第05話 痛みを超えて
ドランは、椅子に浅く腰かけ直し、腕を組んでつぶやいた。
「さっきも言ったが、この国じゃ正規品の販売は規制されている。……だがな、市場は国内だけじゃねえ」
「国外を開拓する、ってことか?」
俺がそう返すと、ドランは静かにうなずいた。
「そうだ。相手はエルフ国、獣人連合、そして──魔王領」
「魔王!?」
思わず語気が強まった。ドランは平然と続ける。
「ああ。エルフ国や魔王領は正規品の流通しか認められていないからな。いまは魔王領に営業をかけてる最中よ。……しかしまあ、資金が苦しくてな。下げたくもない頭を下げて回ってるってわけよ」
言いながら、手近な書類の束をパラパラとめくる。
「だが世の中、欲の皮の張った連中ばかりでな。さっきの奴なんか、まさにそれだ」
(……ああ、あいつか)
確かに、応接室を出ていったときの、あの横柄な態度。なるほどな。
「それにしても、魔王って……それ、いろいろヤバくないか? 相手は“悪の魔王”だろ?」
ドランは鼻で笑った。
「ああ? 人間どもが勝手にそう呼んでるだけだ。わしらから見りゃ、どっちも異民族だよ」
「“魔王”ってのは、魔族の王ってだけだ。善悪とは関係ねえ」
「むしろ今の魔王は、かなり合理的なヤツだぜ。最近じゃ国の名前も変えた。聞いたことあるか?」
「……いや」
「“魔王カンパニ─”だとよ。国を挙げての産業振興。まるで企業国家だ」
ドランは天井を見上げ、乾いた笑いを漏らす。
「領土は小さいが、技術は段違い。……あいつら、本気だぜ」
その眼差しには、悔しさと、どこか希望にも似た光が交じっていた。
(……魔王といえば、銀シャリのラスボスだが……やっぱり俺の知ってる世界観とは何か違うな)
少し間を置いて、彼は机の端に置かれた図面を指で弾いた。
「まあ、そういうわけで試作品まではできてるんだが……製品化となるとな。資金も足りねえ、素材もブラック冒険者ギルドに握られてる。課題は山積みよ」
そこで一度、息をつく。
そして、ぽつりと呟いた。
「しかし……どうしてだろうな。部外者のあんたたちに、こんな話までするはずじゃなかったんだが」
言葉には、戸惑いとわずかな期待が滲んでいた。
俺は椅子の背にもたれ、しばし黙考する。
目を閉じると、脳裏に浮かぶ。
契約労働者のすがるような目。
プライドを捨て、資金をかき集めようとするドランの背中。
バラバラだった断片が、今、静かにひとつの輪郭を描こうとしていた。
──まっとうな労働の対価。
──信頼に基づいた取引。
──未来を繋ぐための投資。
……そうだ、これこそが“ホワイト”ってやつなんじゃないか?
そして俺は、ゆっくりと口を開いた。
「それ、俺たちに──かませてくれないか?」
ドランが目を細める。
「……あ?」
けれど俺の思考は、もう止まらなかった。
「金なら、ある。──まあ、あまり褒められた出所じゃないが……そこは、聞かないでくれ。
ただひとつ、誓えるのは……俺たちは“困ってる奴からは奪わない”。それだけは、絶対だ」
ドランは、無言でこちらを見つめている。
その視線を正面から受け止めながら、俺は続けた。
「素材調達は……正直、よくわからない。でも、力が余ってる奴らなら山ほどいる。
それに──“契約労働者”だ」
ひと呼吸、置く。
「以前、貴族屋敷で奴らを解放したことがある。
だが……あいつらの目に、光は戻らなかった。“自分には手に職がない。解放されても、また詰む”って言っていた。俺も、そう思った」
手を握る。過去の自分の無力さを、吐き出すように。
「あのとき、俺は何もできなかった。でも……何とかしたかった。
あいつらが、まっとうに働いて、生きていける場所を作りたいと、本気で思ったんだ」
長い沈黙のあと、ドランが口を開く。
「素材調達ってのはな、素人にどうこうできるもんじゃねぇ。そんなに甘かねえんだよ。それに──あんた、盗賊だろ? なぜそこまで契約労働者に肩入れする?」
俺は、まっすぐにその問いを受け止めた。
「……そいつは、俺の“個人的な問題”だよ。でも──あいつらの痛みは、俺の痛みだ」
ドランはしばらく無言のまま、じっとこちらを見据えていた。
やがて、わずかに目を細める。
「……言ってることにウソは感じねえ、か」
ふと、視線がティナのほうへと移る。
「──精霊も、穏やかだしな」
そして、少しだけ背筋を伸ばしながら言葉を続ける。
「わかった。前向きに検討しようじゃねぇか。
……まあ、決めるのはわしじゃなくて、ギルドマスタ─のジジイだけどな。話は通しておく」
静かに話がまとまりかけた──そのとき。
「ボス、そういう話を勝手に進められると困るんだけどね」
ヴィオラの冷ややかな声が背後から飛んできた。
ギクリとして振り返る俺。
だが、そこにあったのは──責めるような目ではなかった。
どこか呆れたような、それでも温かい、穏やかな微笑み。
視線をふっと逸らしながら、彼女は小さく呟く。
「……ありがとう」
***
ひと区切りついたところで、俺はふと訪問の“本来の目的”を思い出した。
「ああ、そうだ。魔導ギアの件……あれが使えないとなると、正直まいったな。
ブラック冒険者ギルドの連中が、また襲ってきたら……」
ドランがピクリと眉を動かす。
「なんだ、あいつらと揉め事か?」
俺はこれまでの経緯──レオンとの戦いについて簡単に説明した。
ドランは腕を組み、深くうなった。
「なるほど、聖剣か……とんでもねえな、国宝だぜあれは。しかもそれに、不安定な術式を封入? ……正気の沙汰じゃねえな」
「こっちとしても、魔導ギアで対抗するしかないってのは分かってる。
だから、ここでメンテしてもらえれば何とかなるんじゃないかと……期待してたんだが」
ドランは、少し気まずそうに頭をかいた。
「悪いが……あれをいじるのは勘弁だな。下手に手を加えたら、わしごと吹っ飛びかねん」
肩を落としかけた俺に、彼は言葉を重ねた。
「──が、代わりと言っちゃなんだが……あんた、“モニタ─”やってみる気はあるか?」
「モニタ─?」
思わず聞き返す俺に、ドランが小さくうなずく。
「ああ。さっき話した“試作品”。いま、うちが魔王カンパニ─に営業をかけているやつだ。
あそこの専属術師が、正式に精霊と契約した“認証済み”の術式を使わせてもらっている。安心・安全、WSOのお墨付きだぜ」
「WSO……?」
「World Spirit Organization──世界精霊機関。
精霊契約を監査してる国際機関ってとこだな。
本来“正規品”ってのは、そいつの審査を通したものを言うんだよ」
ドランは小さく肩をすくめる。
「うちも昔はWSO認定の術師がいたんだがな。そいつも課題のひとつだ」
そしてドランは、「ちょっと待ってな」と言い残し、しばらく席を外した後にケ─スを抱えて応接室へ入ってきた。
「──こいつが、そうだ」




