第15話 記者と騎士
「記者さん?」
戸惑いがちに尋ねたアリサに、女性はにこっと笑ってみせた。
「はい。私、契約労働者の問題を追ってまして。クーちゃんに取材を申し込んでいるんですよ」
「クー……ちゃん?」
思わず聞き返すアリサの背後で、リュシアンとミレーヌが小さく肩を揺らした。
「その呼び方はやめろ」
ぴしゃりとした声が、場の空気を引き締めた。クラリスはいつものように眉をひそめる。
「それに私は、騎士団としてここにいるわけではない。ただの個人の行動だ。話すことなどない」
対する女性――レイラは悪びれる様子もなく、軽く両手を上げて肩をすくめる。
「はいはい、了解です。でもね、ちゃんと名前が出ると人って記事を読んでくれるんですよ? “騎士団最強と謳われた女騎士が炊き出しの現場で――”なんて見出し、ちょっと素敵じゃないですか?」
クラリスの眉がぴくりと動いた。鍋ごとぶちまけかねない視線を向けるも、レイラは涼しい顔で受け流す。
「でも、クーちゃんがダメなら……」
彼女はふと視線を逸らし、アリサに目を向けた。
「ねえ、そこの可愛らしい騎士さんはどう思います?」
「えっ、そ、そんな……か、可愛いなんて……そんな……」
戸惑いに頬を紅潮させ、どこかに視線を泳がせる。
だが、クラリスの冷ややかな視線に気づいて背筋を正した。
「……あっ、でも、私は……その……」
リュシアンはそっと目をそらし、ミレーヌは「やれやれ」といった顔で腕を組んでいる。
レイラはというと、アリサの反応をじっくり観察したあと、満足げに笑みを浮かべた。
「失礼します」
その声は低く、静かに――けれど、誰よりもはっきりと輪の中心を射抜いた。
いつの間にか横に立っていたのはセリーナだった。
「取材は、正式に騎士団の広報を通してからにしていただけますか。そして……」
とアリサへ視線を向ける。
「アリサさんも、きちんとしてくださいね」
その穏やかな注意に、アリサはバツが悪そうにうなだれた。
「は、はい……すみません……」
そんなやり取りを見つめるレイラの眼差しが、先ほどまでとは違う、別の色を帯びた光を宿す。
「……ふうん。あなたが、アリサさん」
小さな呟きは、何かを見出した者のそれだった。
しかし次の瞬間、彼女は肩をすくめて明るく笑う。
「え〜、騎士さんってお固いなあ。最近話題の義賊のこととか、どう思ってるのかな、なんて。ちょっとだけでも……ダメ?」
セリーナの静かな眼差しが、それをきっぱりと拒んだ。
レイラはふうっと軽く息をついて、あっさりと身を引いた。
「……わかりました。今日は無理そうですね」
そう言って踵を返しかけたところで、くるりと振り向く。
「それじゃ、また来ますね。クーちゃん」
「おい。分かってないじゃないか。その呼び方はやめろ」
クラリスのむすっとした声が飛ぶが、レイラは手を振って応える。
「はいはい、善処しまーす」
その軽やかな足取りとは裏腹に、背中にはまだ探るような視線の名残が残っていた。
***
彼女が去ったあと、炊き出しのざわめきと湯気だけが静かに戻ってくる。
しばらくの沈黙を破ったのは、クラリスだった。
「……それで、さっき言ってた“任務”ってやつだが」
「そ、そうなんです! えっと……その、契約労働者の人たちが、えっと……扇動してるって話で……私たちは、それを……」
緊張に絡まったアリサの説明はだんだん小声になっていく。
セリーナが眼鏡を押し上げながら口を開いた。
「アリサさん、説明は私からします」
そこからは彼女が簡潔かつ丁寧に、任務の内容を説明していった。
クラリスは黙ったまま、それを聞く。 やがて鍋の縁におたまを掛け、腕を組み、軽く周囲を見渡した。
「なるほど。義賊の噂は、確かに耳にしている。……だが、扇動者となるとな」
スープを手にした契約労働者たちは皆、穏やかで、わずかに安堵した表情を浮かべていた。
「……ここで見かけたことはないな」
「そうですか」
セリーナが頷いたその横で、ミレーヌが腰に手を当てて言う。
「……じゃあ、別の場所を調査しましょうか」
「……役に立てなくて、すまんな」
少しだけ視線を逸らしながら言うその声音には、かすかな悔しさが滲んでいた。
その言葉に、アリサの胸がひっそりと痛んだ。
「では、失礼します。アリサ、行くわよ」
ミレーヌの促しにアリサは一歩踏み出しかけ、ふと何か心残りの表情で足を止める。
リュシアンがその横顔を見て、口を開いた。
「……あの、調査の一環として、実際に契約労働者さんたちの様子を見るのも大事なんじゃないでしょうか」
ミレーヌが「えぇ〜っ」と言うよりも早く、セリーナが応じた。
「……それは、良い考えね。記録も取っておきましょう。現場の雰囲気を知ることは無駄にはならないわ」
アリサが表情を明るくするのを見て、ミレーヌは「まったくもう……」と肩をすくめた。
クラリスはその様子を見届けると、鍋の前へと戻っておたまを握り直す。
「なら、そこに器がある。手が足りてないんだ。好きにしろ」
その言いぶりとは裏腹に、ほんの少し口元がやわらいだ気がした。
こうして、調査班の“臨時活動”が始まった。
小さな器と、湯気の向こうに揺れる民の声。彼らの歩みは、静かに動き出していた。




