第11話 揺らぐ光
石造りの重厚な空間に、王都を預かる幹部騎士たちが居並んでいた。 整然と並んだ長机。その中央に立つのは、騎士団長ガ─ランド。
「本日の議題だが……」
低くも力強い声音が室内に響く。
ガ─ランドは手元の報告書を掲げた。そこに記されていたのは── 盗賊団による“義賊的行為”、すなわち契約労働者の“解放”について。
曰く、彼らは正式な契約に基づき労働に従事している民であり、それを一方的に破棄するなど、まぎれもなく王国秩序への反逆行為である。 騎士団は、速やかにこの火種を断たねばならない。
彼の主張は、強く、揺るぎがなかった。
しかし、その言葉が終わったあと──室内を静寂が包む。
やがて、それを破るように、澄んだ声が響いた。
「……よろしいでしょうか、団長。それが、“騎士団が動く”理由になるのでしょうか?」
立ち上がったのは、ベアトリス。 金糸を織り込んだ制服と、その凛とした立ち姿が、自然と注目を集めた。
「かつての彼らは、確かに民を害し、無法の限りを尽くしていました。それゆえに、討伐されるべき“敵”だったのは事実です」
彼女の声は、決して大きくはなかった。 それでも、誰の耳にもはっきりと届く。
「ですが現在の報告では、彼らの行動が──とくに契約労働者層にとって、一縷の希望となり始めているとあります。 それを“力”で鎮圧することは、我々が掲げる“正義”に適うのでしょうか?」
静かに語られた言葉に、室内が張りつめる。
「……ならば見逃せと?」
ガ─ランドが眉をひそめる。
ベアトリスは静かに首を振った。
「騎士団の武力は、法に基づく正当な権限であるべきです。
その発動に必要なのは、根拠と民意──この二つです。」
「いま我々が動けば──“正義のために立ち上がった義賊を、国がなりふりかまわずに討つ”という誤った印象を、民に与えるかもしれません。
その影響も推し量る必要があると申しております」
ベアトリスは、淡々と、だが揺るぎない意思をもって言い切った。
「らしくないな。君はかつて、“秩序こそが民を守る”と断言していたはずだ」
「その秩序は──誰のためにあるのでしょう?」
凛とした視線が、まっすぐガ─ランドを見返す。
「国のためだ。我らは、その守護者であろう!」
ガ─ランドは身を乗り出すように声を荒らげた。
その緊張に満ちた空気を、静かに──だが鋭く見つめていた者がいる。
ベアトリスの側に控えていたミレ─ヌ。 発言権のない彼女は、ただ黙って、視線だけを向ける。
彼女が感じていたのは違和感。
(……団長とはいえ、ベアトリス様にあの態度)
しかし、違和感の先はガ─ランドよりもむしろ……。
ミレ─ヌの記憶にあるのは、威光を纏っていた日のベアトリスの姿だ。 言葉ひとつ、姿勢ひとつで空気を制圧した存在感。
団長といえども容易には踏み込めない、絶対的な圧。
その威光が、いまは……なぜ?
ミレ─ヌが心中のざわめきを押し隠すように視線を伏せたとき、隣の席のセリ─ナが、そっとこちらを見た。
何も言わない。何も語らない。 けれど、その翠の瞳には、ミレ─ヌの心の揺れを見透かしたような静かな光が宿っていた。 わずかに眉が動いたが、やはり彼女は何も言わなかった。
ガ─ランドの言葉のあと、ひとしきりの沈黙が落ちたが、それを破ったのは一人の若者だった。
「……団長殿」
声を発したのは、フレッド。
「確かに王国法に照らせば、盗賊団の行動は許されるべきではありません。しかし、彼らが民の信頼を得ている事実も、無視すべきではないと思います」
周囲が静かに耳を傾ける。
「いかに正しくとも、民が納得しなければ、それは“正義”にはなりません。 秩序とは、法のみで成り立つものではなく──信頼によって支えられるべきではないでしょうか」
若く、やわらかな物腰。 だがその語り口には、貴族としての説得力があった。
ガ─ランドは一瞥だけを向けたが、それ以上は口をつぐむ。 フレッドは小隊長という立場こそ低いが、王国でも屈指の名家の出身。 下手に敵に回すのは得策ではない。
その空気が場に広がり、会議は大きく揺れた。
やがて、ガ─ランドは椅子に深く腰を下ろし──口を開いた。
「……なるほど。君たちの言いたいことは、よく分かった」
声色は穏やかだが、その目には打算の光が宿っていた。
「だが、報告はもうひとつある」
彼が指先で書類をトントンと叩くと、周囲が静まり返った。
「今や王都内でも、義賊に救いを求める声が上がっている。“討伐”ではなく“擁護”の対象として、だ。扇動者も現れていると聞く」
「民の誤解を恐れるよりも、秩序の維持こそが騎士団の使命だと私は考えている」
しかし──
と、ガ─ランドは続けた。
「もちろん、“正義とは信頼である”という君の言葉には共感する。ならば、その信頼を確かめる手段として、扇動者の調査を君に一任するのはどうか?」
静かな挑発だった。
たった六人の小隊で、どこまでやれるのかは知らんがな。
ガ─ランドの目はそう語っていた。
周囲が息をのむ中、フレッドは微笑を浮かべた。
「承知しました。むしろ小回りの利く規模の方が適任かと。お任せいただけるなら、誠意をもって当たりましょう」
まるで挑発を受け流すかのような、やわらかな口調だった。
ガ─ランドの表情がほんのわずかに引きつったのを、ベアトリスは見て取った。
一瞬の沈黙ののち、ベアトリスが静かに口を開いた。
「……では、私もフレッドさんに協力いたしましょう」
その声に、誰もが振り向いた。
「……よろしいですね、団長?」
ガ─ランドはしばし沈黙したのち、椅子の背にもたれ、うなずいた。
「好きにしろ」
その言葉を最後に、彼は席を立ち、部屋を後にした。
その背中を見送りながら──
ベアトリスは、わずかに安堵の顔色を見せ目を伏せた。
それを横で見つめていたミレ─ヌの心には、複雑な思いが残った。
(……どうしてなの、ベアトリス様)
目を閉じると、瞼には今でも眩い光が焼き付いていた。




