第07話 襲撃
朝の砦に、緊張が走った。
見張り塔の団員から緊急連絡が入ったのは、ヴィオラが巡回を終えた直後だった。
現れたのは──例の4人。ブラック冒険者ギルド所属、A級冒険者パーティ。
砦にはこれから仕事に出る準備をしていた者たちが残っていたが、大半の団員は既に外出中。
幹部としてその場に残っているのは、ヴィオラただ一人。
カレンも、レナも不在。
(……少し、分が悪いわね)
ヴィオラは袖口をめくり、手首に装着されたギアを確かめる。
状態異常に対する耐性を持つ腕輪型の魔導ギア。
力押しの戦闘には向かないが、支援戦術を得意とする彼女には相応しい装備だった。
次の瞬間、ヴィオラは素早く動いた。
「リサ!」
砦の隅にいた、“元ブラック冒険者ギルド所属の冒険者”にして、“元契約労働者”の少女へ声をかける。
「急いでモヒカンたちに連絡を。裏道を通れば、敵の目は避けられるはずよ」
指示は短く、的確に。
さらに、残っていた契約労働者たちへと顔を向ける。
「あなたたちも、リサに続いて。ここは危ない。安全な場所まで避難して」
仲間たちの一人ひとりの顔を、しっかりと見てから。
そして、踵を返し、砦の正面へと駆け出す。
(せめて、彼らが逃げる時間を……)
──その背中に、ひとつの足音が加わった。
「なにを考えてるの?」
振り返れば、そこにいたのはリサ。肩で息をしながら、まっすぐヴィオラを見つめていた。
「私も、冒険者なんです。ダメだったけど……ダメじゃないって、言ってくれたのはヴィオラさんだけなんです。だから……」
ヴィオラの瞳が、一瞬だけ揺れる。
だがすぐに、短くうなずいた。
「行くわよ」
次の瞬間にはもう走り出していた。
***
砦の前には、すでにA級冒険者パーティの姿があった。
バリケードは粉々に破壊されている。もとより、魔導ギアを装備した相手に通用するとは考えていない。
それはあくまで、見張りの団員が脱出するための時間稼ぎだった。
リーダーのレオンがヴィオラを見つけ、口元を歪める。
「おやおや。出迎えはたったの二人か? 1億の賞金首はどうした?」
「ボスは不在よ。できればお引き取り願いたいんだけど?」
ヴィオラの言葉に、レオンは肩をすくめて見せた。
「まさか逃げたってわけじゃないよな? いや、あの化け物に限ってそれはないか。……まあ、そういうことなら残念だ」
口元に薄い笑みを残したまま、彼は続ける。
「俺たちの目的はあくまで賞金首だ。お前らに用は──」
「なら──」
ヴィオラが口を開きかけたそのとき、レオンが手を上げてさえぎる。
「──と、言いたいところなんだがな」
笑みがすっと消える。
「何度も空振りするのは性に合わなくてね。ここで何人か潰しておけば、向こうから出てくるだろ? そう思わないか?」
その横から、屈強な体格の戦士グロックが声を上げる。
「それにな。最近お前ら、素材調達でちょっとやり過ぎだ。ギルド長のお達しだ。“邪魔者は潰せ”。特別ボーナス付きでな」
「素材調達……? ドワーフ商工会は王国公認ギルドよ? そこから正式に委託されてる仕事だけど?」
ヴィオラが静かに問い返す。
だが、グロックは感情のない声で応じた。
「理屈じゃねえんだよ」
その目には、一片の情すらない。
「ブラック冒険者ギルドの心得その一。“ビジネスの邪魔は潰せ”。……それだけだ」
ヴィオラの背筋に、じっとりと冷たい汗が這う。
(──引く気はない。完全に、潰す気だ……)
そのとき、黒髪の清楚そうな女が、ヴィオラの隣に立つ少女を見とめた。
紺のブレザーに白いシャツ、赤いネクタイ。
目元は柔らかく笑っているが、その声には含みがあった。
ヒーラーのセラだ。
「……あら。そっちの子、もしかして……リサさんじゃない?」
