち合い構造を逆手に取った間接支配。

……俺は妙な既視感に襲われた。


邪神カンパニーか。

名前だけ聞くとアレだが。どんな奴らなのか。

俺は、ホワイトの理想郷だった魔王カンパニーのオフィスの光景を思い出していた。


そこへ、団員が来客の知らせを持って部屋に入ってきた。


客? また賞金首狩りじゃないだろうな……と不安になる。

だが、ドワーフ商工会の馬車だという。


ドランかな……。

このニュースが耳に入っているとすれば、穏やかじゃいられないだろう。俺も話がある。


俺とヴィオラが応接室に入ると、ティナがお茶を出し、モヒカンが来客と談笑していた。


和尚(おしょう)と鉄仮面はまだA級冒険者パーティー戦のダメージの回復に時間がかかるようだが、モヒカンはすっかり元気になっていたのだ。


相手はゼファス……と、もうひとり知らない誰か。


見た目は初老に差しかかったくらいか。

少し(やせ)せ型で、白髪をきちんと撫でつけている。着ているのは上等なスーツ。

人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、ニコニコとモヒカンと談笑していた。


初対面のモヒカンを前に、まったく物怖じせずフレンドリー……何者だ。

銀シャリの魔王軍では見たことのない顔だが。


そのとき、ゼファスが俺に気づいて声をかけた。


「おお、同志」


それを合図のように、男は椅子から立ち上がり、ゼファスも慌てて続いた。


「ああ、はじめまして」


男は柔らかな声でそう言い、上着の内ポケットに手を入れる。だが、ふと苦笑い。


「……失礼。名刺は今は持ち合わせがなくて」


名刺なんて俺も持っていない。

そもそも、どんな肩書で名乗ればいいのかも分からない。


そこにゼファスが静かに割って入った。


「同志、こちらは──」

わずかに頭を垂れながら告げる。


「……魔王様だ」


一瞬、空気が凍った。

モヒカンが口を半開きにし、ティナはそっと置いた茶器に手を乗せたまま固まる。

ヴィオラの目にも、かすかな動揺が走っていた。


目の前の男は、ただ穏やかに笑っていた。


***


魔王……。


漆黒のローブに、銀糸のような長髪。

紅玉の双眸は、見る者の心を妖しく魅了し、魂を凍てつかせる。

肌は雪のように白く、まるで“幽玄”そのもの。


姿は、威圧的でありながら幻想的。

まるで絵画から抜け出してきたような、悪魔的な美しさ──


乙女ゲームのラスボスにふさわしい、“闇のイケメン大王”。


……だったよな? たしか。

全然違うんだけど。


目の前にいるのは、どこかの上場企業役員風の男だ。

威圧感はゼロ。むしろ空気が柔らかい。

だが、言われてみれば──いや、面影……あるか?


俺はとりあえず「どうぞ」と促し、魔王は自然な動作で椅子に腰を下ろした。


そして、さっそく口を開く。


「いや、お話は聞いていましたよ。なんでも“ホワイト改革”に熱心だとか」


目を細め、部屋をぐるりと見渡すと、満足そうにモヒカンへ視線を向ける。


「この空気、創業当時を思い出しますよ。ゼファスくんも、若い頃は肩にトゲなんてつけて……あの頃は、皆ギラギラした目つきでねえ」


ゼファスは「昔の話ですから」と苦笑し、咳払いを一つ。


なんだろう、この違和感。


ゲーム本編のラスト──

たしか魔王は、ヒロインであるアリサと互いの正義を巡って、決戦の中で哲学的な問答を()り広げていたはずだ。


だというのに、ティナの入れたお茶をすすりながら、肩のトゲの話だと?


俺の思考がまだ整理できないまま、ヴィオラが口を開いた。


「あの……ニュースで聞いたんですけど。ゴルゴン社買収の件……。本日は、それが関係しているんでしょうか?」


ヴィオラが敬語を使うのを初めて見た。

さすがは魔王。俺は、妙なところで感心してしまっていた。


魔王は笑顔を崩さず、柔らかく答えた。


「ええ、報道のとおりです。ゴルゴン社は、カンパニー創業時からの中核企業。互いに株式を持ち合っていましたが……それが裏目に出た形ですね。いやはや、脇が甘かったと言われれば、返す言葉もありません」


そこでゼファスが声を荒げた。


「しかし、邪神側の持株比率は過半数未満。我々にも、まだ打つ手はあった……それを社内派閥の切り崩しとはな……! くそっ、サイクロプス常務め、魔王様の恩義を忘れおって!」


怒りを露わにするゼファス。 だが魔王は、あくまで穏やかに言葉を返した。


「まあまあ、ゼファスくん。暗黒波動を抑えなさい。そういうリスクも含めて、経営なのですよ」


そう言って、魔王は茶を一口すすった後、俺の方を見た。


「……邪神側から、緊急株主総会の開催要請がありましてな。その席で、私とゼファスくんは任を解かれることとなりました」


……は?


「まあ、そういうわけで──いまは無職でして。はっはっ」


急に吹っ切れたように笑った。

無職の魔王……だと?


だが、魔王はすぐに真顔に戻ると、深々と頭を下げた。

その隣でゼファスも、無言で頭を垂れる。


「……御社とドワーフ商工会さんとの契約は、まだ正式締結前。おそらく邪神側は、白紙に戻す意向かと。……誠に、申し訳ない」


そういうことか。


ビジネス上の義理を通すために、わざわざ自ら頭を下げに来るとは──

なんと律儀な。


ゲームのラスボスだったはずの“魔王”が、今は無職となり、誠意を尽くすひとりの男として目の前にいる。


……俺は、思わず魔王に好感を抱いていた。


俺は、ふぅと息を吐いた。


「いや、頭を上げてください。契約は確かに残念だけど……状況が状況じゃあ、仕方ないですよ」


本音を言えば、残念どころじゃない。

喉元まで出かかった感情を、何とか飲み込む。


それでもこのふたりを責める気にはなれなかった。むしろ、心配なのはドランだ。

大口の契約が取れたと、あんなに喜んでいたのに──。


魔王とゼファスは、なおも申し訳なさそうな顔をしていた。

俺は努めて明るく、笑ってみせる。


「俺は俺で、また新しいことを考えますよ。それより、ふたりはこれからどうするんです?」


顔を見合わせて、ゼファスが答える。


「しばらくはのんびり、といきたいところだが……私も魔王様も、仕事が好きでね。また一から、新しい何かを始めようかと思っているよ」


あれだけの巨大組織を築いた二人が、リスタートを選ぶのか。

なかなかのしぶとさだな。さすが魔王とその参謀だ。


気づけば、俺は口にしていた。


「……じゃあ、一緒にやらないか?」


ヴィオラの口元が引きつる。モヒカンもティナも固まっている。


まあ、断られたらそのときはそれまでだ。


しかし、魔王は案外フットワークが軽かった。


「そうですかー。じゃあ、お世話になっちゃおうかな! なあ、ゼファスくん」


肩の力を抜いたように魔王が笑い、ゼファスも小さくうなずく。


こうして、新たにラスボスが仲間になった。

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