第06話 異世界ビジネスモデル
ゼファスは指先で眼鏡のブリッジを押し上げながら、落ち着いた声で語っていた。
「……と、弊社のビジネスをひと言でまとめるなら──“精霊との契約によって得たエネルギーの、社会的活用”となりましょうか」
場面は再び、魔王カンパニーの会議室。
テーブルには俺とドラン、ティナが並び、向かいにはゼファス、リリカ、リスティアが席についていた。
俺達の目の前には大きなモニターがあり、ゼファスが手元の端末を操作すると資料が切り替わった。
「弊社は、リスティアが窓口となって中〜上位精霊との長期契約を結んでおりましてな。そこから供給されるエネルギーは、“精霊炉”と呼ばれる巨大な魔導ギアに一旦貯蔵されます」
ポインターで図を指し示しながら説明を続ける。
「精霊炉から得られる出力は実に膨大。
ですが同時に、それを維持するための供物や契約費用も、相応に重い負担となるのです」
俺たちは無言で頷く。リリカがペンを動かしながら、小さく相槌を打った。
「そこで我々は、精霊炉と連結する術式を、弊社製の魔導ギアに封入することで──各利用者にエネルギーを“定量供給”できる仕組みを整えております」
ゼファスは椅子に深く座り直し、語調を少しだけ改めた。
「契約プランに応じて、供給量や魔法の属性は調整可能。……すなわち、“精霊エネルギーの月額課金制”ですな」
俺は思わず唸った。なるほど──これは、電気や通信とまったく同じ“インフラ”の構造だ。
精霊炉と使用者を魔導ギアで繋ぎ、契約に応じてエネルギー供給を制御する。現代文明の根幹を、この世界で見ることになるとは。
ドランから渡された試作魔導ギアの利用が有料だったのは、魔王カンパニーの術式を使わせてもらっていたからか。
つまりスマホで言えばSIMフリー端末みたいなもので、通信の契約先は魔王カンパニーという感じかな……。
俺は、なるほどと納得した。
魔王カンパニーの強さは、サブスクリプションモデルによる継続的な収益構造。
“ホワイト企業”を支える資本の源泉は、まさにここにある。
(……俺たちの盗賊団も、これを見習わない手はないな)
もちろん、いきなりは無理だ。
しかし、ドワーフ商工会の魔導ギアがあれば……。俺はあることを考えていた。
ゼファスはひとしきり説明を終えると、ドランに向き直った。
「先ほど拝見した魔導ギア、あれは実に素晴らしい。ぜひとも採用させていただきたいですな」
ドランの顔がほころぶ。
「それは、ありがとうございます。品質には自信がありますからな」
商談がまとまりかけていたその時──俺は、そっと口を開いた。
「なあ。その“精霊炉”ってやつ、俺たちにも使わせてもらうことはできないか?」
ゼファスの手がわずかに止まり、視線がこちらに向けられる。
「それは……“同士”も、我々と契約したいということかな?」
「ああ、でも利用者としてじゃない。──ビジネスパートナーとしてだ」
「……ほう。詳しく聞かせてくれますかな」
「さっきの話を聞いていて思ったんだが、精霊炉の出力って、かなり余裕があるんじゃないか?」
ゼファスは答えず、ただ静かに頷いた。
「それに契約プラン。きめ細かく設計されてるのは分かるけど、案外、ユーザーってのは“安くてそこそこ使えりゃいい”って層も多い。……いわゆるライトユーザーってやつだな」
ゼファスが、興味深げに眉を上げる。
「ふむ……つまり?」
「俺の考えはこうだ。おたくの精霊炉の回線──じゃなかった、エネルギー供給網を借りて、こっちで“別ブランド”を立ち上げる。シンプルで低価格なプランで、ニーズの隙間を狙っていく」
通信で言うところの“格安SIM”ってやつだ。魔導ギアが普及しきってない地域、あるいはコスパ重視の利用者。──そういった層には、まだまだ需要があるはずだ。
ゼファスは、椅子の背にもたれたまま、わずかに目を細めた。
