第03話 魔王カンパニーへようこそ
俺たちは、魔王カンパニーの社内を見学することになった。
案内役のゼファスはというと、すっかりノリノリだった。
(なんだろうな、コイツのテンション)
「いえね、同志にはぜひ我が社の“ホワイトぶり”をご覧いただきたくて」
眼鏡をクイッと上げながら、満面の笑みを浮かべている。
(……ある意味、暗黒波動より怖いんだけど)
「オフィス棟を案内しましょう」
そう言ってフロアのドアを開けた瞬間、目の前に広がったのは――
整然と並んだデスク群。白とグレーを基調にした清潔な内装。パーテーションの高さは低めで、全体が見渡しやすい構造だ。
「……ふつうにオフィスだ」
「わが社では、“決まった席”というものがありませんでな」
ゼファスは自慢げに説明を始めた。
「部署や役職に縛られず、自由に座ることで部門間の壁をなくし、コミュニケーションの円滑化を図っております」
「……フリーアドレス、なんだ」
「おお、ご存知とは! 」
眼鏡がキラリと光った。気がした。
ティナがきょろきょろと辺りを見渡す。
「なんだか、不思議な空間ですね……でも、みなさん楽しそうにお仕事してます」
ティナの言葉に、ゼファスは笑顔になる。
「うむ。残業は禁止。勤務時間は入退室記録で自動管理。社食は無料。そして――“ありがとう表彰制度”を導入しております」
「ありがとう……表彰……?」
思わず聞き返すと、ゼファスは力強く頷いた。
「社員同士の心の交流ですな。ちょっとした感謝の気持ちを“ありがとうポイント”として送り合い、一定数貯まると――魔王様直々に表彰されるのです」
(……嬉しいのか、それ)
そう思っていると、ゼファスがデスクで伝票を整理していた魔物に話しかけた。
「な? 君はたしか、前回の表彰者だったね」
魔物はちらりとこちらを見て、こくんと首を縦にふった。
「……そうですね。ありがとうございます……」
口元が、わずかに引きつっていたのを、俺は見逃さなかった。
リリカがくすくすと笑いながら補足を入れる。
「まあ、表彰のときに“社歌”を全員で斉唱するのは、ちょっと照れるっちゃけどね」
その横で、リスティアが口を開いた。
「わたしは、あれ好きだけどな〜」
そう言って、唐突に歌い出す。
「♪ じっごくの地平を切りひらく〜 ま・お・う・カンパニ〜♪」
……音程が合っているのかどうか、正直よく分からない。
それにしても――
デスクの上にあるのは、どう見てもノートPC。
なぜファンタジー世界に……?
興味本位で、俺はゼファスに尋ねた。
「なあ、あのデスクの上にあるのって、もしかしてPCか?」
「おお、これもご存知とは。ええ、“ファントム・コア(Phantom Core)”」
ゼファスはうれしそうに眼鏡を持ち上げた。
「霊的ネットワークで端末が繋がっておりましてな。在宅業務も推進しております。……まあ、弊社もかつては“対面主義”でしたが、やはり働き方は時代に合わせてアップデートせねばなりませんので」
俺は感心した。
在宅勤務は転生前の会社にも一瞬だけあったな……。
「へえ。在宅OKなんだ。でも業績管理、難しくないか?」
ゼファスは、うむと深く頷いた。
「確かに、そこは今後の課題ですな。しかし、弊社としては“管理”より“自主性と信頼”を重視しております。例えば、強制的な社内レクリエーションの廃止もその一環でして。自由参加、自己選択――それがホワイトの第一歩です」
横からリリカが口を挟む。
「でも、夏祭りとか運動会とかも、あれはあれで楽しかったっちゃよ。社員旅行の温泉も、復活希望けっこう多いし」
ティナがぱっと目を輝かせた。
「温泉、素敵ですね……!」
リリカはにっこり微笑むと、少し得意げに言った。
「ティナちゃん、“カンナーワ温泉”って知っとう? 野菜の蒸し焼きとか地鶏の炭火焼とか、もう絶品っちゃけん! 魔界サル山の見物もおもしろいんよぉ」
……なんだこの和やかさは。そして、なんてホワイトなんだ。
まさか、こんなところに――俺の理想郷があったとは。
目頭が熱くなるのを感じながら、俺はゆっくりとゼファスの方へ向き直る。
そして、両手でその手をがっしりと握りしめた。
「……すごい。すごいぜ、これは。……これこそが、ホワイトだ……!」
ゼファスの眼鏡が、光を反射して静かに輝いた気がした。
そして、握られた手をそっと握り返しながら、低くつぶやいた。
「ようこそ、“魔王カンパニー”へ――」
背中越しに、「お客さんも、そっち側やったんなぁ〜」という声が聞こえたが、気にはならなかった。




