第04話 魔導鎧
俺達はゼファスの背を追い、研究棟へと向かっていた。
リリカとリスティアは「また後でね」と軽く手を振り、それぞれ別行動に移っていた。
やがて建物の前に辿り着くと、ゼファスは足を止めた。
さきほどまでの饒舌ぶりが嘘のように、彼の口数はぐっと少なくなる。
「ここは……我が社の心臓部ですのでな」
その表情には、誇らしさと慎重さが同居している。
通路の途中には、魔力反応を検知する水晶やセキュリティゲートが並んでいた。
ゼファスは足を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。
「本来なら、たとえ秘密保持契約を締結していても、見学はお断りするところなのですが……」
熱を帯びた視線が、真っすぐ俺に注がれる。
「外ならぬ“同志”には、ぜひご覧いただきたい」
ティナは「わあ……なんだか緊張しますね」と、小声で呟いた。わくわくが隠しきれない様子だ。
一方のドランは、オフィス棟では無反応だったくせに、今は明らかに目の色が違う。
ゼファスはIDカードをかざして重々しい扉のロックを解除する。俺達は案内されるままに踏み込んだ。
漂ってきたのは独特の薬品と金属臭だった。
中は広大な吹き抜け構造になっており、奥には稼働中の大型魔導ギアや、浮遊する結晶体、淡く光る模様が走る壁面が見える。
天井から吊るされた照明は、脈動するように淡く明滅していた。
「ここは我が社の中でも、最も多くの術師と魔導技師が所属する部署、“魔導ギア開発局”です」
ゼファスの声が少し誇らしげに響く。
そして、「ライナくん」と声をかけた。
呼ばれたのは、長い黒髪を無造作に束ねて白衣を着た女性。黒縁眼鏡に胸ポケットにはボールペン。
よく見ると、なかなか整った顔だちだが、目の下の隈と鋭い目が神経質そうな印象を与える。
ゼファスは「例の試作機はどうなっている?」と問いかけた。
ライナはちらりとこちらを一瞥すると、感情の読めない声で応じた。
「精神リンクは、まだ不安定です。報告どおり」
「うむ、把握している」
「……なら、聞く必要ないでしょう」
言い切るようにそう返すと、ゼファスが咳払いしてやんわり釘を刺す。
「ライナくん、また泊まり込みは感心しないな。定時退社と睡眠も、成果を出すには必要不可欠なリソースだからな」
「そのうち、まとめて休みますよ。今は詰めたい時期なんで」
ぶっきらぼうに言いながらも、ゼファスの忠告を一応受け止めたようだった。
そしてこちらを向いて、少しだけ声のトーンを落とす。
「……見学? ま、構いませんけど。変なとこ、触らないでくださいね」
そういって俺達には興味ない様子
「彼女は魔導ギア開発のチーフエンジニアでしてな。少々口は悪いのですが……」
ライナはすかさず
「ムダが嫌いなだけです。口が悪いつもりはありません」
と言った。
「……こういう性格ですが、魔導工学の第一人者です。社内で彼女の右に出る者はおりません」
ゼファスは苦笑しながらフォローする。
不意にドランが口を開く。
「ライナ・イリーラ博士ですな。お目にかかれて光栄です。WSOマガジン二月号、“五属性複合術式展開とギア耐久評価”──いわゆる“アストラル・ブレンド問題”の論文、興味深く拝見しましたぞ」
ライナはゆっくりと振り返る。その目に、かすかに警戒と興味が交錯する。
ドランはさらに続けた。
「我々も、三属性までならWSO基準の十万回稼働はクリアできておるのですがな。火と水の相殺を避けつつ、連続的に安定出力を得るとなると……。そこにきて、博士のマナフィルタリング理論。非常に 示唆に富んでおりました。さっそく自社ギアの設計に応用させていただいておりますぞ」
ライナの目が見開かれた。
「……あれを理解して実装したの?」
興味と興奮が入り混じった声。そして次の瞬間──それまでの無表示を崩し、“ニチャア”という擬音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべた。
そして、スイッチが入る。
ぐいっと一歩踏み出すと、怒涛の勢いでまくしたてた。
「で、それ、“属性間反発域”の補正どうしてる? 普通は温度帯シフトで逃がすけど、それだと第三区画に過負荷が出るでしょ? うちは今、熱位相そのものをズラす位相転換を試しててさ──これが成功すれば、五属性どころか六属性……いやいや、七属性同時展開も理論上は可能なのよ! 信じられる!?」
「それとね、マナフィルタリング理論の核心って、分離じゃなく“共振制御”なの。あれ、論文じゃ全然書ききれなかったんだけど──」
「あ、もしかしてそっちのギア、“直列収束型”? 違う違う違う! 並列反転型で組まないと、あの構造体じゃ空間歪曲率が逃げ切れないって! も〜、誰もそこまでやると思ってなかったから、今すっごい楽しいんだけど!!」
彼女の背後で、作業中の技師たちが一斉に顔を上げ、しーんと静まり返った。
ティナはぽかんと口を開け、ドランは満足げにうなずいている。
(……魔王カンパニ─ってのは、こんなやつしかいないのか?)
