第13話 破滅の構造
「なるほどね……」
俺はヴィオラの話を聞きながら、じわじわと頭が痛くなってきた。
「私も以前、ドランさんの話を聞いてから、いろいろと調べていたの。魔導ギア産業の衰退の理由……そして、契約労働者のことも」
俺は問いかける。
「要するに──経営が傾いて、領民を食わせられなくなった貴族の救済策ってことか?」
ヴィオラは、静かに頷いた。
「以前は、領民は封建貴族の管理下にあって、勝手な移動は認められていなかったの。でも“契約労働者”という形なら、自由に移動できるようになった。……まあ、自由なんて建前だけど」
自由……ね。
かつての封建貴族は、領民を支配していた。
だがそれは同時に、“飢えさせぬ義務”でもあったはずだ。
いまは違う。
契約労働者という言葉の裏で、
「食えないのは自己責任」──そんな地獄が、静かに広がっている。
自立する基盤もないまま、放り出す。
それは、為政者の責任放棄だろう。
そして、見えてきた。
ぼんやりしていた輪郭が、ようやく像を結びはじめる。
「で、中間業者のヴァルトみたいな連中が、安価な労働力として契約労働者をかき集めてるってわけか」
ヴァルト──最初の“ホワイト略奪”の相手。
あいつのせいで、俺は今、1億Gの賞金首だ。
「そうね。しかも、魔導ギア産業が衰退した今の王国には、他に“産業”と呼べるものはほとんど残っていない。希少鉱石や魔獣の素材といった天然資源は豊富だけど」
ヴィオラの声が、少しだけ低くなる。
「それらの採取・流通を仕切っているのが──ブラック冒険者ギルドよ」
……そして、そこに契約労働者が流れていくわけか。
なるほど。これはもう、構造的な最適化だ。
だけど、それだけじゃ──済まされない。
……なんてこった。
キラキラしたファンタジーだと思っていたこの王国は、気づけば、制度疲弊と貧困に満ちたディストピアだった。
魔導ギアはなく、他の産業にも競争力はない。
そもそも、WSOの制裁下にあるこの王国と、まともに取引をしてくれる相手などいない。
外貨を稼ぐ手段も、ほとんど残っていない。
「中世風」なのは、おとぎ話の演出なんかじゃなく──
単に、時代に取り残されているだけ。
完全に、“詰み”だ。
けれど、そうなると話が違ってくる。
ゲームみたいに「悪の魔王を倒せば平和が訪れる」なんて、そんな単純な構図じゃない。
……まあ、そもそもその“魔王”を倒す目的自体、今となってはシナリオ通りには受け取れないけどな。
俺は、思考を深く潜らせていく。
ヴァルトやブラック冒険者ギルドのような連中は、俺のいた国の基準では“悪”だ。
けれど──
見方を変えれば、彼らはただ体制にうまく乗っているだけ。
いや、より正確に言うなら──「最適化」された側の人間たちだ。
そう。
問題なのは、“人”じゃない。
──“体制”そのものが、歪んでいる。
そして俺は、ふと転生前の世界を思い出していた。
これは──この異世界だけの話じゃない。
もしも、歴史の歩みがほんの少し違っていたら。
俺のいた国だって、こうなっていたかもしれない。
いや、現実に──もう、こうなっている国があるのかもしれない。
行き場をなくし、希望を失い、
世界に静かに見放された国の、末路。
アリサ。これが君の生きる国だったのか。
***
「──これが、私の知っている“事実”です」
ベアトリスの声が、どこか遠くから聞こえるようだった。
アリサは、一言一句、確かに聞いていた。
けれど、言葉の意味を理解するには、少し時間がかかった。
……いや、正確には、心が受け入れることを拒んでいたのだ。
私たちの国が──そんな、はずがない。
私は、騎士になって困っている人を守るって……
でも、“守る”って、何から?
“悪い人”から? でも、その“悪い人”って……誰?
答えのない問いが、心の中を彷徨っていた。
袋小路に迷い込んで……まるでこの国と同じ。
ロイ、リュシアン、ミレーヌ、セリーナ──
皆、一様に言葉をなくしていた。
まるで、絶望の淵に手をかけているかのような表情で。
その瞳は、虚ろな闇の中に囚われていた。
視線を合わせると──暗い世界に引き込まれそう。
アリサは、恐怖した。
どうしてなの……誰か……助けて。
目の奥が痛くなる。視界が霞む。
私は騎士なんだ。
私よりも、もっとつらい人がいるのに……。
泣いたりなんか、していいはずが──
そのとき、ガタンッと音が静寂を裂いた。
そして、力強い声がひとつ。
「私は、そんなものは認めん」
……え?
声の方を見た。クラリスが立ち上がっていた。
顔色は青ざめていたが、その瞳はまっすぐ前を見据えていた。
「つまり、それが体制だと? だから、現実を受け入れろと?」
バン、と机を叩く音が響く。
そして、アリサの目を見て言った。
「──まっぴらごめんだな。私は戦うぞ。騎士として……そうだろ?」
それは、アリサが──
心から欲しかった言葉だった。
***
「……俺に、何ができる?」
え? とヴィオラが聞き返す。
ゼファスの言葉が脳裏をよぎった。
──この世界は決して優しくはない。だが、誰もが夢を見る権利を持っている。
俺がこの世界に転生した意味なんて、分からない。
俺は単なる元社畜リーマンだ。
だけど頼れる仲間がいる。
そして、この世界で、バカみたいにデカい“ホワイトな夢”を掲げたいんだ。
そして、
アリサ──君にも、笑っていてほしい。
ゲームの中でしか知らなかった君が、いまは他人のために涙を流している。
だったら、俺は──
……討伐とか、破滅エンドなんて、もう関係ない。
この国まるごとコンプラ違反だってなら、上等じゃないか。
「やるぞ。ホワイト改革だ」
就業規則ってやつを叩き込んでやる。




