第17話 ホワイトの騎士
契約労働者の青年ライネルは、レイラの隣にいる人物が騎士団の制服を着ていることに緊張した。
だが──それが、人懐っこい笑顔を浮かべる少女だったため、僅かに表情を緩めた。
レイラはそんな様子を見て、口を開いた。
「ライネルさん、こちらはアリサさん。契約労働者について調査しているんですって」
アリサは一歩進み出て、ライネルに向かって言った。
「アリサ=グランフィールと申します。最近、義賊に助けを求める声が多いと聞いていて。そういった声を伺うことができればと思って」
その言葉に、ライネルの肩がわずかに硬直する。
明らかに警戒しているのが、アリサにも見てとれた。
(いきなり騎士団が来たら、やっぱりびっくりしちゃうよね……)
アリサは内心でそう思いながらも、穏やかな視線を崩さずにいた。
ライネルは少し間を置き、低い声で答える。
「……騎士団の方が、話を?」
アリサは、できるだけ明るく振る舞おうとした。
「はい。騎士として何かできることはないかと思っているんです。……私にはまだ力はなくて、頼りないかもしれないけど、それでも皆さんの声を届けたいんです」
その言葉に、ライネルはふと目を伏せた。
(……そんなこと、今まで言ってくれた騎士なんてひとりもいなかった)
だが、それを信じて良いものかどうか。
契約労働者に向けられる視線を、彼は嫌というほど知っていた。
──それでも。
目の前の少女は、どこか嘘のないまなざしで自分を見ていた。
ライネルは、はあ……と顔を伏せて息をついた。
「そりゃあ、まあ。義賊でもなんでも、この境遇から助け出してくれるなら、頼りたいですよ……そう思うくらい別に構わないですよね?」
かすかに笑ったが、その目は少し翳っていた。
「……でも、そんなことが叶ったやつ、僕は一人も見たことがない。
僕たちは契約に縛られている間は逃げ出すこともできない。ある日、“誰か”が助けにやってくるなんてのは、ただの……夢です。夢でも見てないと、やってられないから──」
アリサは息を呑んだ。
ライネルに深く刻まれた諦め。
それは──ベアトリスから明かされた、この国の事実を知ったときの自分とも重なる。
あのとき、アリサは深い絶望に飲み込まれていた。
そして、ライネルはいまもそこにいる。
救いのない世界に、生きているのだ。
アリサは目を閉じ、胸のうちで言葉を繰り返した。
(私は、誓ったんだ。本当の騎士になるって)
そして、目を開いて言った。
「……ホワイトです」
え?っとライネルが顔をあげる。
「さっき、レイラさんに教えてもらったんです。『人が人として生きる世界に必要なのはホワイトだ』って」
「まだよく分からないけど、その言葉はすごく私の心に残りました。私の騎士としてのあり方は、きっと“ホワイト”なんだって直感したんです」
少し息を整えて、言葉を重ねる。
「だから……“夢でも見ていないとやってられない”なんて世界はおかしいと思うんです。夢を見たなら、それを現実にしなきゃいけない──そうじゃなきゃ、騎士じゃない」
次第に熱を帯びてくる。もう止められなかった。
アリサは、キッと前を向いて宣言した。
「私は、ホワイトな騎士になって夢を実現したいんです!」
──そのとき。
***
ここは、魔王カンパニーの一室。
……え?
エルフのリスティアの耳がぴくりと揺れた。
「どうした?」とゼファスが問いかける。
リスティアはふわりとゼファスに向かって笑いかけた。
「精霊さんが言ってるよ。“すっごいホワイトが生まれた”って」
──ゼファスの眼鏡が光を帯びた。
***
同時刻。
アリサたちの近くで待機していたリュシアンは、異変を感じていた。
(この気配……精霊? まさかアリサさん?)
視線を巡らせると──ミレーヌの様子がおかしい。俯いたまま、必死で何かに耐えているような。
セリーナが声をかけた。
「どうしたの? ミレーヌ」
ミレーヌは息づかいも荒く答えた。
「……どうしたの? って。
分からないの?……こんなに強いのはベアトリス様の……ううん、それ以上かもしれない」
(アリサ。お願いだから私に灯を見せないで……私はベアトリス様の光から離れられないの……)
リュシアンは察した。
(もしかして、ミレーヌさんもアリサさんの精霊共鳴を?)
精霊共鳴の受け手側の資質──精霊交信。
ミレーヌは、それが高すぎるのだろう。
自分が僅かに感じる共鳴に、こんなにも強い反応を見せるとは……。
リュシアンはセリーナに提案した。
「ここは僕が残ります。セリーナさんは、ミレーヌさんを落ちつく場所に連れて行ってもらえますか?」
セリーナは何も言わず頷くと、ミレーヌに肩を貸した。
「……私は大丈夫だから」
強がるミレーヌの言葉を遮り、セリーナは「いいから」と言って、その場から離れて行った。
リュシアンは息をついた。
(ミレーヌさんの様子が最近おかしかったのは、そういうことなのか?
でも、精霊共鳴について公にすると──良くないことが起きる気がする……)
精霊との契約とは違い、精霊共鳴はほとんど知られていない。
人は、得体の知れない力を畏怖するか、あるいは利用しようとするものだ。
リュシアンは、アリサに希望を感じていた。
──その希望を、潰させるわけにはいかない。そう、思ったのだ。
***
レイラは、アリサの中に確かな灯を見ていた。
(ヴィオラさん──あの冷酷な女王が最近『ホワイト』だなんて言い出したのもおかしいけど……この子まで。まったく、面白いわ)
ホワイト。
その言葉で何かが変わりそうな気がしていた。
──そんな予感があった。
***
ライネルはアリサを見つめた。
「夢を……実現させる、だって?」
その目には、さっきまでの翳は薄らいでいる。
けれども困惑の色はまだ消えていなかった。
アリサは、まっすぐライネルの目を見て言った。
「ライネルさん、さっき“ある日、誰かが助けにやってくる──そんなのは夢だ”って言いましたよね。それは……本当は義賊じゃなくて、騎士の役目なんです」
「そして、私はまだ何も力を持っていない──それもその通りです。今すぐ何かを変えられるかどうかなんて分かりません」
でも──。アリサは言葉を継いだ。
「それでも私は、変えたい。……変えてみせます」
──なんの根拠もない。ただの少女の戯言。
ライネルはそう頭では思った。だが──胸の内に湧き上がる感情は、もう押さえきれなくなっていた。
ライネルはレイラを見た。レイラはこくりと頷く。
「……レイラさんが君をつれてきた理由、なんとなくわかったよ。
君を信用しないわけじゃない。でも、命がけだ。それは理解して欲しい」
アリサは一瞬戸惑う。命がけ?
それは、どういう……?
ライネルは続けた。
「僕は、人間らしく生きたいんだ。……いや、僕だけじゃない。お腹を空かせている子供たちをなんとかしたい。そう思っている。だから……」
ごくりと喉を鳴らしてライネルは告げた。
「僕は、この国を作り直したい。君は、どうだ?」
──ライネルの問いが、アリサの芯を貫いた。




