第03話 ホワイト盗賊団はじめます
──逃げてもダメか……。
重たい息をつきながら、俺は粗末な椅子にもたれていた。
昨日の夜中、こっそり砦を抜け出して村の小屋で夜を明かしたはずが、今朝にはモヒカン頭が「ボスぅ〜〜!!」と大声をあげて村中をかき回し、村人に迷惑をかける事態となった。
結局、俺は団員たちに連れ戻されたのだ。
まずいな。このままじゃ、いずれ討伐フラグが立ってしまう……。
俺は頭を抱えていた。
「ボス、どうかしたの?」
ヴィオラが声をかけてきた。いまは幹部会だ。
今後の略奪計画について打ち合わせ中だが、俺はそんなものには興味がない。
それどころか、破滅エンドまでのカウントダウンを早めるだけ……泣きたくなる。
どうしても気になって、俺はそれとなく話題を振ってみた。
「なあ、ヴィオラ。こういうことをしていると、いずれ騎士団に目をつけられるんじゃないか?」
昨日の略奪行為──子供や女性の悲鳴、村人たちの怯えた姿が今も胸の内から離れない。
あんなことを続けていては、絶対に国家権力に潰されてしまうだろう。
……いや、その心配以前に人としてどうなんだ、という思いはあるが。
しかし今は自分の身の安全だ。騎士団の動きが気になる。
そんな俺の心中にも気づかず、ヴィオラはくすりと笑った。
「騎士、ね……。この辺まで王都の騎士がやってくることはないと思うけど?」
一瞬安堵しかけたが、ヴィオラは続ける。
「でもまあ、応援くらいはあるかもしれないわね」
(やっぱり……)
ゲームシナリオでも、たしかに特別任務という扱いだった。
このルート、確実にフラグが立つやつじゃないか。
俺がしょんぼりしていると、モヒカンが声をかけてきた。
「ボス! らしくないな~。いつもなら“騎士だろうと魔王だろうと、かかってこんかい!”って、ドーンと構えてますやん。なんか変なものでも食ったん?」
ドキリとした。
こいつら相手に弱気を見せると、なにが起きるかわからない。
俺は慌てて取り繕う。
「えっ? ああ、そりゃもちろんよ!」
そして、モヒカンの目を見て、意味ありげな言葉を投げかけた。
「……だが、敵を侮るな。やるなら確実に。そうだろ?」
ぱあっと笑顔になったモヒカンが、修道僧風の男に振り返って言った。
「聞いたか? 和尚!」
和尚……。
ファンタジーなのに?
そのツッコミはもはや虚しかったが、一応心の中で呟いた。
「うむ。さすがボス、さすボスだな」と、和尚が頷く。
「しかし、盗賊団と騎士団は相容れぬ仲。いざとなれば戦は避けられまいよ」
その言葉が、胸にズシリと響いた。
(そうだよな……)
このまま略奪行為を続けたら、いずれ必ず討伐対象になる。
それはゲームでも見てきた未来だ。いまも避けられないだろう。
けど、もし……もしもだ。
略奪行為さえやめてしまえば?
騎士団に討伐命令が下らない可能性だってあるんじゃないか?
(いや、それしかない!)
一筋の光が、頭の中を走った。
(そうだよ! 略奪しなきゃいいんだ!!)
だが、しかし。
(……いや待て、それが通用するのか? この極悪集団に)
ちらりとモヒカンを見る。
ちらりと鉄仮面を見る。
和尚は……いまは穏やかだが、分からない。
(どっちにしろこのままだと、イケメン連中からのフルボッコエンドだ……)
言うだけでも試してみる価値はある。
ごくりと喉を鳴らし、おそるおそる口を開いた。
一番話が通用しそうなのは……ヴィオラな気がする。
「なあ、ヴィオラ。略奪を止めたら俺たちはどうなると思う?」
ヴィオラは軽く眉を上げ、「……飢え死にかしらね?」と即答。
(うっ……まあ、そうだよな)
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺は勢いに任せてまくし立てた。
「い、いや。そこをもう少しどうにかして……もっと、こう、“新しい働き方”を模索する時期なんじゃないか?」
「新しい?」
「破滅エンド回避……いや、盗賊団の未来のため、俺は常々考えていたんだ。このままで良いのか?って」
「それで?」
「いまこそ目指すべきじゃないか? “略奪に頼らない持続可能な盗賊団”というものを」
目をぱちくりさせるヴィオラ。
自分でも何を言っているのかわからない。しかしもう後戻りはできなかった。
「……それって、つまり略奪をやめるってこと?」と、ヴィオラが問い返す。
俺は力強く頷いた。
「そう。社会と経済、環境のバランスを重視して未来を築く、そんな盗賊団がこれからは必要なんだ!! だいたいここは就業規則もなければ福利厚生もない、人にやさしくない職場だよなっ!!」
俺がそこまで一気に言うと、ガタっと音を立てて、モヒカンが椅子から立ち上がった。
「さっきからわけの分からんことを! どうしたんやボス!」
(うわぁ……きたきたきた)
早鐘のように鳴る心臓を抑え、声が震えそうになるのを必死でこらえ、俺はモヒカンに向きあった。
「じ、時代は変わるんだ。これからはガバナンス強化の“ホワイトな組織つくり”……なんだよ。わかる?」
俺もよく分かっていない。
盗賊団のガバナンスって、なんだ?
