第10話 S級冒険者
カレンはレオンたちを鋭く睨みつけ、吐き捨てた。
「グレイスのやつ……言ったはずだけどね。あたしは“外道な力”が嫌いだって」
その隣で、レナがぼそりと呟く。
「よくわからないけど、あれは危ないと思うよ。カレン、いけそう?」
カレンは横目でレナを見て、不敵な笑みを浮かべる。
「いけそう? だって?」
そう言うと、背中の大剣を抜き放った。鈍い金属音が空気を震わせる。
「ただ……まあ、そうだね。このままだとちょっとアレかな」
そう言って、セラの魔法で膝をついたまま動けないヴィオラに目をやる。
「5万7千980Gだ」
「……え?」
唐突な数字に、ヴィオラは理解が追いつかない。
「素材調達の技術指導料。あれ、前借りできるかい?」
「…………どうして、いまそんな話をするのかしら?」
カレンは、大剣をポンポンと軽く叩きながら続けた。
「こいつは魔王カンパニー製の魔導ギアなんだけどさ。ちょっと毎月の支払いが滞っちゃってて。使うには金が必要なんだよね」
「支払い? S級冒険者なのに?」
レナが口を挟む。
「カレンはお金が入ると、すぐお酒に使っちゃうから。計画性ないでしょ。ボクはちゃんと貯金してるけどね」
「うるさいね。で、どうなの?」
ヴィオラは肩を落としながらも、あきれたように頷いた。
「……わかった。そのお金はうちが出すわ。ボスには私から話しておくから」
カレンはニカッと笑い、即座に大剣に仕込まれた水晶球を拳でコンコン叩きながら言った。
「太っ腹だね~。そういうことならさっそく……おーい、金はあるんだ。使わせてくれよ~」
レナが割って入る。
「もう……何でも叩けば動くと思ってる。ここ、ほら。押すと文字が出るでしょ?」
「へぇ、そうなんだ。……って、パスワード!? レナ、知ってるか?」
「そういうのは自分で管理するの! もう、ちょっと貸して!」
ヴィオラがやや引きつった声で言う。
「……わりとピンチなんだけど、いま。時間かかるのかしら?」
「ちょっと待ってなって」
カレンは眉間にしわを寄せながらレナの説明を受けている。
そして、バッと振り返って言った。
「おい、レオン。お前らもだ」
***
「はい、できたよ。もう。次滞納したら使わせないって怒られたんだから。ボク関係ないのに……」
「おおっ、サンキュー、レナ!」
そのやり取りを見ていたヴィオラ。
腕の魔導ギアの光が、いよいよ消えかかっていた。
(……まずい)
だが、次の瞬間──
カレンの大剣が一閃。
閃光の残滓だけが走り、気づけばセラの手にあった魔導ギアが消えていた。
ヴィオラを押さえつけていた重力がふっと解ける。
セラもまた、はっと我に返ったように目を瞬かせた。
視線を向ければ、カレンの大剣は青白く発光し、その刃からは熱気が立ちのぼっていた。
「んー。久しぶりだねぇ。絶好調」
カレンは満足そうに笑いながら、大剣をビュンと一振りする。
レナが眉をひそめてたしなめた。
「ちょっと、カレン。雑すぎ。今の、ちょっとでもズレてたら、セラの腕、溶けてたよ?」
セラが青ざめた顔でカレンを見る。
カレンは涼しい顔で言った。
「うるさいね。あたしが失敗するなんて、たまにしかないだろ」
「…………え?」
セラとヴィオラが揃って固まった。
カレンは肩をすくめ、悪びれた様子もなく言う。
「なんだよ、結果オーライだろ?」
そして、ふと思い出したようにヴィオラへ声をかける。
「なあ。基本料金以外に、いまの技使うと1回3万Gかかるんだけど……ダメだったかい?」
ヴィオラは、はあ……と額に手を当てて溜息をつく。しかし、その目は笑っていた。
「いいわ。好きなだけどうぞ」
カレンは嬉しそうに「そうこなくちゃな!」 と言いながら振り向く。
その視線の先には、黒い炎弾がいくつも浮かんでいた。
ミアだ。
彼女は冷えた瞳のまま、魔導ギアから無数の黒炎を放ってくる。
炎弾は静かに空間を焦がし、空気がじりじりと歪む。骨まで焼き尽くされそうな熱が伝わってくる。
「ちょっと、ミアさん! 私もいるのよ!」
セラが悲鳴のような声を上げた。
だが、カレンは冷静だった。
大剣を再び一閃──
刃が迫り来る黒炎をまとめて叩き落とす。
