第06話 対価と共鳴
ドランが抱えていた黒革のケ─スを、テ─ブルに重々しく置いた。
「──こいつが、そうだ」
カチリ、と錠が外され、蓋がゆっくりと持ち上げられる。
中には、金属と鉱石が組み合わされた五つの腕輪──魔導ギアが整然と並んでいた。
どれも重厚で、装飾は最小限。それでいて、淡く光る紋様がうっすらと浮かんでいる。
「……これは?」
思わず身を乗り出した俺に、ドランが腕を組んで満足げにうなずく。
「腕輪タイプの魔導ギアだ。元は肉体作業支援用に開発したんだがな。ひとつずつ、効果が違う」
彼は指を差しながら、順に説明していく。
───
「まずは『クルス』。肉体を一時的に硬化させる。坑道の落盤や爆裂対策とかだな」
「『レウロス』は状態異常耐性。毒ガスや粉塵環境でも作業できる」
「『フレマ』は防熱だ。鍛冶や溶鉱炉なんかの現場で使える」
「『ディエル』は敏捷性の強化だな。高所作業や危険地帯からの緊急退避に便利だ」
「最後が『バスティン』。これは単純に腕力強化。鉱石の運搬や解体作業といった力仕事用だ」
───
「……武器じゃねぇから、派手さはないがな。効果は保証するぜ」
俺は腕輪をひとつ手に取り、手のひらにずしりと乗る重量を確かめながらうなずく。
「なるほど……うちの幹部は、フィジカル強者が揃ってるからな。こういう補助系の方がありがたいかもしれない」
ドランはニヤリと笑ったあと、帳簿のような紙を取り出してさらりと告げる。
「お試しは10回までフリ─。それ以降は月額3,800Gで30回分だ」
「……え?」
一瞬、頭が追いつかず聞き返した。
「金を取るのか?」
ドランは涼しい顔でうなずく。
「当たり前だろ。精霊が霞食って生きてるとでも思ってんのか? “対価が必要”だって言ったよな?」
(対価って、そういうことかよ。もっと、ファンタジ─的なフワっとしたものを想像していたぜ)
ドランはさらに追い打ちをかけた。
「毎月27日引き落としな。遅延は信用情報に響くぞ?」
「……その辺だけは、妙にリアルなんだな」
***
「いろいろありがとう。また準備が整ったら連絡入れるから」
ドワ─フ商工会の門の前で、俺たちはドランに別れを告げた。
まずは砦に戻り、資金の準備。それから団員の協力を取り付けて素材調達……やることは山積みだ。
「──ああ。良い話を待ってるぜ」
そう言ってドランは、大きな手を差し出してきた。
俺はその手をしっかりと握る。
ゴツゴツとした掌。けれど、そこには熱があった。
職人の、誇りのこもった手だ。
ドランは、次にヴィオラへ視線を向ける。
「お前さん、昔とちっとも変ってなくて……安心したぜ。ありがとな」
ヴィオラは微笑をたたえ、無言でうなずいた。
その表情には、懐かしさと少しばかりの照れが混じっていた。
──そして。
ドランの視線が、静かにティナへと向く。
穏やかな眼差しだった。
「ティナ」
呼びかけに、ティナはぱちりと瞬きをする。
「“精霊共鳴”……大切にな」
(……せいれい、きょうめい?)
俺が眉をひそめるのを見て取ったのか、ドランが補足する。
「何度も言ったが、精霊の力を借りるには“契約”と“対価”が必要だ。だが、ごくまれに精霊に好かれる人間がいてな。精霊の方から手を貸したがるのよ」
ティナは驚いたように目を見開き、戸惑うように自分の胸元に手を当てた。
「私に……そんな力が……?」
「力じゃねぇ。“存在”だよ。お前さんが、場を和らげ、流れを整える──
そういう“在り方”そのものに、精霊が呼応することがある」
そして、ふっと息をつき、少しだけ視線を空に向けた。
「……さっき、わしは確かに落ち着いた。怒りも焦りも、不思議と収まった。
おかげで、もう一度ちゃんと物を考える余裕が戻ってきた」
再びティナをまっすぐに見据える。
「それが“精霊共鳴”。誰かを無理やり動かすんじゃねぇ。ただそっと、気付かせてくれるんだ。──ありがとな」
そして、ドランは豪快に笑った。
***
俺たちはドワ─フ商工会を後にした。
夕方の光に照らされた石畳を踏みながら、俺はひとつ息をついた。
「ホワイト盗賊団の次の展開も、なんとなく見えてきた気がするな。団の年金資金の運用先も決まりそうだ」
「……年金? ときどき分からないことを言うのね、ボスは」
ヴィオラが小さく笑って肩をすくめた。
「でも、素材調達の問題はそう簡単にはいかないわよ? 強さとスキルは別だから」
「そこなんだよな……まあ、帰ったらみんなにも相談してみるか」
いまは考えてもわからない。和尚あたりなら、何か良い知恵を持っているんじゃないかと期待し、俺たちは帰路を急いだ。
「モヒカン達も心配しているだろうからな。砦の様子も心配だ……」
──そして、砦に帰還した俺の目には、信じられない光景が繰り広げられていた。
広間では──盛大な酒盛りの真っ最中だった。
「ボス─! おかえり!!」
モヒカンが手を振りながら駆け寄ってくる。それはまあ、いい。
だが問題は、その宴の輪の中に──
「おおっ、帰ったか! “1億”!」
当然のように馴染んでいる女がふたり。
そこにはジョッキ片手のカレンと、猫を膝に乗せてうっとりしているレナの姿があった。
(……なんでお前らがいるんだ?)