「……なるほど。“未使用リソースを遊ばせておくくらいなら、貸し出して利回りを得た方がいい”──そういうわけですな」
「そういうことだ。精霊炉の出力が遊んでるなら、うちで使わせてもらう。お互いに得があるだろ?」
「実に合理的だ。ふむ……その視点は、我が社でも議題に上がったことがない。──リスティア、君はどう思う?」
ふわりと笑みを浮かべたリスティアが、ぽんと手を打った。
「ん〜、今のところ精霊さんたちの供給は安定してるし、大丈夫だと思うよ」
そして俺に向き直り、注意事項を付け加える。
「でもね、精霊さんたち、働かされすぎるとすぐ拗ねちゃうから。そこはちゃんと配慮してね?」
「もちろん。そのへんは心得てる」
ゼファスは腕を組み、静かに目を伏せた。どうやら真剣に検討しているらしい。
俺は間を置かず、ドランに向き直る。
「ドワーフ商工会の魔導ギアだけど、魔王カンパニーに卸すだけじゃなく、俺たちにも回してもらえるか?」
ドランは一瞬目を丸くしたが、すぐに理解したようだ。
「ああ、そういうことか。任せな。工房、フル回転で応えてやるよ」
思わず俺も笑った。
──これで、略奪に頼らない盗賊団……自活の道は見えた。
通信網ならぬ、“精霊網”。
ファンタジー世界を制するのは剣でも魔法でもない。インフラだ。
それを握った者こそ、次の時代の勝者だ。
***
帰り際、俺とドランは、ずしりと重い契約書の束を手渡された。
ドランは魔導ギアの売買契約。俺は精霊炉の使用契約──つまり、魔王カンパニーとの正式なビジネス提携だ。
その少し前、ゼファスは「少し席を外します」とだけ言い残し、魔王の執務室へと向かっていた。
後に聞けば、リリカ曰く「めっちゃ熱弁ふるっとったよ」とのこと。
この行動力と突破力──どこかの国の偉いさんに、ぜひ見習ってもらいたいもんだ。
……まあ、俺のいた世界なら、“盗賊団と提携”なんて反社との契約行為で即アウトだろうけど。そこは異世界、ってやつだ。
WSOに顔のきくリスティアも、「精霊さん、“価値あるからOK”だって〜」って言ってたし……たぶん大丈夫。たぶん。
それにしても、だ。
ゲ─ムプレイヤー時代、何度も俺を苦しませたゼファスと、まさかこんなにも親密になるとは思わなかった。
……人生、いや異世界人生ってやつは、本当に何が起こるか分からない。
ロビーまで見送りに来てくれた三人に、俺たちは改めて礼を伝えた。
「ゼファス、リリカ、リスティア。ありがとう。契約書、次に来るときまでにはちゃんと目を通して、サインしておくよ」
ゼファスは頷き、眼鏡の奥の目に熱を宿す。
「さすがはホワイトの同士。我らの新時代に、一石を投じてくれたな。……これからも、ぜひ末永くよろしく」
そう言って、静かに右手を差し出してくる。
俺も無言でその手を取り、力強く握り返した。
「ああ、こちらこそ……だ」
リリカは、すでにティナと楽しそうに話し込んでいる。
「ティナちゃん、今度はゆっくり遊びにおいで。うち、案内したいとこ山ほどあるっちゃよ〜」
「はいっ、楽しみにしてます!」
──どうやら、こちらもすっかり打ち解けたようだ。
ドランは、誇らしげに胸を張って言った。
「このたびのご縁、まことに感謝いたしますぞ、ゼファス殿。ドワーフ商工会、誠心誠意で取り組みますからな!」
ゼファスも、柔らかく口元をほころばせて返す。
「期待していますよ。……ただし、定時退社は厳守でお願いします」
そして最後に、リスティアがティナにそっと笑いかけた。
「精霊さん、いつも見てるよ。ティナも、そのままのティナでいてね」
こうして俺たちは、魔王カンパニーを後にした。
次にここを訪れるとき──それは、俺たちのビジネスが本格的に動き出す時だ。
異世界転生。チートもなければ、ハーレムもない。
あるのは──ホワイト改革、ただそれだけだ。




