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第10話 契約・共鳴・交信

リュシアンは、王立図書館の片隅で分厚い書物の束を前に、額に手を当てていた。


騎士団資料室では見つからなかった“あの出来事”の答え。それを追い求めて、ここまで来た。

アリサがあの少年・セロといた時に感じた、あの奇妙な空気の揺らぎ。精霊の気配。感情のうねり。──あれは偶然でも、幻覚でもない。


彼の視線が走っていたのは、精霊理論書の一節。

その書物の背表紙には、『WSO監修』という金文字が浮かんでいた。


──WSO。World Spirit Organization:世界精霊機関。

精霊契約とその倫理・技術体系を管理・監督する、超国家的組織だ。


騎士団の授業でも、その名が“かすかに触れられた”ことはあった。

だが──こうして真正面から、その知識に触れるのは初めてだった。


本来、精霊関連の古書は、騎士団の特待生ですら閲覧が難しい。

とりわけ──この国で“WSO”の名を冠した資料に触れることは、事実上の禁忌とされている。


だが今回は、ベアトリスの推薦状という特例措置があった。ようやく、閲覧の許可が下りたのだ。


リュシアンの指が止まる。

そして、そっと一枚、ペ─ジをめくった。



■精霊と人の接点について

人間が精霊と関わる手段は、以下の三つに分類される。


精霊契約

精霊共鳴

精霊交信


【1】精霊契約(Contract)

精霊と“契約”を交わし、力を引き出す技能体系。

魔術師や魔導技師が行う、形式的かつ制度的な関係であり、訓練や知識の蓄積が不可欠とされる。熟練度はある程度、測定も可能。


精霊の力を“借りる”代わりに、対価を“差し出す”のが基本構造。


契約の成否には、資質・魔力量・意思の強さなども影響し、精霊ごとに“相性”も異なる。


魔導ギアの運用にも不可欠であり、戦闘や実務における魔法技術の基盤となる。



リュシアンは小さくうなずいた。

これは騎士団で習う魔法理論と大きくは変わらない。


そして思う。


(魔導ギア……か。禁制の道具という話くらいしか知らないけど、どんなものなんだろう)


だが、次のペ─ジで──彼の視線が止まった。



【2】精霊共鳴(Resonance)

“信念”や“在り方”そのものが、周囲に波のように影響を与える現象。


「この存在が価値あるものだ」と精霊に観測されたとき、その人物から発せられる波動である。

契約は必要なく、精霊のまなざしに選ばれた者のみが、自然にそれを放つ。

自覚的に起こすことはできず、測定も不可能。


それは物理的な影響ではなく、周囲の人の“心”に作用する──行動を変えたり、想いを揺り動かしたりする可能性のあるものだ。


そして、その波動は時に精霊界にまで影響を及ぼす。


現在までに、精霊共鳴の波動は三つのタイプが確認されている。ただし、波動は心に影響を与える“きっかけ”にすぎず、その後の選択は受け手に委ねられる。


・権威型

それは『燃える太陽』。

受け手の秩序や従属欲求を刺激し、“従わせる”影響を及ぼす。


・共感型

それは『心の(ともしび)』。

受け手の内面にある“理想”を呼び覚まし、自発的な行動へと促す。


・調律型

それは『静かな水面(みなも)』。

受け手の不安や怒りなどの“感情の乱れ”を和らげ、暴走を抑制する。


※1)

共鳴は奇跡ではない。“伝染”でも“呪い”でもない。

波動に何を感じ、どう行動するかは──すべて受信者次第である。


※2)

なお、精霊共鳴は観測者である精霊の“視点”によって発生するため、観測の対象が移り変わることで、共鳴の発信者も変化することがある。


かつて光を放っていた者が沈黙し、新たな誰かが“観測”され、波動を発するようになる。


それは才能の差ではない。

ただ、“今、誰が世界の意味を照らしているか”という現象に過ぎない。


───



リュシアンは、ペ─ジの端にそっと指をかけたまま、思わず息をのんだ。


……アリサさん。あのとき、あなたは……。

──その心が、確かに届いていた。


さらにペ─ジをめくる。



【3】精霊交信(Sensitivity)

