第01話 魔王城
(……ここが、魔王城?)
道中、魔獣の襲撃が何度かあったものの、盗賊団首領としてのフィジカルと、ドワーフ商工会の試作品ギアのおかげで特に問題はなかった。
だが、そんなことよりも今一番の問題は、目の前に広がる光景だ。
銀シャリの記憶では、魔王城といえば暗黒の巨大な城。
血のように赤い月を背に、黒い尖塔がそびえ立ち、デーモンが門を守り、幾重もの魔獣を越えてようやく辿り着く──そんな場所だった。
しかし、いま俺の前にあるのは……近代的なオフィスビルだった。
自動ドア。回転式のセキュリティゲート。
ガラス張りのロビーの奥には、受付カウンターと観葉植物。
空調は快適で、壁には虹色に輝くホログラムの看板。
Welcome to MAOU Company
「……あれ?」
俺は知らずに声を漏らしていた。
隣のドランが目元を緩めながら、ぽんと俺の肩を叩く。
「どうした? ま、王国にいたら珍しかろうな。けどよ──これが、世界最先端ってやつよ」
言いながら、ドランは慣れた様子で受付端末に名前を入力していた。
(いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……)
思いっきり既視感のある光景だ。
……しかし、どういうことだ? これも俺のゲームの記憶にない。やはり何かがおかしいのか? 修正パッチでもあてられているのか?
──そのとき。
エレベーターが静かに開き、ひとりの女性が姿を現した。
タイトなスーツに包まれた細身の体。肩にかかる銀髪が、歩みに合わせて上品に揺れる。
透き通るような白い肌に、整いすぎた顔立ち。
淡いロゼの大きな瞳には、柔らかな光とともに、どこか艶めいた影が潜んでいた。
そしてその背後──ひょいと揺れる、小悪魔風の尖った尻尾。
ヒ─ルの音が、ロビーの無機質な床にやさしく響く。
ビジネススマイルをたたえながら、どこか“できる女”の空気をまとっていた。
「お待たせしました、ドラン様」
「リリカ・リエルと申します。広報統括兼・レイヴンの秘書を務めております。それでは、ご案内いたしますね」
ドランは、レイヴンという名を聞いた瞬間、少しだけ目を見開いた。
「……ゼファス・レイヴン殿が? それは、また意外な」
その瞬間、俺の肩がピクリと跳ねた。
(……ゼファス!?)
魔王軍最凶の参謀──
銀シャリ本編では、プレイヤーの心を何度も折ってきた冷酷な強敵。
暗黒波動だの、全体沈黙だの、即死だの……本当に、いろいろと酷かった。
(まさか……アイツが出てくるのか……)
思わず背筋が正される。
やがて俺たちは、リリカの案内で会議室へと通された。
高い天井に、彫刻のような柱。壁際には豪奢な絵画や花々が飾られ──
……そんなものは一切ない。
そこにあったのは、どう見ても“ただの会議室”だった。
白い壁。ホワイトボード。長テーブルに、キャスター付きのオフィスチェア。
テーブル中央には無機質なコード差し込み口。壁には“安全魔力取扱ガイド”の張り紙。
……なんだこれは。
(異世界の魔王城に来たはず、だよな……?)
リリカは涼しい顔で振り向くと、柔らかな笑みを浮かべながら問いかけた。
「お飲み物はコーヒーでよろしいでしょうか? ホットとアイス、お選びいただけますよ」
……対応まで普通だった。
一方、ティナは目をきょろきょろとさせながら、椅子や壁に興味津々の様子で声を漏らす。
「すごいですね……私の知らないものばかりです」
いや、
知っているものばかりなんだが。
なのに、何かがおかしい。
俺はその妙な違和感を胸に抱えたまま、そっと椅子に腰を下ろした。
そのとき──
ガチャリ。
会議室のドアが開いた。
姿を見た瞬間、俺は心の中でうめいた。
(……でた)
ゼファス。多くのプレイヤーをストレス地獄に追い込んだ男。
だが……
(……え?)
見た目が、少し記憶と違う。
髪はきっちりオールバック風に流し、銀縁眼鏡。
黒のスーツに、控えめなネクタイピン。靴は磨かれて光っている。
(え、あの、肩に付いてたトゲどこ行った……?)
今、目の前にいるのは──
有能そうな、ちょっと渋めのビジネスパーソンだった。
かつては闇の参謀と恐れられた男が、いまは殺気をまるで感じさせず、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
***
ゼファスの姿を見るなり、ドランが素早く立ち上がって頭を下げた。
「おお、専務みずからとは申し訳ない」
……専務?
ゼファスは微笑みながらドランにうなずき、穏やかな声で言った。
「いえいえ、ドワーフ商工会さんと正式にお取引できるとなれば、他の者に任せるわけにはいきませんので。お目にかかるのを楽しみにしていましたよ」
そう言って、眼鏡をクィッと持ち上げた。
(……こんなキャラだったっけ?)
「本日は、もう一名同席させていただきます。……リスティア」
ゼファスが呼ぶと、会議室の扉から一人の少女が現れた。
つややかな金色の髪。長く尖った耳。透き通るような肌に、深緑の瞳。
エルフだ。その立ち姿はどこか幻想的で──
「あー。いらっしゃい。えへへー、よろしくね」
……全然厳かじゃなかった。
背丈はティナよりも少し高いくらいで、表情もあどけない。どこからどう見ても“ただの人懐っこい子”。
だが、その笑顔の奥にほんのりと、不思議な気配のようなものが感じられた。
「リスティア、挨拶はきちんと。……すみません、ドランさん。彼女はこう見えても、弊社の精霊技術部門を支える契約術者でしてね」
その名を聞いた瞬間、ドランが椅子をガタリと鳴らして立ち上がった。
「リスティア!? ……まさか、あのリスティア・フェレナか!?」
俺はドランに、有名な人なの? と尋ねると、ドランは興奮した面持ちで言った。
「WSO(※)認定の特級ライセンス保持者だぞ! 世界に数人しかいない“賢者”のひとりだ!」
賢者には見えないけどなあ。と思ったが、黙って話を合わせることにした。
ゼファスは席に着くと、「それでは、さっそく打ち合わせに入りましょうか」と、またもや眼鏡をクィッと持ち上げた。
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※World Spirit Organization:世界精霊機関