リサの肩が、小さく震えた。思わず俯く。
セラの言葉に反応したのは、魔法使いミア。
ゆるんだネクタイ、外ハネの赤茶ミディアムヘア。
スクールベストに短いスカート、ラメ入りネイルと派手めなメイク。
「知り合い? どっかで見た顔だなーって思ってたんだよね」
セラは口元に手を添え、くすっと笑う。
「ええ。Eランクの魔法使いさん。ほら……あのときの踊り子衣装、すっごく似合ってた子。寒さ耐性、高いのねって感心したわ。ふふっ」
言葉の端々に、抑えきれない嘲りが滲む。
ミアも目を細め、嬉しそうに声を弾ませた。
「あ〜思い出した! あの時の! ……連れの子、元気? なんだっけ、ドラゴンスレイヤーGX? すっごい装備、マジウケたんだけど☆」
ケラケラと笑いながら、あからさまな侮蔑を浴びせる。
レオンが、冷めた声で会話に加わった。
「なんだ、Eランクかよ。……雑魚以前の問題だな」
ミアが口を覆いながら笑う。
「しかも装備の支払いできなくなって、契約労働者落ち? マジでウケるわ」
そして追い打ち。
「で、いまは盗賊? どこまで落ちるの、ヤバすぎでしょ」
セラは芝居がかった口調で目を伏せ、囁いた。
「まあまあ、ミアさん……人には、事情ってものがありますから。ねぇ? ……ぷっ。とはいえ、そこまで落ちるともう……哀れを通り越して──ほんと、お可哀想に」
その一言で、リサの何かが決壊した。
「……可哀想なんかじゃない!」
俯いていた顔を、ばっと上げる。
セラとミアは、その勢いに一瞬気圧された。
「たしかに私は……冒険者としては落ちこぼれでした。何も考えずに、あんな高い装備なんて契約しちゃって……バカだったと思ってます!」
声は震えていたが、はっきりと届いていた。
「でも……それでも、ここは……こんな私とコリンに、“いてもいい”って言ってくれたんです!」
瞳を潤ませながら、リサはまっすぐレオンたちを見据えた。
「生きるために、背中を押してくれたんです! 私……ブラック冒険者ギルドなんかより、ここのほうが、ずっと……ずっと大好きです!」
リサの声が砦の空気を震わせた。
ヴィオラがすっと、リサをかばうようにA級冒険者パ─ティの前に立ちはだかった。
「──あなたたちに、リサを笑う資格なんてないわ」
その声音は静かで、けれど確固たる怒りが宿っていた。
「ここにはね、いろんな人がいるの。寄る辺なくて、傷だらけで……ほんと、バカばっかり」
ヴィオラは薄く笑い、そして──その視線を鋭く敵へと突き刺した。
「でもね、本気でバカをやってるのよ。特に……うちのボスはね」
言葉の端に、誇らしさと信頼が滲む。
「どんなやつでも見捨てない。失敗しても笑って許して、次はうまくやろうって……ちゃんと、前を向かせてくれる」
ヴィオラの魔導ギアが光を帯び、淡い魔力の波が走る。
「ブラック冒険者ギルドごときが、舐めるんじゃないわよ!!」
叫ぶと同時に、ヴィオラは地を蹴った。狙うは──セラ。
「特攻? ふふ……やっぱりバカなんですね」
手にした書物型の魔導ギアが淡く紫に輝く。敵の動きを封じる魔法の光が、ヴィオラを包もうとする。
だが──。
その光は、ヴィオラに届く前に霧のように掻き消えた。
驚くセラの腹部に、ムチの柄が鋭く突き込まれる。
「ぐっ……!」
セラは呻き声と共に、その場に崩れ落ちた。
ヴィオラはセラを見下ろして呟く。
「ボスの前で格好つけちゃったから……借りは返すってね」
そして、A級冒険者パ─ティを見据える。
「まずは、一つ」
※作者注)
2025年7月1日、第2章の第5話および第6話を改稿しました。
A級冒険者パーティーに登場するセラとミアのビジュアルを調整し、現在のイメージに統一しています。
なお、本編のストーリー展開に変更はありません。




