第04話 正偽
ドランは、重たい言葉をひとつずつ噛みしめるように語り出した。
「いまじゃ、見る影もねぇが……うちは昔、一流ギルドだったんだぜ」
深く椅子にもたれかかりながら、天井の梁を仰ぎ見る。
「正規認証を受けた魔導ギアの設計・製造。素材の調達も、一流どころの冒険者を専属で抱えてた。精霊契約者の質も、技術屋の腕も──何もかも、あの頃は誇れた」
懐かしむように目を伏せ、目の前の机をコンと指で軽く叩く。
「ところが、だ。ブラック冒険者ギルドの台頭よ」
吐き捨てるような口調。
その声音には、古傷をえぐるような苦さがにじんでいた。
「あいつら、悪辣な手を使いやがった。夢見る若いのを騙したり、契約労働者って名目の奴隷を安く使い潰す。労働力が潤沢なら、素材調達も数で押せる」
「……契約労働者か」
思わず漏れた自分の声に、俺は少しだけ驚いた。
以前、貴族邸で解放した契約労働者の顔と言葉が、頭をよぎる。
──俺には、何の技術もない。ただ働くだけで……この先また詰む気がして……。何か、手を……貸してもらえませんか?──
助けを求める、あの男の目。あれはきっと、過去の自分にも重なっていたんだ。
「安い労働力を使って、コスト競争で既存プレイヤ─を駆逐する……か。どこかで聞いた話だな」
その言葉に、ドランは苦笑を返す。
「まあ、そういうことだ。そして、そこへ追い打ちよ。王国の方針で、正規品の販売に規制がかかっちまった。……笑えるだろ?」
「なんで、正規品が?」
思わず食い気味に訊ねる。
「普通、粗悪品を規制するもんだろ?」
「そう思うだろ? だが、現実は逆だ」
ドランは肩をすくめ、短く笑った。
「詳しい経緯までは知らん。が、認証機関のトップと国が揉めたらしくてな。
結果、認証の取り消しが相次いだ。わしらは大丈夫だったが、業界全体が冷え込んじまった」
その声には、どこか悔しさと無力感が混ざっていた。
「で、正規品は国外頼みになった。……どうなると思う?」
俺は少しだけ息を止めて考えた。
「……外貨流出、か」
「へぇ。盗賊のくせに、よく分かってんじゃねえか」
片眉を上げて、ニヤリと笑うドラン。
その表情には、少しだけ皮肉と賞賛が入り混じっていた。
「そう、“国産技術の保護”って名目で、正規品の輸入を制限してな。で、代わりに出回るようになったのが……“独自開発ギア”。」
声を低く落とす。
「聞こえはいいが、中身は違法な粗悪品だ。契約術式の監修もなけりゃ、国際特許もガン無視。力さえ出りゃそれでいいって歪んだ道具よ」
「もちろん、大っぴらには出せねぇから、ほとんどが闇ル─トで流れてくる」
ドランは力なく肩を落とし、言い切る。
「結果、この国の魔導ギア技術は、世界的に見りゃ底辺よ。見栄と利権で何もかも台無しだ」
一拍置いて、ぽつりと。
「契約労働者の規制緩和も、産業保護って建前も、結局は……」
苦い笑みを浮かべる。
「うまい汁を吸いたいやつの“方便”ってわけだ」
重く沈むその言葉に、俺は返す言葉を持たなかった。
ファンタジ─世界に転生しても、利権だのなんだの……冗談がきついぜ。
ドランは、ふぅ、と深く息を吐き出して、椅子に身を預けた。
「まあ、そんなわけでな。いまじゃわしらはしがない下請けよ。ブラック冒険者ギルドや貴族どものな──食っていくためにゃプライドもクソもない……汚れ仕事屋になっちまった……好きでやってるわけじゃねえんだがな」
その背中には、重く長い年月が滲んでいた。
俺は、ただ黙っていた。
社畜だった俺が、職人の矜持に何か言える立場じゃない──わかってるさ。
でも、この感情をどう消化すればいいかも、まだわからなかった。
しかし、そんな空気を変えたのは──ティナだった。
「そんなの──まちがってます!!」
その声には、確かな“響き”があった。
俺は思わず振り返った。
ティナは、小さな拳をぎゅっと握りしめ、まっすぐにドランを見据えていた。
「正しいことをしていたドランさんが困っていて、悪い人が得をするなんて、ぜったいおかしいです!」
その言葉は、正論でも綺麗事でもなかった。ただ、胸の奥から湧き出る、まっすぐな祈りだった。
「団長さんは、みんなが気持ちよく働けて、ちゃんと過ごせる盗賊団を作りたいって言ってくれました。その言葉は……わたしの宝物なんです」
俺は胸の奥を衝かれたような気がした。
ティナは、少し震える声で続けた。
「みんな、団長さんは変わったって言ってました。でも──いまの団長さんの方が、昔よりずっと好きだって」
「“ホワイト”って、みんなを笑顔にするんです。だから……ホワイトなドランさんも、笑顔じゃなきゃおかしいんです!」
そこまで一気に言い切ると、はっとして顔を赤らめる。
「……あれ? わたし、なに言ってるんだろ……」
しどろもどろになりながらも、それでもその目は逸らさなかった。
「ええと……何も知らないくせに勝手なこと言って、ごめんなさい。でも……」
俺は、静かにティナを見つめた。
そうか、ホワイトの同志だと思っていたけれど、いつの間にか君は──そう、ホワイトの女神だ。
その瞬間──
目に見えぬ波動が静かに空間を満たした。
まるで深い森の奥で、水面に小さな波紋が広がるような──穏やかな“揺らぎ”が、確かにそこにあった。
ティナの想いが、調律された音叉のように周囲を包み込む。
歪みを、焦りを、怒りを──そっと整えていくように。
気が付けばドランは、静かな眼差しをティナに向けていた。
「……お嬢ちゃん、名前は?」
ティナは戸惑いながらも答える。
「ティナ……です」
「そうか、ティナか。久々に精霊を感じたな」
俺は思わず「精霊?」と聞き返した。
「そうだ。精霊は目に見えなくても確かにそこに“在る”。……いつ以来だろうな……」
ぽつりとこぼされた言葉は、寂しさと懐かしさの混じった音色だった。
だがドランは、次の瞬間キッと前を向く。
「つまらない愚痴を言っちまったな。まあ、この国はクソだ。それは間違いねえ。ただ、わしらも擦りつぶされて終わる気はねえんだ」
ドランの様子が変わったのは、ティナのおかげなのか?
そして俺の中にも、さっきまでの沈痛な重さが、すうっと和らいでいくのを感じた。
──思考が、澄んでいく。
まだだ。まだ、やれることはある。そんな気がした。




