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第13話 共同戦線

会議室は、先ほどまでの熱を失い、静まり返っていた。


ミレーヌは一人、置き去りにされたように佇んでいた。残響の消えた空気の中に、微かに残る緊張の匂いがまだ漂っているような気がして。


かつて、ベアトリスの言葉ひとつで空気が張り詰め、誰もが口を閉ざした。

だが――今日の会議で彼女が放った言葉に、ガーランドすらためらうことなく反論した。


どうして……?

胸の奥に生まれた違和感が、じくじくと疼いていた。


「ミレーヌ」


その声に、思わず肩が跳ねる。

振り返ると、そこにはベアトリスが立っていた。

白いマントの裾が静かに揺れ、まるで一瞬だけ、かつての“光”がそこに宿ったかのようだった。


「少し、お時間をいただけるかしら。セリーナも」


すでにセリーナは、無言のままベアトリスの傍らにいた。


「先ほどの会議で話に出た件──フレッド小隊の任務ね。

私は公務があって動けないけれど、彼らだけに背負わせたくないの。

だから、あなたたちに協力をお願いできないかしら?」


アメジストの瞳が、申し訳なさそうに揺れていた。

──それが、かえって胸を締めつけた。


「そんな……お願いだなんて……」


ミレーヌは思わず声を上げていた。

「ベアトリス様は、ただ命じてくださればいいんです。必ず、全力で応えてみせますから!」


知らぬ間に、拳をぎゅっと握りしめていた。

隣でセリーナは、いつものように静かに「お任せください」とだけ言い、丁寧に頭を下げる。


ベアトリスはふっと、あの懐かしい優しさを湛えた笑みを浮かべた。

「ありがとう。心から、頼りにしているわ」


「……はいっ!」


その瞬間、ミレーヌの胸の奥に、小さな光が届いた気がした。

──まだ、自分は、この人の“光”を浴びていられる。


すぐ隣で静かに頷いたセリーナに目を向ける。

彼女の瞳はいつもと変わらず穏やかで、けれど静かに燃える芯の強さがあった。


(……ベアトリス様のために)


ミレーヌは、そっと心の中で誓った。

この胸が揺れようとも、この心が乱れようとも。

この人の傍に在る限り──自分の役目は、揺らがない。


***


ベアトリスが退室した後、沈黙を破るようにセリーナが口を開いた。


「……考えごと?」


セリーナの声は、ささやくように落ち着いていたが、その裏にある静かな探りをミレーヌは感じた。


「あなたのこと、ひとつだけ確かに言えるのは──

ベアトリス様への想いは、決して偽りじゃないってこと。でも最近、それが……少しだけ、揺れているように見える時があって」


言いかけたセリーナの言葉を、ミレーヌはぴしゃりと遮った。


「何もあるわけないでしょ! 聞いてたでしょ、さっきの言葉! ベアトリス様が“頼りにしてる”って……ああ、もうっ!」


勢いよく腕を振って見せたミレーヌの声には、どこか無理やり明るさを張った響きがあった。


「やるわよ、セリーナ! 任務、張り切っていくわよ!」


その勢いにセリーナは小さく笑みを浮かべたが、瞳の奥には、うっすらとしたかげりが残っていた。

けれど、その思いを言葉にすることは──このとき、彼女は選ばなかった。


***


「──というわけで、君たちも知っていると思うけど、ミレーヌさんとセリーナさん。今回の調査に協力してもらうことになった」


フレッドの穏やかな声が、分室の空気をやわらかく引き締めた。


ここはフレッド小隊の分室。いつもなら五人で手狭な空間だが、今日は七名。ミレーヌとセリーナの姿が加わって、椅子も足りず、ロイは窓辺に立って腕を組んでいる。


(……フレッドさんは大貴族の子息だと聞いているのに、こんな狭い部屋で指揮を執っているなんて)


ミレーヌはふとそんなことを思ったが、表情には出さなかった。

姿勢を正し、一礼する。


「ベアトリス様よりお預かりしためい。全力で果たします」


ミレーヌの凛とした声が分室に響いた。


続いて、セリーナも静かに一礼する。


「お役に立てるよう努めます」


二人の加入に、フレッドは軽く頷くと、部屋の中央に据えた木製の机に地図を広げた。


「それで、経緯の説明は先ほどの通り。……何か質問はあるかな?」


アリサが勢いよく手を上げた。


「はいっ。えっと……義賊って、つまり盗賊ですよね? どうして契約労働者を“解放”してるんですか? 何か裏があるような……」


フレッドは少しだけ眉を上げたが、すぐに微笑んで首を振った。


「うん。その疑問はもっともだけど、実のところは良くわかっていないんだ。だが、何人かの証言では“特に見返りもなく解放された”とも言っている。その話が広まって、“正義の義賊”みたいな扱いになっているようだね」