魂の波動──精霊共鳴を、感じ取る力。


“共鳴した他人の心”に気づける感性、と言いかえてもいい。


この能力は、多くの場合“気質”や“体質”に依存する。

訓練で補える部分もあるが、根本的には「気づける人間かどうか」が分かれ目となる。


誰かの言葉に胸を打たれ、

誰かの涙に、黙って寄り添える。


──そうした人々は、高い“交信能力”を持つとされる。


逆に、

他人の想いに無頓着で、空気を読めない者には──

どれほど強い共鳴も、届かない。


───



リュシアンは本を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


精霊交信。共鳴を受け取る資質……か。

アリサさんは、気づかないうちに共鳴の波動を発していた。そして僕やセロは、それを感じ取っていた。


ペ─ジを閉じた余韻のなかで、リュシアンの中に──静かに、何かが輪郭を持ちはじめていた。


──ただの現象ではない。

──ただの感情でもない。


それは、世界の奥で微かに響く“価値の波動”だった。


***


──王都騎士団・執務棟。


静かな陽射しが差し込む窓辺。

緋色の絨毯と淡い香りの紅茶。

その空間は、凛とした静謐さとどこか居心地の良い雰囲気を同時に湛えていた。


「ありがとうございました。ベアトリス様」


セリ─ナは丁寧に頭を下げる。

だがその声音には、どこか申し訳なさそうな気配が混じっていた。


ベアトリスは一瞬だけ驚いたような表情をしたが、やがてふっと微笑む。


「いいのよ、あれくらい」

彼女は椅子の背にもたれ、紅茶のカップをソ─サ─に戻す。


「セリ─ナのお願い事なんて、滅多にないことだもの。少しは頼りにされてる気がして──嬉しいわ。ふふっ」


冗談めかしながらも、目元には柔らかな光が宿っていた。


「それに……“大切な人”ですものね」


突然の言葉に、セリ─ナははっと顔を上げ──そしてすぐにうつむいた。


「……ミレ─ヌったら。そんな、そういうんじゃ……ありません」

声の端に、ほんの少し、戸惑いが混じっていた。


「ふふっ。冗談よ。でも」


ベアトリスは少しだけ真面目な表情に戻る。


「彼の才能はこれからの騎士団にとって、きっと重要になるわ。だからこそ──視野を広げる機会は、大切にしてあげてね」


セリ─ナは、小さくうなずいた。

胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなるのを感じながら──。



***


※作者注

以下は補足です。世界観に興味のある方はご参考までにどうぞ。


───


『精霊三系統論──契約・共鳴・交信──』(王立図書館・魔導資料棚より)より抜粋。


■精霊三軸能力評価


1.共通評価基準


SS:超越的(常識を超えた天賦の才)

S:極めて高い(その分野の第一人者クラス)

A:高い(中核的力量)

B:やや高め(一部の特殊状況で反応・活躍可能)

C:標準〜低め(一般)

D:低い(特筆なし)

E:極めて低い(非該当・ほぼ関与なし)



