第08話 魔弾
ヴィオラの手から渡された銃型の魔導ギアが、掌の中でずっしりと存在を主張する。
(たしか……“メンテしてないから使うな”って、言ってたよな)
脳裏をかすめる警告。だが、もう迷っている暇なんてない。
風を纏い、剣を構えるレオンが、こちらを見据えていた。
このままじゃ――ヴィオラごと、斬られる。
(……やるしかない)
構えた銃は、見た目こそ拳銃だが、弾倉も安全装置もない。
グリップの上、銃身の中央には、透明な球体がはめ込まれている。
宝玉のように澄んだそれは、まるで“何か”を内に宿しているように、かすかに光を湛えていた。
仕組みはまるで分からない――だが、撃つしかなかった。
指がトリガーに触れると、球体の奥に――淡い光が、ひとしずく揺れた。
――ドンッ!!
腹の奥まで響く重低音。
銃口から迸った青白い閃光が、空気を裂いて突き進む。炎の魔弾。その速さと熱量は、常識を逸していた。
だが――
「はっ、それが切り札かよ」
レオンが軽く聖剣を振るう。
風が唸り、目に見えぬ障壁となって弾丸を弾き返す。
「その程度、風に流されちまうんだよ」
余裕の笑みを浮かべるレオンに、俺は返事の代わりに引き金を引いた。
二発目。三発目。四発目――
炎の弾丸が次々に空を裂くも、風の障壁がすべてを呑み込んでいく。
(頼む……通ってくれ……!)
祈るように、引き金を握る手に力を込めた。
そのとき――
(……なんだ、これ……!?)
手のひらが灼けるように熱くなる。
(違う。これは……吸われてる!?)
体の奥底から、“何か”が銃に引きずり出されていく感覚。
魔導ギアが、俺の力を喰っている。
銃身が脈打ち、呻き声のような金属音を立てた。
「っ……なんだ……?」
レオンも異変を察したように目を細める。
そして――
次の一撃が、風を裂いた。
轟音。閃光。
風の盾を貫いた炎の弾丸が、銀の鎧を穿つ。
「ぐっ……!!」
レオンが苦痛に顔を歪めた。
(……通った……!)
声にならない息が漏れる。けれど、その喜びは刹那で消える。
(……体が、重い……)
膝が笑い、腕が痺れる。
それでも――銃は止まらなかった。
引き金に指は触れていない。
だというのに、魔導ギアは唸りを上げ、次の魔弾を発射した。
反動で腕が痺れ、視界が揺らぐ。
体の芯が空洞になっていくような感覚。命が銃に喰われている――そんな錯覚。
(……止まらない……)
レオンは苦しげに顔を歪めながら、風の障壁を張り直す。
だが――魔弾はそれを裂く。
鎧の継ぎ目に食い込み、立て続けにレオンの身体を撃ち抜いていく。
焼け焦げた金属の匂いが立ちこめ、風の渦が不自然に歪んだ。
***
「……まずいな」
グロックが低く呟いた。
レオンの背が、ぐらりと揺れる。
あの聖剣があってなお――押されている。
(あの銃……何かがおかしい)
戦場を一瞥し、グロックはミアとセラに目配せを送る。
二人は即座に頷いた。
言葉はいらない。合図はそれだけで十分だった。
だが――
「おい、そっち見ててええんかい!!」
モヒカンの怒声が割って入る。
傷ついた体を引きずりながら、突進してくる。
背後からは鉄仮面と和尚。ふらつきながらも、その眼に迷いはなかった。
「まだこっちは終わっとらんのやでえ!!」
グロックが短く叫ぶ。
「ミア、セラ!」
ミアが笑い、セラがため息をつく。
――ボゥッ!!
烈火が轟き、三人の目前に炎の壁を築き上げた。
同時に、モヒカン達の全身にじわりと重みがのしかかるような脱力感が襲う。
「はあ……広範囲に使うと、ほんと燃費悪いんだから……」
セラが小さくつぶやく。
その隙に、グロックはレオンの身体を背負う。
「撤退するぞ!!」
熱と煙の帳が彼らを呑み込んだ。
***
(……止まらない……)
銃はまだ唸っていた。だが、俺の意識はもう限界だった。
逃げ去る敵の背が揺らいで見える。
(……そうか。俺、ここまでか――)
ふっと地面が遠ざかる。
音もなく、意識が沈んでいった。
***
(……あれ?)
目を開けると、石の天井があった。
身体を起こしかけた瞬間、何かがのしかかってくる。
「ボスぅぅぅっ!!」
モヒカンと鉄仮面が、涙声で突っ込んできた。
「重い。お前ら……」
呻いた俺の横で、小さな声が震える。
「だ、団長さん……よかった……!」
ティナだった。ぐしゃぐしゃに泣きながら、こちらを見ている。
「……三日間、ずっと寝てたのよ」
ヴィオラの声が聞こえた。壁にもたれ、腕を組んでいる。
「三日も……?」
「ええ。でも、あの連中もしばらくは戻ってこないでしょうね。流石に」
俺は、天井を見上げた。
あの暴れる銃。風を裂いた魔弾。焼け焦げた鎧。そして――レオンの呻き。
「まったく……」
ヴィオラが軽く笑った。
「暴走した魔導ギアに力を吸われて、生きてるんだもの。やっぱり、ボスは規格外ね」
「……ちょっと待て。それ、今さらっととんでもないこと言わなかったか?」
「普通は干からびて死んでるわね」
(おい……)
俺は天井を見たまま、ふうと息をついた。
「でも――追い返しただけ。今回は、私たちの負けよ」
「……ああ、間違いないな」
俺の言葉に、静かに頷くヴィオラ。
ブラック冒険者ギルドの連中…。それに、聖剣を持ちだせるほどの“何者”かまでいる。
いまのままじゃ守り切れそうにない。
「このままじゃ、ホワイト改革も立ち行かないな…どうすればいい?」
「魔導ギアには魔導ギアね。でも今のままじゃ、また暴走するだけ。
――ドワーフ商工会に、正式に見てもらう必要があるわ」
(……ドワーフ。鍛冶の民ってやつか。ファンタジーだな)
俺はゆっくりと身体を起こした。
「行こう。今度こそ、“使いこなして”みせる」
ホワイト改革を、俺は、まだ終わらせる気はない。
***
その日、王都の空はどこまでも青かった。
アリサ=グランフィールは、騎士団の紋を肩に刻み、陽の差す石畳を静かに歩いていた――
彼女の知らぬ場所で、ひとつの嵐が過ぎ去ったことなど、知る由もなく。