表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/168

第09話 黒い精霊

──中継都市ラドリア。

ブラック冒険者ギルドのギルド長室には、紫煙が静かに漂っていた。


ギルド長グレイスの前に立つのは、受付嬢のエミリア。

控えめに書類を差し出す仕草とは裏腹に、その瞳には冷ややかな光が宿っている。


「さすがはA級ですね。もう適応されていましたよ」


グレイスは煙管(きせる)を唇に運び、ゆるりと煙を吐いた。


「ふふ。冒険者に必要なのは、夢とガッツさ。……にしても、うまい手を考えるじゃないか」


その視線が、鋭くも楽しげにエミリアへと向けられる。


彼女は一歩も引かず、にこりと微笑んで返した。


「お得意様ですから。最近、供物が足りないと契約術師経由でクレームが入りまして。ちょうど良い機会かと」


「まったく……あの精霊も、ごうつくばりだねぇ」


グレイスは楽しげに笑いながら、再び煙をくゆらせる。


「だからWSOに目をつけられるんだよ」


エミリアは小さく肩をすくめ、苦笑を浮かべた。


「でも、WSO未加盟の中位精霊なんて、今では珍しいでしょう? こちらに協力的なだけでも、ありがたい話です」


グレイスは煙管(きせる)の灰を灰皿に落としながら、ふと目を細めた。


「ま、持ちつ持たれつさ……とはいえ、下位精霊ですら扱いづらいってのに、中位ともなれば。レオンたちも博打(ばくち)が好きだねぇ。嫌いじゃないよ」


エミリアは声をひそめ、まるで秘密を打ち明けるかのようにささやく。


「対価は、自我・感情・記憶……精霊さんの“大好物”なんですって」


そして、にっこりと笑みを浮かべた。


「レオンさんたちの“魂”が、お口に合うといいですね」


少しの悪意も、邪心も見て取れなかった。

ただ、美しく整えられた、いつもの受付嬢の微笑みが、そこにあった。


***


A級冒険者たちから立ちのぼっていた異質な気配が、ふと消えた。

いや、正確には“おさまった”のではない。

放出されていた何かが一点に収束したような、そんな錯覚。


ヴィオラは、喉元に冷たいものが這い上がってくるのを感じた。


明らかに“様子がおかしい”。


レオンの顔からは、さきほどまで張り付いていた薄ら笑いが消えていた。

それだけではない。

グロック、ミア、セラ──三人の目からも、感情というものがすっぽりと抜け落ちていた。


その変化の正体は、彼らが手にする魔導ギアにも現れている。


ギアにはめ込まれている水晶球。

通常であれば淡い光を放つそれが、今はどす黒く変色し、鈍く脈打つように輝いていた。

気配の収束地点──その中心だ。


ヴィオラは仲間たちに声をかける。


「……それぞれの相手はそのまま。気をつけて」


モヒカン、鉄仮面、和尚がわずかに頷き、再びそれぞれの敵へ意識を集中させた。


ヴィオラ自身は、セラと向き合う。

先ほどまでヒーリングをかけていたはずのその体からは、もはや痛みや疲労の気配すら感じられない。


セラが静かに書物型の魔導ギアを開いた。

紫に(きら)めいていた光は、いつのまにか漆黒へと染まっていた。


次の瞬間──


黒い輝きが(はし)り、ヴィオラの全身を包み込む。


──重い。


圧倒的な重圧。

空間そのものがのしかかっているかのような感覚。


魔導ギアはまだ発動している。状態異常は防いでいるはず。

それでも、この力──さっきの比じゃない。


「くっ……!」


ヴィオラは思わず膝をついた。

全身を押さえつける不可視の重力に、そこから一歩も動けない。


(まずいわね……モヒカンたちは?)


