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第08話 不穏の兆し

セラへの奇襲に成功したとはいえ、状況が好転したわけではない。それはヴィオラ自身が一番よく分かっていた。


(魔導ギアのおかげで状態異常は防げたけど、まともに打ち合えば分が悪い)


一瞬驚いたように目を見開いたレオンだったが、すぐにいつもの薄ら笑いを浮かべる。


「おいおい……なにやってんだか、セラ」


呆れたように言いながら、腰の剣を抜く。

前回の襲撃時に持っていた聖剣ではないが、これもおそらく魔導ギアだろう。


グロック、ミアもそれぞれの武器を構える。


(せめて、誰か──応援が来てくれれば……)


ヴィオラが鞭を構え直した、その瞬間だった。


「ヴィオラさん! 目をつぶって!!」


リサの叫びに、反射的に(まぶた)を閉じる。


次の瞬間、ヴィオラとレオンたちの間に、小さな光球がふわりと現れ──

(まばゆ)い閃光を放った。


「っ……!」


「なっ……!」


「くっ……目がっ……!」


不意を突かれた三人は、目を覆いながら後ずさる。


「こっちです!」


リサがヴィオラの手をつかみ、砦へと駆け出す。


「……助かったわ、リサ」


肩を並べて走りながら、ヴィオラが息を吐く。


「魔導ギアもないし……私にできる魔法なんて、あれくらいで……ごめんなさい」


「あれくらいって──」


ヴィオラはふっと笑みを浮かべ、リサに視線を向けた。


「あなた、立派に“冒険者”してたわよ」


リサの頬が、わずかに紅く染まる。


二人は砦の中を駆け抜けていく。空っぽになった廊下や広間が、戦いの気配を遠ざけていた。


「私たち以外は、無事に逃げられたみたいね。……あなたのおかげよ」


「……よかった……!」


リサは胸に手を当て、安堵の息を吐いた。


「抜け道を使って、モヒカンたちと合流しましょう」


ヴィオラは小声で続ける。


「……残念だけど、私たちだけじゃ、あの連中には歯が立たない」


リサは真剣な表情で、こくりと頷いた。


その時、背後から迫る足音が聞こえた。


ヴィオラとリサはすぐに目を合わせ、無言のまま抜け道へと走り出す。途中、扉や棚を倒して通路を塞ぎつつ進んでいく。だが──


(彼らの魔導ギア相手に、どこまで時間稼ぎになるか……)


不安を押し殺し、ようやく抜け道の入り口に辿り着いた二人。だが、その場にいたのは──


片足を引きずった団員の姿だった。


(見張り塔の……レオンたちがバリケードを突破したとき、巻き込まれたのね)


団員の顔は青ざめていたが、意識ははっきりしている。幸い、命に別状はなさそうだ。ただ、足の状態は悪い。これでは、とても一緒に逃げることはできない。


ヴィオラは一瞬、目を閉じて考え──そして、砦の方角を振り返った。


視線の先には、迫りくるレオンたちの姿。セラもふらつきながら続いている。


(まったく……昔の私なら、とっくに逃げ出してたわよ)


ヴィオラの口元に、かすかな苦笑が浮かんだ。

決意を固め、鞭を握り直す。


──そして、レオンが追いつき、

無言のまま、団員を庇うヴィオラめがけて剣を振り下ろす。


その瞬間──


ビュンッ!


