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第09話 分岐点

「……いや、驚いたな」


目を見開いたドランが、素直な感嘆の声を漏らす。


俺とヴィオラ、それにティナは、再びドワ─フ商工会を訪れていた。


目の前に差し出したのは、俺たちがまとめた投資提案書。 素材調達のスキ─ム、投資予定額、協力体制── 現時点で詰められる限りの具体案を盛り込んだ。


「どうかな? これで……何とかなると、いいんだけど」


ピクリと眉を動かしたドランが、静かに返す。


「……“何とか”、だと?」


しまった、地雷踏んだか──そう思った瞬間、部屋に豪快な笑い声が響いた。


「ははっ、こりゃ痛快だ! やるじゃねぇか!」


膝を叩き、満足そうにうなずく。


「さすがヴィオラが見込んだだけあるな。大したもんだ」


そう言ってから、俺の方に向き直った。


「よし──こちらこそ、よろしく頼むぜ。ジジイの許可はもう取ってある」


「“好きにやれ”ってさ。あんたがわしに賭けてくれるなら……全力で応えてみせようじゃねぇか」


その目は、まさしく職人の目だった。 再び、何かを“つくる”者としての誇りを宿した、真っ直ぐな眼差し──。


胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、俺は静かにうなずいた。


「そうか……良かった」 安堵と共に、背負っていた重圧がすっと軽くなる。


「じゃあ──いけるってことだな?」


「──ああ」


ドランは力強く頷いた。


「魔王カンパニ─と正式に契約が結べれば、すぐにでも量産に入れる。……こうしちゃいられねえな」


勢いよく椅子を蹴って立ち上がる。すでに走り出す準備はできている、そんな気迫があった。


「どうする? あんたも行くかい?」


「──ああ、もちろん。俺はスポンサ─だからな。ただ……」


胸の奥で、ひっかかるものがある。 レオン──カレンの話じゃ、あいつは相当しつこい。 時間は経ってるが、引き下がったとは思えない。むしろ、静かな今が不気味だ。


言葉を飲み込んだ俺を見て、ヴィオラが口を開く。


「……あの連中の相手は、私たちがするわ」


その声は冷静。けれど芯にある意志の強さは、ひしひしと伝わってきた。


「ボスとティナは魔王カンパニ─へ。ドランさんを任せたわよ」


「いいのか?」


思わず問い返すと、ヴィオラは薄く笑って、視線をまっすぐ寄越してきた。


「少しは信用してくれてもいいんじゃない?」


「今度は、魔導ギアもあるし……それに──」


一呼吸。 その瞬間、部屋の気圧がぐんと下がった。気のせいでは、ない。


「借りは、きっちり返さないとね」


(……さすが、女王様だ)


***


俺たちは、ドワ─フ商工会の門前でヴィオラと別れることになった。


5つある魔導ギアのうち、肉体硬化の『クルス』は、道中の安全を考えて俺が装着。

残りの4つは、砦に残る幹部たちに託すことにした。


「じゃあ、私から皆に伝えておくから」


微笑むヴィオラに、俺は念を押す。


「ああ、よろしく頼む。……万が一レオンたちが襲ってきたら、元契約労働者たちは優先して逃がしてくれ」


「……分かってるわよ。ほんと、甘いんだから」


そう言った彼女が、ふいに一歩、距離を詰めてきた。


(ち、近っ……!?)


驚く俺の耳元に、静かな声が落ちる。


「ドランさんはああ言ってたけど……相手は“魔王”よ。油断しないことね」


「あ、ああ……」


そのとき、ずっと気になっていた“あること”が脳裏をかすめた。

──そうだ、ヴィオラなら。


「……なあ、ひとつ頼みがあるんだ」


俺はごく短く、簡潔に耳打ちする。


ヴィオラの眉が、一瞬だけわずかに動いた。


「……それは、大事なことなの?」


「ああ。けっこうな」


それ以上は語らず、彼女もそれ以上は聞かなかった。


「了解。任せておいて」


その後、ヴィオラはティナの頭をそっと撫でた。

その手つきは意外なほどやさしく、どこか柔らかかった。


「ボスと一緒なら大丈夫だとは思うけど……気をつけて」


ティナも顔を上げ、まっすぐに応える。


「ヴィオラさん……砦のみんなも、無茶はしないでくださいね。なんだか……嫌な予感がするんです」


(……やめろ、そういうフラグっぽい台詞は)


心の中でツッコミを入れつつ、俺は小さく息をついた。


「──それじゃあ、そろそろ行くぞ」


ドランの声がかかり、俺たちは馬車に乗り込む。


ドワ─フ商工会が用意してくれた特注の馬車は、見た目こそ質素だったが、中は想像以上に快適だった。


馬のいななきと共に、車輪が静かに動き出す。


窓の外。門前に立つヴィオラが、無言でこちらに手を振っていた。


ティナも隣でそっと手を振り返す。

その横顔を見ながら、俺はゆっくりと息を吐いた。


(──魔王か。一体どんなヤツなんだ)


馬車は徐々に加速し、やがて街の影に、その姿を消していった。


***


──薄暗く、湿り気のある石造りの部屋。


むせ返るような血の臭いと、焼け焦げた煙の残り香。 空気は重く淀み、床には崩れ落ちた巨大な魔獣の亡骸が横たわっていた。 竜を思わせる異形のそれは、裂傷と火傷に覆われ、数本の肢は千切れかけ、片目は潰れている。 まるで、生きながら焼かれ、引き裂かれ、それでもなお抵抗を続けたかのような凄惨な姿だった。


「確かに……こいつは、聖剣なんかよりも効くな」


レオンが吐息まじりに呟く。額には汗がにじんでいるが、疲労の色はない。


「ようやく、馴染んできたぜ。……なあ?」


視線を横に流す。


そこにはグロックが立っていた。返答はない。 彼はただ、血塗れの手を見つめたまま動かない。


セラも、ミアも同様だった。 顔から感情が抜け落ちたように虚ろで、何かを置いてきたような眼差し。


「……お前らは、まだちょっと時間がかかりそうだな」


レオンは肩をすくめるように言い、ひとつ、笑った。 だが、その笑みに体温はなかった。


「だけど、この力……確かに本物だ。これなら、今度こそ──」


その言葉に応じるように、背後から軽やかな足音が近づいてくる。


「──あらあら。レオンさん、それに皆さん。お見事ですね」


現れたのは、栗色のストレ─トヘアをさらりと下ろした女──エミリア。

冒険者ギルドの受付嬢──営業スマイルは、いつもと変わらず完璧だった。


「それ、A級の冒険者が十数人がかりでようやく捕獲した個体なんですよ? さすがです」


そう言いながら、わざとらしく少しだけ首を傾げる


「……ただ、もう少し丁寧に解体してくれると助かるんですけどね。素材の価値が……下がってしまいますから」


レオンは舌打ちをしながら、血飛沫で汚れた剣を布でぬぐった。


「分かってるよ。買い取ればいいんだろ。……ちっ、金がかかるぜ」


エミリアは、ぱあっと無邪気に笑ってみせる。 それは、悪意のない笑顔──に見えた。


「大丈夫ですよ。一億が手に入るなら、このくらい。いまは“投資”の時期です。未来のための、ね」


そして、声を潜めた。


「だから……」


誰にも聞こえないような声量で、けれど確かに、その唇が動いた。


「人間やめちゃうくらい……どうってことないですよね?」


エミリアの呟きは、石造りの壁に吸い込まれるように消えた。


闘いはまだ終わってはいない。


***


──そして物語の舞台は再び王都へ。

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