必死に首を巡らせ、仲間の様子を窺う。


モヒカンの前には、グロックが無言で立ちはだかっていた。

さきほどの一撃を受けていたはずなのに、静かに斧を構え──そして振り下ろす。


……狙いは、モヒカンではなかった。


「うぉっ?」


斧が地面に叩きつけられた瞬間、轟音と共に爆裂した瓦礫(がれき)砂煙(すなけむり)とともに吹き上がり、モヒカンを襲う。


視界が揺れた。その刹那──


爆煙の隙間から飛び出したグロックの蹴りが、モヒカンを襲う。

咄嗟(とっさ)に腕でガードするが──


「ぐ……っ!」


筋力強化の魔導ギアですら受け止めきれない。

骨が軋む嫌な音が、耳の奥に響いた。


「くそっ、なんやこいつ。この馬鹿力……!」


モヒカンは膝を折りかけながらも、なんとか踏みとどまる。


だが、容赦はなかった。


振り上げられた斧が、モヒカンの釘バットと激突。火花が散る。

直後──黒く染まった刃が脈打ち、爆発。


反撃の余地もなく、モヒカンの体は吹き飛ばされ、地面に崩れ落ちた。


***


一方、ミアと対峙する和尚。


ミアが杖を掲げると、闇色の炎が凝縮し始める。

やがて両腕でようやく抱えられるほどの巨大な炎弾となり──


杖を振り下ろすと同時に、それは(うな)りを上げて和尚へと飛来した。


和尚は身を(ひるがえ)して避ける。

だが、ミアはすでに次の弾を放っていた。さらにもう一発、もう一発。


集中砲火──その一つが和尚の腹部に直撃した。


「ぐあっ……!」


炎熱耐性の魔導ギアがあってなお、全身を焼くような痛み。

動きが鈍る。そこへ、次々と黒い炎が襲いかかる。


***


そして、鉄仮面。


「ぬおおおおおおおっ!!」


奇声を上げ、超スピードでレオンに迫る。

閃く爪が、レオンの顔面に突き刺さらんとする──


しかし。


レオンは、あっさりとその手首を掴んでいた。


「……っ」


体勢を崩された鉄仮面の顔に、レオンの剣が一閃する。

仮面が砕けた。


思わずしゃがみ込んだところに、レオンの足が振り下ろされる。


「──がはっ」


頭を踏みつけられ、鉄仮面はその場に沈んだ。


ほんの一瞬の攻防。


***


仲間たちが崩れ落ちるのを、ヴィオラは見ていた。


(……これは、ただの強化じゃない)


魔導ギアの色。

瞳の空虚。

そして、圧倒的な暴力。


──何かが、起きている。

決定的に。


その“何か”の正体が、まったく掴めなかった。


モヒカンたちは、明らかに戦闘不能。

自分も、立ち上がることすらできない──


正面に立つセラを睨みつけるが、なす術がない。


そして。


ヴィオラの魔導ギアから放たれていた光が、見る見るうちに淡くなっていく。


……使用時間切れ。


効果に守られていてこの有様なら、それが消えた先にあるのは──


最悪の予感を抱えたヴィオラの視界に、ゆっくりとレオンたちが歩み寄ってきた。


無言のまま、まるで“死刑執行”を淡々と進めるように。


嫌な汗が、額から顎を伝って滴り落ちる。


(こうなったら……)


ヴィオラは、重たい腕を無理やり動かし、震える手を懐に差し入れた。


指先が触れたのは、冷たい金属。


取り出したのは、銃型の魔導ギア──

使用者の命を代償とする、禁断の兵装だった。


「や……やめるんだ、ヴィオラさん……!」


素顔を晒した鉄仮面が、(うめ)き混じりに叫ぶ。


しかし、もう他に道はない。


ヴィオラは、静かにトリガーに指をかける。


(ごめん、ドランさん。そして……ボス)



だが──


「やめときな! そんなもん!」


鋭い声が、戦場に突き刺さるように響いた。


ヴィオラの顔が歪んだ。

それは、恐怖でも絶望でもない。


──希望。


そこに立っていたのは、カレンとレナだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