第01話 リベンジ
重厚な扉が閉じられた瞬間、室内の空気がぴんと張り詰めた。
壁際に飾られた数々の装飾品と、深紅の絨毯。
まるで舞台のような空間に、二人の女が対峙していた。
一人は女戦士カレン。
鋭い眼光と無骨な革装備をまとい、仁王立ちのまま腕を組んでいる。
向かい合うのは、ブラック冒険者ギルド長・グレイス。
巨体をソファーに沈め、 気怠げに微笑んでいる。
しかし、カレンの強面すら小さく見せる圧を放っていた。
グレイスは煙管をくゆらせながら、どこか楽しげに言葉を投げた。
「……それで? レオンの件で泣き言でも言いに来たのかい?
らしくないじゃないか」
カレンの眉がピクリと動く。
「泣き言? 欲しいものを力で掴みに行くのは構わない。
けど──あの魔導ギア……無理やり動かしてるだろ。いつものやり方で。
……あたしが言いたいのは、そこだよ」
その声は鋭く、冷ややかだった。
グレイスは、ふうと煙を吐いた。
「やれやれ。あんたの美学は結構だけどね。
……うちの方針に口を出すほど、偉くなったつもりかい?」
カレンは構わずに続ける。
「レオンのやつ、下手したら死んでいた。いや、あいつだけじゃない……」
グレイスは目を細めて薄く笑った。
「それこそ“自己責任”ってやつさ。
細く長くも、太く短くも、お好きにどうぞってね。それが冒険者だろ?」
「命を張ってることに文句はないよ。
ただ──張るなら、自分の命だけってのがあたしの流儀だ」
声のトーンは抑えられていたが、言葉の端には怒りが 滲 む。
「あんな外道な力。もし暴走でもしたら……」
グレイスは一瞬だけ目を伏せる。
しかし、次の瞬間にはまた不敵な笑みを浮かべていた。
「暴走したらしたで、賞金首ごと沈んでくれりゃ、それはそれで手間が減って助かるってもんさ──ねぇ?」
その声には、どこまでも悪びれた様子がなかった。
カレンは舌打ちをひとつ。
「話にならないね。
それが冒険者のやり方だって言うなら、あたしは認めないよ」
だが相手は、その言葉を意にも介さず、薄く 嗤 う。
「最初から“話し合い”なんてする気はないのさ。
冒険者の矜持についての講釈なんて、聞く気もない。
で──どうするんだい? やるのかい、やらないのかい?」
カレンの目が鋭く光る。
「あいつは、あたしの獲物だ──次に邪魔してきたら、誰だろうと斬る」
その 声音 は鋼のように冷たく、目には迷いがなかった。
グレイスは、ふう、と長く煙を吐いた。
紫煙の向こうで、その唇がゆるやかに吊り上がる。
「へぇ。聖剣にビビって戻ってきたわりには、ずいぶんと吠えるじゃないか」
その声はあくまで穏やかで、どこか愉しげですらあった。
ゆったりと脚を組み替え、煙管を空に指しながら続ける。
「……まあ、楽しみにしてるよ」
その瞳、微塵も笑っていなかった。
カレンは何も言わず、 踵 を返すと重い扉を叩きつけるようにしてギルド長室を後にした。
***
扉を背にしながら、カレンはわずかに顔をしかめる。
そのまま無言でギルドのホールへと無言で歩を進めた。
廊下を抜けた瞬間、ざわめく声が耳に飛び込んできた。
レオンが受付嬢のエミリアと激しく言い合っていた。
「ですから、何度も申し上げているように、聖剣はお貸し出しできません。
これはギルド長の判断です」
「おい、あともう一息だったんだぜ。金なら何とかするって言ってるだろ!」
怒鳴るような声に、周囲の視線が集まる。
だがレオンは構わず、カウンターに身を乗り出して食い下がっていた。
──あれだけの怪我から数日で立ち上がれるようになるとは。
セラの治癒魔法のおかげか。
それとも、腐ってもA級冒険者といったところか。
カレンは立ち止まり、口論の中心にいるレオンをちらりと見やる。
まだ包帯の残るその体で、あれだけの熱を持って声を荒げる姿に、何とも言えない苛立ちが胸をよぎる。
(あんな危険な力に 拘 って……だからお前は、いつまでも半端者なんだ)
だが、その感情は表に出さず、冷ややかな視線を残して 踵 を返す。
重い足取りでホールを後にした。
その背に、レオンがギリっと歯を鳴らす音が届く。
「ちくしょう……もう一度……もう一度だ」
うつむき、拳を握り締めたままレオンは 呟 く。
やがて顔を上げ、再びエミリアに向き直った。
「なあ、頼むよ。このままじゃ終われねぇんだよ!」
その声には、執念と焦りが 滲んでいた。
エミリアは目を伏せ、ひとつ息を吐く。
「ですから、何度も……」
しかし、ふと何かに気付いたように視線を上げた。
「でも、そうですね……」
「お、ほんとか!?」
レオンが身を乗り出す。
エミリアは、完璧な営業スマイルを浮かべた。
「いえ、もっと“良いもの”があるんですが──お試しになりますか?
きっとお気に召すと思いますよ」
レオンは思わず息を呑んだ。
その笑みの裏に何があるのか……わからない。
……いや、分かっているはずだ。
本能が警鐘を鳴らした。
ただ──
その“もっと良いもの”が、今の自分に必要だと、信じることにした。
***
外に出ると、夜の帳がすっかり街を包んでいた。
風が、カレンの熱を帯びた頬を優しくなでていく。
ほんのわずかに、肩の緊張が解けた。
「グレイス……心を忘れた冒険者は、ただのならず者だ。
お前がそれを分からないはずはないだろうに」
誰に聞かせるでもなく、言葉がこぼれる。
ふと気づくと、石畳の路地にひとつの影が静かに佇んでいた。
細い体に忍び装束──夜の闇に同化したような気配。
レナだ。その瞳が、すべてを見透かすようにこちらを見つめていた。
カレンは、少しバツが悪そうに肩をすくめる。
「あいつは、やっぱりあの調子さ。どうして、ああなんだか……。
ただ、邪魔は当分ないだろうし、今度こそ首はもらうよ」
レナは静かに 頷 く。
言葉はないが、そこには揺るぎのない信頼と確信があった。
「でさあ、相談なんだけど……レナ。
今度はバシッと確実に仕留めたいんだよね。
あの“奥の手”出したいんだけどさ。ちょっと協力してくれない?」
レナは、ぷいっと後ろを向いた。
「やだ。カレンに貸したら返ってこないし」
そう言って、スタスタと歩き出す。
その背を、「なあ、頼むよ……」という声が追いかけていた。
***
「……って、なにこれ」
ふたたび砦を訪れたカレンとレナは、思わず言葉を失った。
砦は、その様相をまるで別物に変えていた。
殺風景だった周囲には、柵がめぐらされ、粗雑ながらも見張り塔が二基。入り口は頑丈なバリケードで封鎖されている。
──まるで要塞だ。いや、それよりも。
ふたりの視線の先では、モヒカンが釘バットを振り回しながら 喚いていた。
「さっきから言うとるやろ! ボスは留守なんや! とっとと去ねやっ!!」
レナは呆然としたまま 呟く。
「……留守なんだって」
ふたりはただ静かに立ち尽くした。
状況を飲み込むには、もう少し時間がかかりそうだった。