「やかましいわい! 盗賊が略奪せんでどないすんねん!!」
ギリリ……。
釘バットが床を擦る音が、不意に場の空気を凍らせた。
「なんかようわからんが、どうやらもう昔のボスじゃあないみたいやな……悲しいなあ……」
しばしの沈黙。
そして顔を上げたモヒカンはキッと俺をにらみ、釘バットを構えた。
(きたっ)
「そんなボスはみとうない! 往生せいやああああっ!!」
さっきまでのフレンドリーさを微塵も感じさせない、渾身のフルスイングが襲いかかる。
(うわっ! 自慢じゃないが俺はケンカなんてしたことないぞ……!)
だがその瞬間、体が勝手に動いた。
釘バットを華麗にかわし、拳を繰り出す──
ドゴッ!っという鈍い音を響かせて、モヒカンの顎にカウンターを入れていた。
派手な衝撃波のエフェクトもかかっていたような気がする。
(い、今のは……この体が記憶しているということか? 盗賊団首領のフィジカルが……)
思考が追いつく前に体が動いていた。
モヒカンは大きく吹き飛び、床に倒れたまま動かない。
まさか、打ち所が悪かった……なんてことはないよな?
「お、おい。大丈夫か?」
俺が声をかけると、むくりとモヒカンが起き上がった。
「痛ぅ〜効いたでボス。この強さ、やっぱボスは相変わらずやな……」
「あ、いや。俺はだな……」
「いや、もう何も言わんでええ。あんたはボスや。わしは付いていくで」
(あ、よかった。この人バカなんだ……)
それとも、やっぱり打ち所が?
一抹の不安がよぎる俺をよそに、モヒカンは話を続けた。
「ヴイオラ姐さん、鉄仮面、和尚、あんたらもええよな?」
ヴィオラは軽い溜息をついて、仕方ないわね。と首を振った。
「まあ、いいんじゃない? ボスの言う“ホワイト”とやら、見てみたい気もするし」
鉄仮面は、「猫さんのご飯は大丈夫なんだろうな〜?」と言う。
猫……何の話かは分からないが、特に異存はないようだ。
和尚は和尚で、「……うむ。これはこれでまた道よ」と、一人納得顔だ。
(おっ? 意外と素直なんだな。これもボスのカリスマってやつか?)
トントン拍子に話が進みすぎて怖い。
でも……討伐フラグ、回避第一歩だな。
破滅エンドを避けるための、盗賊団のクリーン化。名付けて“ホワイト改革”。
まだ何も始まっていない。けれど俺は確かに、歩き出した。
そして思う。
このゲームのヒロイン・アリサ。君は今どのあたりのルートを進んでいるのか……?
***
──少しだけ時は遡る。
遠く離れた地。
一台の乗り合い馬車が、ゴトゴトと王都へと続く石畳の街道を進んでいた。
馬車の室内、一人の少女が席に腰掛けている。
向かいの席には年配の女性。ふたりは穏やかに言葉を交わしていた。
肩までの金髪に、澄んだ空色の瞳。
コロコロと変わる表情には、天真爛漫な人懐っこさが滲んでいる。
その一方で、背筋はすっと伸びていた。きちんとした姿勢が、周囲の乗客にも自然と好感を抱かせていた。
年配の女性が目を細め、やわらかく声をかける。
「そうなの……アリサさん、騎士なのね。すごいわ」
少女──アリサは、照れたように小さく笑った。
「まだ入団前なんですけどね。えへへ」
ふと身を乗り出す。
その瞳には、まっすぐな光が宿っていた。
両こぶしを胸の前できゅっと握りしめ、声を張る。
「私、騎士になるのが夢だったんです! 誰かを守れる、正義の騎士になりたいんです!」
その屈託のない言葉に、車内の空気がふんわりと和やかになる。
周囲の乗客のあいだに、自然と小さな微笑みが広がっていった。
年配の女性は、自分のことのように嬉しそうに目を細める。
「まあ……素敵ね。きっとなれるわよ」
アリサはぱっと顔を明るくし、深くうなずいた。
そして、ふと窓の外に目をやる。
高くそびえる城壁と白亜の尖塔が、遠く霞んで見えていた。
──これから始まるのは、アリサの物語。
王都へ続く道は、どこまでも晴れやかだった。