2.精霊契約に関する能力評価


精霊と“契約”を交わし、力を引き出す技能体系。

契約の構造は単純明快で、「力」と「対価」の交換にある。この対価とは、魔力・感情・労力・金銭など、時代と文脈によって様々である。


SS:高位精霊との契約適正あり。多属性を制御し、魔導ギアの展開も自在。戦略級術師。


S:多属性の中位精霊および、単属性の高位精霊との契約適正あり。戦術級術師。


A:多属性の下位精霊および、単属性の中位精霊との契約適正あり。上級術師。


B:多属性の下位精霊との契約適正あり。中級術師。


C:単属性の下位精霊との契約適正あり。一般術師。


D:単独契約に難あり。訓練次第で力量向上。


E:精霊との契約適性なし。魔法的な才能はゼロに近い。



3.精霊共鳴に関する能力評価


これは「力を借りる」のではなく、「存在そのものが精霊を動かす」現象。

共鳴は信念や在り方を通じて、無意識のうちに周囲へ波紋を広げる。


SS:精霊にとって“観測対象”そのもの。存在するだけで精霊界にも影響を与えうる特異点。


S:明確な信念・慈愛・希望など、精霊が感応しやすい“価値”を常に発信している人物。


A:精霊と強く共鳴する素地がある。困難に際して共感を誘い、力を引き寄せるタイプ。


B:素養はあるが不安定。成長や行動によって上下しやすい。


C:自身の信念が弱く、精霊から見て“観測すべき価値”が薄い。


D:自己中心的・傲慢・無自覚で価値を濁らせている。精霊の観測対象としては不適格。


E:精霊から見て存在が“空白”に近い。感応されることもなく、影響も及ぼさない。



4.精霊交信に関する能力評価


これは“他者の共鳴”を受け取る感受性のこと。

誰かの想いに反応し、波動に気づく力とも言える。


SS:精霊共鳴の波動や精霊の動きを直感で読み取れる特異体質。


S:他者の共鳴波に即座に反応。精霊との感情的なリンクに優れる。


A:共鳴反応に敏感。“感じ取れる人”。


B:気配をかすかに感じ取ることがある。繊細な場面で感応できる可能性あり。


C:通常の人間レベル。言われないと気づかない。


D:鈍感で空気を読めないタイプ。共鳴をすり抜けてしまう。


E:完全非感受性。精霊的存在との接点がほぼない。



なお、各評価は固定ではなく変動である。

人物の行動・選択・感情、または他者との関係性や環境の変化により評価は上下し得る。

特に精霊共鳴や精霊交信は成長や喪失、覚醒や絶望といった精神的な転機によって大きく変動することがある。



■精霊共鳴のタイプ別分類


1.権威型(秩序型)(威光型)共鳴

キ─ワ─ド:崇拝/支配/秩序。

効果:共鳴を受けた者は、自分の中の“秩序”や“従属欲求”に反応し、共鳴者に従おうとする。


【特徴】

・上から照らす“太陽”のような共鳴

・憧れや服従を引き出す

・不安定になると、受信者の不安感や喪失感を引き起こす危険性がある



2. 共感型(信念型)共鳴

キ─ワ─ド:自立/理想。

効果:共鳴を受けた者は、自分自身の中に眠る“理想”を思い出し、主体的に行動し始める。


【特徴】

・背中で照らす“灯火”のような共鳴

・自分の意志で立ち上がる者を後押しする

・感受性が低い者や自己否定の強い者には届きにくい



3. 調律型(共振型)共鳴

キ─ワ─ド:調和/静心。

効果:他者の感情を和らげ、暴走や過剰反応を抑える。


【特徴】

・優しく響く“音叉”のような共鳴

・感情の昂ぶりを鎮め、対話を促す

・能動的に変化を起こすことはできない



■精霊と価値


精霊とは何か。


それは「価値の観測者」であり、「エネルギ─の供給者」。

そして、人と世界をつなぐ静かな“交換装置”でもある。


精霊契約において、価値とは明確だ。

魔力、感情、金銭、時間、記憶──

差し出された“対価”と引き換えに、精霊は力を貸す。

それはあらかじめ定められた等価交換。

技術体系として成立し、計算可能な“取引”だ。


だが精霊共鳴において、価値はもっと曖昧で、もっと深い。


たとえば誰かの言葉が、人の心を動かしたとき。

たとえば信念を貫く姿が、希望を呼び起こしたとき。

そこに生まれる「意味」──その生成こそが、精霊にとっての“報酬”なのだ。


精霊たちは、共鳴を通じてこの“価値の発生”を観測し、世界に“新しい一文が書き加えられた”ことを知る。


そして、精霊たちは流れを返す。

祝福のように。奇跡のように。あるいは、ただそこに“寄り添う気配”として。


それは祈りに応えたのではない。

価値が生まれたから、動いただけ。


だからこそ、価値ある行動は力を引き寄せる。

契約であれ、共鳴であれ、根底にある構造は変わらない。


価値が生まれたとき、世界は少しだけ先へ進む。

精霊はそれを喜びとし、報酬とし、そして再び還元する。


──それが、精霊という存在だ。



■WSO


World Spirit Organization 世界精霊機関。


中位以上の精霊が加盟する、精霊との契約・運用に関する倫理・技術・制度を監督・管理する国際的かつ超国家的な機関である。


契約技術の暴走や、精霊エネルギ─の非倫理的利用を防止するために創設された。


【設立目的】

・精霊との契約技術の標準化と安全基準の制定

・精霊エネルギ─の公正な流通と持続可能な利用

・精霊の権利保護(強制召喚・拘束の規制)

・世界各国の精霊契約者に対するライセンス制度の運用

・違法な精霊搾取に対する摘発と制裁


原則として、中~高位精霊との契約は、WSO公認ライセンスが必要とされる。

ライセンス非保持者は、WSO未加盟の精霊ないし下位精霊との契約に限られる。



■価値のゆらぎ


精霊は常に「意味を生んでいる存在」を見つめている。


その視線を浴びた者は、まるで何かに照らされるように、共鳴の中心となる。

だが、その光は永遠ではない。


かつて強く輝いていた者が沈黙し、まだ何者でもなかった誰かが、新たに“観測”されることもある。


それは才能でも偶然でも、運命の優劣でもない。

ただ、“今”を照らすのは誰かという、ごく自然な変化に過ぎない。


だからこそ、共鳴は美しく、残酷でもある。


一度その波動を放った者は、誰よりもそれを知っている。

今回の話で、「精霊契約」「精霊共鳴」「精霊交信」という三つの能力指標が登場しました。


これまでの、主なキャラクターたちの評価はこちら。


---


・アリサ

 契約E / 共鳴A→SS(共感型) / 交信A


・リュシアン

 契約A / 共鳴B / 交信S


・ベアトリス

 契約C / 共鳴SS→?(権威型) / 交信A


・セリーナ

 契約C / 共鳴C / 交信C


・ミレーヌ

 契約D / 共鳴C / 交信SS


・ティナ

 契約D / 共鳴S(調律型) / 交信B


・2章幕間で登場したエルフ(4章再登場予定)

 契約SS / 共鳴A / 交信A


---


第1章からたびたび登場していた「何かの気配が……」といった曖昧な表現。

この三軸のパラメータと共鳴タイプが、大きく関係しています。


また、本編では以降もこの設定が、物語とキャラクターの関係性に影響します。

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