***
ライナはひとしきりまくし立てた後、肩で息をしながら呼吸を整えた。
「……ドワーフ商工会。噂には聞いていたけど、なかなか見どころがあるじゃない」
そして、スッとドランを見つめる。その目には、研究者としての真剣な光が宿っていた。
「あなたなら──理解できそうね。私の“芸術”が」
少しだけ口角を上げ、くるりと踵を返す。
「──来て」
ツカツカと早足で歩き出すライナ。俺たちは、よくわからぬまま慌ててその後を追った。
通されたのは、研究棟のさらに奥。ひときわ厳重なドアがあった。
ライナがカードと虹彩認証でロックを解除すると、重厚な扉が音もなく開く。
そして、無言のまま、俺たちを中へと招き入れた。
そこにあったのは──
無数のケーブルでつながれた漆黒の鎧。
滑らかな曲線を描くボディライン、フルフェイスマスクに刻まれた複雑な術式。
まるで“眠る人形兵”のような戦士だった。
「……これが、私の技術の結晶。汎用人型兵装ギア──“ゴーレム”よ」
ライナが満足げに 呟く。
(ゴーレム、か。なんか急にファンタジーしてきたな)
俺は素直な感想を口にした。
「へえ……“ゴーレム”って、もっとこう、石とか土でできたやつだと思ってたぜ」
ライナの顔がピクッと動いた。
「は?」
あからさまに不快そうな顔でこちらを向く。
「なにそれ、何世代前の話? 原始人? ウホウホ言ってるの?」
(こいつ……何が「口が悪いつもりはない」だ)
ドランが一歩前に出て、興味深げにゴーレムを見つめる。
「兵装ギア……なるほど、装着型か。だがこの重量、通常の物理制御では扱いきれまい。……精神リンク操縦型、か?」
ライナの口角がぐいっと上がった。
「そのとお〜りっ!!」
腕をバーンと広げ、満面の笑みで叫ぶ。
「装着者との精神リンクで動く、“意志を持つ鎧”よ! オリハルコン製のフレームに、耐圧・耐衝撃・防熱・防寒・防毒・対呪術──つまり! 物理も魔法も無効化する複合防魔術式をフル搭載! あらゆる環境下で──極地でも火山でも 瘴気の 渦中でも──作戦行動可能! 完全自立稼働! さらに! 筋力出力を常人比150倍にブーストする“魔導マッスル”内蔵! 風よりも速く駆け、岩盤すらぶち抜く!」
バッとゴーレムに指を突きつけ、さらに加速。
「し・か・も! 動力は“循環式小型精霊炉”! 廃熱ゼロ! 持続稼働! エネルギー効率、理論値99.7パーセント!」
最後は 仰け 反らんばかりの勢いで、
「まさに、人類の希望っ!!!」
……言っていることの大部分はよく分からんが、これはつまり──パワードスーツだ。
男子永遠の夢。
カッコいい掛け声とともに鎧を装着、無敵の戦士が大地に降り立つ──
ロマンが、めちゃくちゃ捗るやつだ。
俺は興奮を抑えきれず、ライナに声をかけた。
「な……なあ、装着時のセリフはあるのか? あと、キメポーズも」
「はあ?」
ライナが心底呆れた顔でこっちを見る。
「何の必要があるのよ。ほんと、ゴリラは黙ってバナナでも食べてなさい」
(おいっ、ドランと扱いが違いすぎるだろ)
そのとき──
「ライナーっ」と呼ぶ声とともに、誰かが駆け寄ってきた。




