第02話 ホワイトの同志
ドランは、持参した提案書と魔導ギアの試作品を前に、落ち着いた声で説明を続けていた。
テーブルの上には、小型ながらも丁寧に仕上げられた、鉱石と金属から成る腕輪型ギア。
各部に刻まれた紋様が、淡く魔力の残滓を漂わせている。
「……というわけで、従来に比べ、術式展開速度と耐久性が段違いなんですわ。これはうちの工房でも最新の設計ですぞ」
ゼファスは興味深げに身を乗り出し、試作品を手に取った。
「ふむ……この術式構成……ああ、これは契約三課のルチア君の?」
細部に目を走らせながら、スッと眼鏡を持ち上げる。
ドランは嬉しそうにうなずいた。
「おお、さすが専務。ひと目で見抜かれましたか。ええ、以前、御社の実証部門に顔を出したとき、試験用として封入していただきましてな」
「なるほど、なるほど」
ゼファスは頷きつつ、指先でギアの表面をなぞった。
「彼女の術式は丁寧で安定性が高い。ちょっと几帳面すぎるところもあるが、このレベルの契約術式が現場で使えるなら、たしかに実用化の価値は高いですね」
ドランは頷きながら、少しだけ笑った。
「まったく、御社の術師陣は層が厚い。うらやましい限りですわい。うちにももう少し人材が……と言いたくなりますな。しかし、品質には妥協しておりませんぞ」
ゼファスは笑みを浮かべながら、試作品をそっとテーブルに戻した。
「ええ、技術と信頼は、結局のところ人の手から生まれるものですからね」
その横でリスティアが「ルチアちゃんすごいな~」と呑気に頷いていたが、全員その天然なコメントは受け流していた。
そして、なぜかリスティアがじっと、熱のこもった目でこちらを見る。……俺か?
「あの……なにか?」
俺が問いかけると、リスティアはふわっと微笑んで──
「ねえ、君。名前は?」
……やっぱり。案外と積極的なんだな。
「えっ、あ、俺は──」
「ううん、違う違う。あなたじゃなくて──」
くるりと身体を傾けて、ティナの方を指差す。
「そっちの可愛い子。名前、なんていうの?」
「えっ……? あ、ティナ、です……」
ティナが少し戸惑いながら名乗ると、リスティアの瞳が和らいだ。
「ティナちゃん……うん、やっぱり。精霊さんたちが、囁いてる」
ゼファスが、わずかに表情を動かす。
「……まさか、先日の共鳴か?」
リスティアは首を振る。
「ううん、違うよ。それとは別。でもね、この子も……落ち着くね。すごく好かれてるよ」
(なんだこの会話)
俺がポカンとしていると、ゼファスがこちらを一瞥してから、軽く会釈する。
「失礼。……こちらの話です。気にされずに」
よくわからないが、それ以上は追及しなかった。
***
俺は黙って話の流れを見守っていた。
いまのところ、空気は和やかで商談も順調。
だが……目の前にいるのは“あの”ゼファスだ。
銀シャリのプレイヤーたちを阿鼻叫喚に叩き落とした男。
不意打ちに暗黒波動を放ってきてもおかしくはない。
そんな緊張感を抱えたまま、俺が沈黙していると、ゼファスがふとこちらに視線を移し、静かに尋ねてきた。
「ところで──そちらの方は?」
……きた。
どう説明したものかと、一瞬だけ言葉に詰まる俺。
だがその瞬間、隣のドランがすかさず口を開いた。
「ああ、彼はわしのところの“スポンサー”でしてな。こう見えて、なかなかのやり手なんじゃ」
ゼファスが少しだけ目を細める。
「……スポンサー?」
「うむ。組織のホワイト化? というやつを進めておっての。うちも最初は戸惑ったが、これが案外、効率や定着率に効果があってな。目下、契約労働者の保護やら素材調達のフェアトレード? など、いろいろ提案をもらっとる」
その言葉を聞いたゼファスのメガネがキラリと光った──気がした。
「……ほう。ホワイト。フェアトレード……」
その瞬間、ゼファスの瞳に鋭い光が宿った。
眼鏡をクイッと押し上げ、口元には抑えきれない熱が滲む。
「ぜひ! ぜひとも詳しくお聞かせ願いたい! 御社での取り組み、制度設計、指標の設定と実績──可能であれば、導入のロードマップまで!」
そして、マシンガントークが始まった。
「御社におけるコンプライアンス規定は? CSR方針は? グリーン調達ガイドラインは整備済みですかな? サステナビリティ推進体制は? ああ、それからダイバーシティについてはどうお考えか。弊社では近年、インクルージョンにも注力しておりまして──」
……なんだこいつ。
暗黒波動はどうした。
かつてプレイヤーの心を何度も折った、“あの”ゼファス。
デバフや即死魔法を容赦なくぶち込んできた、あの外道参謀が──
今、ホワイトな波動を放っていた。
俺は思わず、ティナの方をちらりと見た。
「……なんか、すごいですね」ティナが呟く。
うん、すごいな。いろんな意味で。
興奮気味のゼファスを、隣に控えていたリリカが涼しい顔でたしなめる。
「ちょっと、ゼファス様。お客様がびっくりしとうよ。ちぃーっと落ち着かんね」
……ん?
「すいませんねぇ、もう。ホワイトの話になると、しゃーしいんよこの人。ほんと困っとうっちゃけん」
しゃーしい? さっきまでのクールな感じはどこにいった?
リリカは苦笑しつつ、ゼファスにそっと視線でブレーキをかけている。
おそらく、これが“日常”なのだろう。
ゼファスは咳払いひとつ。
スッと背筋を正し、ようやく落ち着いた様子で口を開いた。
「……失礼。しかし、思いがけずホワイトの同志にお会いできるとは」
おい、勝手に同志にするんじゃない。
「そうだ、もしよろしければ、我が社をご覧になられますかな。同志にアドバイスなどいただけるとありがたい」
リリカはピクリと反応する。
「ちょっと。ゼファス様。また勝手なこと言いよぉ」
ゼファスは意に介さない。
「いやいや、ドワーフ商工会さんとはすでにNDA──秘密保持契約は結んでおりますからな。どうぞどうぞ」
(ファンタジー世界にもNDAあるのかよ)
こうして俺たちは、ゼファスの案内で魔王カンパニーを見学することになった。