「よっと」
そのままミアに向かって踏み込もうとした──が、
すでにレナが動いていた。
彼女は静かに、ミアが反応する間も与えずにその懐へ滑り込むと、スッと短刀を抜いた。
刃はかすかに震え、目には見えないほどの微細な波動が空気を揺らす。
その刃先が狙うのは、ミアの杖に仕込まれた水晶球──。
触れた瞬間、刃はバターを裂くように滑らかに球体へと吸い込まれていった。
そして、ミアの魔導ギアは沈黙した。
「もう……血の気、多すぎ。危なっかしいんだから。ボクに任せて」
レナは、あくまで落ち着いた声でそう言った。
そして、彼女はすぐに次の標的へと視線を移し、軽やかに駆け出す。
「カレンは、レオンね。殺しちゃダメだよ」
返事を待つこともなく、レナはすでに動いていた。
無駄のない一歩でグロックとの間合いを詰める。
巨体の戦斧が、うねりを上げて振り下ろされる──その圧力が周囲の空気を震わせる。
直撃すれば、甲冑ごと人間を叩き潰せる“殺意”の塊。
だが、レナはそれをほんのわずかに身を傾けるだけで、まるで風を避けるかのように受け流した。
次の瞬間、短刀が鋭く閃く。
狙いは、斧の柄の付け根──。
刃が触れたその瞬間、金属の柄がまるで紙細工のようにスパリと断たれる。そして、重力に引かれて落ち始めた斧本体に対し、返す刀の一突き。
突き刺された短刀の刃先が、斧本体に仕込まれた水晶球を芯から砕いた。
ぱきん、と乾いた音がして、魔導ギアの光がふっと消える。
まるで最初からそうなることが定められていたかのような、無駄のない動作と完璧な制圧。
「はい、終わりね」
淡々と呟いたレナの声だけが、場に残った。
その鮮やかすぎる一連の動作を、ヴィオラは呆然と見つめていた。
(……これがS級冒険者。絶対に敵に回したくないわね)
カレンは、レオンに向かって迷いなくズンズンと歩を進める。
レオンはその迫力に怯んだ様子もなく剣を振るう。
だが──。
「……あれ?」
気づくと彼の剣はジュッという音とともに、刃が融解し消え失せていた。残るはただ一筋の煙のみ。
状況を把握できず、ぽかんと口を開けたレオン。
その顔面に、容赦なくカレンの鉄拳が叩き込まれる。
レオンの身体が宙を舞い、ゴシャッ! という音とともに、勢いよく地面に落下した。
倒れ伏す彼を一瞥したあと、カレンは残る三人──セラ、ミア、グロックを睨みつける。
そして、腹の底から響くような声で吠えた。
「お前ら、全員まとめて説教だっ!!!!」
怒声が空気を切り裂いた。
三人は軍隊のように揃った動きで直立不動となり、
「はいっ!! ごめんなさい!!」と元気よく返事した。
***
俺とティナは、ドランと別れ、砦へと急いでいた。
魔王カンパニーとのビジネスは、今後の盗賊団にとって絶対にプラスだ。
きちんと説明して、理解してもらわないといけない。
それと──不安材料が、もうひとつ。
「やっぱりA級冒険者パーティが心配だな……ドワーフの魔導ギアがあるって言ってもな」
砦に辿りついたとき、入り口のバリケードが破壊されているのを見て、俺とティナは顔面蒼白になった。
次の瞬間には、砦の中へと駆け出していた。
広間のドアを勢いよく開け放つと──
「お、団長! ちぃーっす!! おつかれーっす!!」
……レオンがいた。他の三人も。
俺の思考が止まっていると、ヴィオラが近づいてきた。
「ちょっと、いろいろあってね。いまはカレン預かりで素材調達やってるのよ」
「は?」
そこへ、カレンが気さくに声をかけてきた。
「まあ、コイツらはあたしが面倒みるから。なんか、精霊に記憶抜かれたとかで、ちょっとバカになってるけどな!」
豪快に笑うカレン。だが、俺にはまったく意味がわからない。
視線を巡らせると、他の三人も──まるで前からいたかのように馴染んでいる。
「グロックさん。この魔獣の弱点ってなんですか?」
「ああ、コリン……そいつは……なんだっけな? ハッハッハ」
「ねえ、リサさん。今度お買い物いきましょうね」
「ケンタウロスカフェも行ってみない? 新作ケーキ、マジヤバいんだって☆」
「はい! セラさん、ミアさん」
……俺はただ、呆然と立ち尽くしていた。




