第05話 優しい夢
「ライナーっ!」
その声とともに、少女が勢いよく駆け込んできた。
タタタっと迷いなくライナの白衣に顔を埋める。
年の頃はティナよりも少し下くらいか。細い手足に、ふわりと広がる茶色の長髪。
ライナは少女を受け入れ、柔らかな笑みを浮かべながら頭を撫でた。
「ユリィ……ちゃんと、お昼は食べた?」
少女──ユリィはこくこくとうなずき、「むふーっ」と満足そうな息を吐く。
忙しなく動く大きな瞳は、透き通るような琥珀色。
その目には、感情がそのまま表れているようで、無邪気さと好奇心、そしてライナへの深い信頼が混ざり合っていた。
俺は意外な光景に少し驚いたが、暖かな気持ちになった。
(ライナのやつ、毒舌科学オタクかと思ってたが、こんな顔もするのか)
白衣の裾をぱたぱたといじっていたユリィが、ふと俺に気づいた。
そして、目を大きく見開いてぴたりと動きを止め──ビクッと震えて、そっとライナの背に隠れる。
初見で怖がられるのは久しぶりだな。
却って新鮮だ。
すると、ライナが鋭い視線をこちらに向ける。
「ちょっと。ユリィに変なことしないでくれる?」
何もしてないだろ。
やっぱりコイツ苦手かもしれない。
そんな空気を察してか、ティナがすっと前に出た。
「ユリィちゃん……だよね? こんにちは。私はティナ。よろしくね」
しゃがんで目線を合わせ、にっこりと笑いかける。自然で、優しい笑顔だった。
とたんに場の空気が和む。
「あのね、団長さんは見た目は怖いんだけど、優しい人なんだよ」
ユリィは俺を警戒マックスの目で見ながら「ほんと?」と呟く。
「うん、私も最初は泣いちゃったんだけどね」
そのフォローはどうなんだろうな。
「でも、団長さんはすっごくホワイトなの!」
その言葉に、ユリィの目が動いた。
「ホワイト……ゼファスさまと同じ?」
そうだとも、とゼファスがにこやかに頷く。
「彼は崇高なるホワイトの同志。何も臆することはない、ユリィ」
ユリィはもぞもぞとライナの背中から顔を出し、もう一度、じーっと俺を見つめた。
──よしよし、少しは距離が縮まったか?
……と、思ったところでまたスッと隠れた。
***
「ユリィは貴重なゴーレム適合者でな。彼女の協力なしにはこのプロジェクトは成立しない」
ゼファスが説明を続ける。
「精神リンク型の魔導ギアは、いわば装着者との“対話”によって動く。人工的な意志を持つ鎧……と表現すれば分かりやすいかもしれん」
「人格がある、ってことか?」
「ああ。その“人格”と適合できなければ、拒絶反応どころか──最悪、精神汚染の危険もある」
俺は思わずユリィを見た。あんな小さな子が、そんな役目を……。
「もちろん、それは将来的に克服すべき技術課題だ。しかし現時点では、ユリィのような高適合者の協力を得て、データの積み上げと評価を重ねている段階だな」
「……リスク、でかいんだな」
「その通り。だからこそ、慎重な運用と、何より──信頼が必要なのだ」
ユリィは、白衣の袖をきゅっと握ったまま、ライナを見上げる。
そして、顔を輝かせて言った。
「でも……ゴーレムは、私たちの夢なんだもんね! 風よりも速く! 岩盤だってぶち抜いちゃうんだから! ……絶対、誰かを助けられるんだよ!」
ライナは一瞬まばたきをしたあと、ふっと目元を和らげた。
琥珀の瞳を見つめながら、彼女はそっと頷く。
「……そうね。きっと、そうなるわ」
そして、ゼファスへと向き直った。
「わかっていると思いますが──テストは、ユリィの安全が最優先。絶対に……」
ゼファスは「もちろんだとも」と静かに返した。
「えー、大丈夫なのに」
ユリィはむぅっと頬をふくらませた。
「今日だって、適合率、8割越えてたでしょ? わたし、ぜったいゴーレムを乗りこなしてみせるんだから!」
その言葉には、年齢に似合わぬ芯の強さが宿っていた。
ティナはその様子を微笑ましそうに見つめる。
「ふふっ……応援してるね、ユリィちゃん」
ライナはゆっくり手を伸ばすと、無言のまま、ユリィの髪をくしゃくしゃと撫でた。
その仕草は、どこまでも優しくて、どこか、祈るようでもあった。
***
「ティナ、またねー!」
ティナに向かって元気に手を振るユリィの声が、廊下に響いた。
その姿が見えなくなるまで見送ってから、俺たちは静かに研究棟を後にする。
しばしの沈黙ののち、ゼファスがぽつりと漏らした。
「……ゴーレム。よくぞ、あそこまで辿り着いたものだ」
その声には、感慨と、かすかな緊張が滲んでいた。
「我々の目的は、軍事転用ではない……まあ、兵器開発部門があるのは否定しないが」
一拍置いて、彼は言葉を続けた。
「ゴーレムに関しては、災害救助や未踏領域の探査が主眼だ。技術は人類の発展のためにある──それが、魔王様の一貫した方針でね」
ゼファスの目がわずかに細められる。
「ライナとユリィの夢は、我々の夢でもある。この世界は決して優しくはない。だが、誰もが夢を見る権利を持っている。その夢を実現するために──魔王カンパニーは存在するのだ」
その言葉を聞きながら、俺の脳裏に浮かんだのは、ユリィの顔だった。
あの無垢な声──白衣にしがみつきながら、未来を語っていた小さな背中。
そして、砦に残してきた仲間たちの姿も浮かぶ。
傷だらけで、どこか不器用で、それでも必死に明日をつかもうとしている奴ら。
(……夢、か)
「いいな、それ」
気づけば、ぽつりと声が漏れていた。
「俺にもあるんだ。でっかいホワイトなやつがな」
──いつか、あいつらにも見せてやりたい。
この世界で、夢を持って生きていいんだってことを。
心の底から、そう思った。




