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第12話 王国と魔導ギア

ベアトリスは、ゆるやかに視線を巡らせた。

そして、静かに口を開く。


「皆さん、“魔導ギア”という言葉を、耳にしたことはありますか?」


その一言に、室内の空気がわずかにざわめいた。


沈黙。数秒の間を置いて、リュシアンがそっと身じろぎする。


あの日──王立図書館の片隅で手に取った書物。

その中に、確かにその単語が記されていた。


「……少しだけ」


彼は恐る恐る手を挙げ、控えめに答える。


「王国では、使用が禁じられている魔道具……だったと思います」


ベアトリスは微笑を浮かべ、軽くうなずいた。


「ええ、概ねその通りです。正確には、王国外からの“魔導ギア”流入が禁止されています。国内製のものもありますが、そちらの流通はごく一部。皆さんが知らないのも、無理はありません」


その説明に、リュシアンは小さく息を呑んだ。


「では……その魔導ギアが、今回の件と関係しているのでしょうか?」


素直な疑問に、ベアトリスはひとつ(うなず)く。


「そうですね。話は、魔法というものの本質から始まります」


彼女は机に手を添えたまま、穏やかな口調で語り始めた。


「魔法を使うには“魔力”が必要です。そして、人の身に宿る魔力は、個人差はあれど、自然そのものである“精霊”から見ればごく微量なものに過ぎません」


アリサは黙って(うなず)いた。

それは騎士団の教練でも学んだ、魔法行使の基礎知識だった。


「ですから、より大きな魔法を使うには、精霊と契約する必要があります。けれど、精霊と契約できる人間は限られている。そうした中で生まれたのが、“魔導ギア”という技術です」


語調が、ほんのわずかに熱を帯びる。


「ごく簡単に言えば、魔導ギアとは、精霊と契約した者の力を、契約者でない者に再分配するための装置です」


「契約者と精霊との間で交わされる“契約術式”というものを魔導ギアに封じ込めておくことで、契約者以外でも一時的に精霊の力を行使できる……それは、世界のありようを変える発明でした」


その説明に、アリサの胸が高鳴る。


──なんてすごい。誰でも魔法が使えるようになるなんて……!


でも、それならどうして……?


彼女の中に浮かんだ疑問を、代わるようにリュシアンが口にした。


「……そのような便利なものを禁止する理由は?」


問いは鋭く、まっすぐだった。


ベアトリスは真剣な眼差しでリュシアンを見返したあと、そっと視線を落とす。


「確かに、魔導ギアは人々の生活をより豊かにする希望の技術でした。王国もまた、その理想を掲げて開発と研究に力を注いでいた時期があったのです」


彼女のアメジストの瞳が、懐かしい幻想を追うように光る。


「各地の貴族領で工房やギルドが立ち上がり、魔導ギアは王国の国策として振興していました。しかし──」


突如として目の光は曇り、なにかを噛みしめるように視線を落とした。

言葉の続きは、出てこなかった。


その静けさを埋めるように、フレッドが口を開く。


「精霊との契約は勝手にできるわけではなく、特に力を持つ精霊との契約に関しては、WSO(世界精霊機関)という国際的な組織の管理下で行われているんだ」


彼の声は柔らかいが、いつになく緊張感を含んでいる。


「そして、WSOの審査は厳しい。一部工房の監査で認定取り消しが発覚してね……理由は、主に労働環境の未整備と技術特許問題だ」


「残念なことに、それまで封建貴族が常識としていた労働環境や知財に関する認識は、国際基準の観点からは未熟だったということだ」


そこまで言って、フレッドはふっと視線を泳がせる。

慎重に言葉を選ぶように、間を置いた。


「そして、それを立て直すには各地の貴族をとりまとめて、WSOとの関係改善を図るべき統一体制が必要なのだが……わが国の王政は緩やかな統治……」


フレッドが言葉を探していると、アーサーがあっさりと遮った。


「つまり、王家なんてお飾りよ。誰も具体的な解決策を出せないまま、WSOとの関係が冷え込んじまって、ついには制裁だ。ほんの一部の工房を除いてな」


そして、大げさに肩をすくめ、皮肉げに笑う。


「……全員責任逃れの押し付け合いだ。お偉いやつらは、精霊さんの気持ちなんかよりも自分の椅子が大事だったんだろうな」


遠慮のない物言いに、場の空気がややざらついた。


フレッドが、苦い顔でたしなめる。


「アーサー、君がいくら王族の血筋とはいえ、その言い方は……」


アリサが、目を(またた)かせてアーサーを見た。──王族?

そんな話、これまで一度も聞いたことがなかった。


隣に座るロイを見ると、アリサと同じように目を見開いていた。


だが当の本人は、どこ吹く風だ。


「没落王族には、しがらみってものがなくてね。口の利き方に気を使う必要も、もうないんだよ」


アーサーは何気ない口ぶりのまま、アリサに視線を向ける。


「それより──なあ、国内の魔導ギアが使えないとなったら、お前ならどうする?」


「えっ? あの……」


突然の問いかけに、アリサは戸惑いを隠せない。

ミレーヌが小声で口を開いた。


「国外のもの……ですか?」


「そうだな。だが、タダじゃあない。その金はどうする?」


アーサーは続けた。


「そもそも、王国が魔導ギア産業を振興しようとしたのは、国外に輸出して稼ぐためだ。それがなくなって、魔導ギアを輸入する……金ばかりが出ていくよな? 貿易に、一方通行はありえないんだよ」


「魔導ギアが禁制ってのは、そういうことだ」


アーサーの声には、怒りとも嘲笑ともつかない、どこか諦めたような響きがあった。


ようやく、ベアトリスが静かに言葉を引き取った。


「フレッドさん、アーサーさん、ありがとうございます」


彼女は軽く一礼し、言葉を続ける。


「現在の王国は、魔導ギアの技師や研究者といった頭脳流出もあり、再起は難しい状況です。代わりとなる産業は、農業と天然資源。しかし……WSOとの関係を重視する諸外国の中で取引に応じる国は少ない」


「次第に各地の貴族の領地経営が苦しくなり、中央へ陳情が相次ぐようになりました」


そこまで語ったベアトリスは、一呼吸おいて、


「そして──そうして、生まれたのが、“契約労働者”です」


ベアトリスの言葉は、静かに、重く響いた。

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