「“正義”……ですか?」


アリサは納得のいかない顔で呟いた。


その横から、アーサーが腕を組んで口を挟む。


「まあ、目的なんて考えてもわからねぇが……便乗して騒いでる連中がいるってのは、確かに迷惑だよな」


フレッドは苦笑しつつも、地図を指差した。


「確かに。だが、問題はそこだ。騒ぎの中心にいる連中は、今のところ明確な犯罪を犯してはいない。だから我々も、強制的な手段はとれない。……あくまで任意の協力をお願いする形になる。下手に力を見せると、余計に火に油を注ぐから、慎重にあたってほしい」


リュシアンが静かに頷く。その横でロイが小声で「めんどくさいねえ」と呟き、セリーナがちらりと彼に視線を送った。


空気がほんのわずかに引き締まったところで、フレッドは指先で地図の二カ所を示した。


「それじゃあ、班分けをする。東区の商業街と南区の工場街、二手に分かれて調査だ」


商業街、と聞いてアリサがピクリと反応するのをリュシアンは見逃さなかった。

あれからアリサは非番の日にセロを訪ね、食べ物を差し入れしていることを知っている。もちろん、リュシアン自身も気にはなっているのだ。


フレッドは続ける。

「東区の教会で、慈善活動が行われていて契約労働者が集まっているという情報もある。それが直接関係しているかは不明だけど、まずはここからかな」


「こちらの担当は……そうだな。リュシアン、君はこのあたりをよく担当していただろう。場所は把握しているかい?」


「はい。教会には何度か行ったことがあります。ただ、慈善活動が行われているなんて知りませんでした。でも、それなら……僕に任せていただけますか? それと、アリサさんも」


不意に水を向けられたアリサは、一瞬きょとんとしたが、すぐにぱっと表情を明るくした。


「はいっ、頑張ります!」


その素直な声に、リュシアンも自然と口元をほころばせる。


フレッドはその様子を見て、少し肩の力を抜くように笑った。


「じゃあ、リュシアンとアリサ。あとは……」


そのとき、静かに眼鏡を押し上げたセリーナが、すっと手を上げた。


「よろしいでしょうか」


「ん?」


「ベアトリス様より、“彼は騎士団にとって重要な才能”と評されています。手助けをするようめいを受けておりますので、私も同行させていただければと」


「ベアトリス様が……僕を?」

リュシアンは驚きを隠せず、顔を真っ赤にして戸惑いの笑みを浮かべた。


(……ベアトリス様が“重要な才能”って……本当に僕のこと?)


彼は、自分が“選ばれた存在”として見られることに慣れていなかった。

自分などが、と戸惑う一方で、認められたことへの高揚も確かにあった。

だがその期待に、果たして応えられるのか。誰よりも──彼自身が、一番それを疑っていた。


フレッドはリュシアンを見て苦笑しつつ、視線をもう一度全体に向ける。


「わかりました。では、東区の教会にはリュシアン、アリサくん、セリーナさん、そしてミレーヌさん。南区はアーサー、カイン、ロイ。頼んだよ」


「へいへい、命がけの聞き込みってわけね」

アーサーは気だるそうに手をひらひらと振る。


カインは無言でこくりと頷く。だが、その鋭い眼光が仕事の本気度を物語っていた。


「アーサーさん、カインさん、よろしくお願いしますね!」

ロイは変わらず快活に笑顔を見せていた。


フレッドはひと呼吸置いてから言った。


「それじゃあ、よろしく頼んだよ」


フレッドのひと声が、自然と解散の合図となった。


それぞれが立ち上がり、軽く背伸びをしたり、装備の確認を始めたりと、出発に向けての準備を進めていく。


セリーナも立ち上がり、冷静な所作でメモを確認しながら腰のポーチに収めようとした──と、その時だった。


ふいに視線を感じて顔を上げると、真正面からじっと見つめてくる人物がいた。


ミレーヌだった。


その口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいる。。


「……何か、私の顔に付いてるかしら?」


セリーナが眼鏡を押し上げながら問いかけると、ミレーヌは肩をすくめて小さく笑った。


「何よ、“ベアトリス様のめい”とか言っちゃって。やるじゃない。ちょっと見直したわよ?」


「……わけの分からないことを言ってないで」


セリーナは呆れたようにひとつ息をつくと、踵を返した。


「行くわよ。任務は始まってるわ」


淡々としたその背中を、ミレーヌは「はいはい」と口の中で唱えながら、ほんの少し楽しげに後を追った。

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