鋭い風切り音とともに、ヴィオラの横を何かが掠めた。


そして疾風のように飛び込んできたそれは──

ヴィオラに迫る剣を逸らし、続けざまにレオンの懐へと踏み込み、勢いのままに一撃を見舞った。


「ぐっ……なんだ、一体……!」


ダメ─ジこそ浅いが、不意を突かれたレオンの動きが鈍る。


ヴィオラは息を呑み、乱入者の姿を見やった。


「──鉄仮面……!」


そして、遠くから「ヴィオラ姐さんー!」と呼ぶ声が聞こえてきた。


***


「大丈夫か? ヴィオラ姐さん!」


息を切らして駆けつけてきたのはモヒカン。そしてその背後には、いつもの落ち着きを崩さぬ和尚(おしょう)の姿もあった。


「……なんとかね。助かったわ」


ヴィオラが短く礼を述べると、すぐに背後へと視線を送る。そして声を張った。


「リサ!」


呼ばれたリサがハッと顔を上げる。


「あなたは彼を連れて逃げて……。頼める?」


一瞬の逡巡もなく、リサは力強く頷いた。肩を貸していた団員の体を支え直し、慎重に後退を始める。


その様子に気づいた魔法使いのミアが、杖を構えながら声を上げた。


「ちょっと、逃がすわけが──」


「やめとけ」


鋭く言葉を差し挟んだのは、レオンだった。伸ばした腕でミアの行動を制する。


「Eランクなんかに用はない」


言い放つと、今度はヴィオラと鉄仮面に鋭い視線を向けた。


「こいつら、ギア持ちか……へぇ、盗賊の分際でずいぶんいいモン持ってるじゃねぇか」


その口元に浮かぶ薄笑いは、まるで獲物を値踏みする商人のそれだった。


「俺たちが、有効活用してやるよ」


その横から、戦士グロックが続ける。


「そうだな。良い値がついて欲しいぜ、まったく……。1億が空振りだからな。少しでも回収しないと」


レオンがニヤリと口角を上げる。


「ああ。こいつらを始末したら、砦の中もじっくり調べさせてもらおうか」


その物言いに、和尚が静かに返す。


「ほう。どちらが盗賊かな。──まあ、できるなら、やってみるといい」


直後、モヒカン・和尚・鉄仮面が一瞬だけ視線を交わす。彼我(ひが)の魔導ギアの特性は把握済み。すでに準備はできていた。


まず動いたのは和尚だった。ミアに向かって一気に距離を詰める。


ミアが反応し、橙色の光を放つ杖を掲げる。瞬間、巨大な炎の壁が彼の眼前に立ち上がった──が。


和尚は微塵も臆することなく、その炎の中を突っ切った。


「な──っ!」


驚愕するミアの背後へと回り込み、腕をひねり上げる。彼の魔導ギア──高熱耐性を持つ特殊装備が、火焔の障壁を無力化していた。


次に動いたのはモヒカン。腕力強化型を装備した彼は、斧を振り上げるグロックの前に立ちはだかる。


斧の軌道を紙一重で避け、そのまま分厚い鎧に向かって釘バットをフルスイング。


「──はっ、そんな武器で俺の装備が……っ」


言い終える間もなく、グロックの体が“くの字”に曲がり、数メートル吹き飛んでいった。


スカッとした笑みを浮かべ、モヒカンが言い放つ。


「こないだはよう吹っ飛ばしてくれたな。やられたらやり返すのが、わしの流儀や」


レオンの顔に、ついに驚愕の色が浮かぶ。


「こいつら、全員ギア持ちだったのか……」


その隙を、鉄仮面は見逃さなかった。


常人をはるかに超える速度でレオンに迫り、鋭い爪が閃く。


レオンはギリギリで身をひねって避けたが、防具でおおわれていない腕の布地が裂け、薄く血が滲んだ。


「チッ……!」


レオンが忌々しげに(にら)みつけるなか、ヴィオラが静かに言葉を投げかける。


「魔導ギアの相性はこちらに分がありそうね。このまま撤退してくれないかしら?」


「……撤退?」


レオンの表情が、再びあの薄ら笑いに戻る。そして、やれやれと肩をすくめた。


「1億の首にしか使わない予定だったんだけどな」


その声音(こわね)には、底知れぬ寒気が混じっていた。


「お前ら……この程度のオモチャを見せびらかして、勝った気か?」


その瞬間だった。


レオンの全身から、異様な気配が立ち上る。


──いや、レオンだけではない。


ミアを押さえつけていた和尚が、何かを感じ取ったように即座に飛び退いた。


A級冒険者パーティに、静かに、しかし確かに“変化”が起ころうとしていた。

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