第06話 聖剣
レオンは、カレンたちの姿が完全に見えなくなると、あらためて俺の方へ向き直った。
「それじゃあ──ボチボチ、始めようか」
にやりと口元を吊り上げ、ゆったりと構えを取る。
その姿を見ながら、俺はさっきから抱いていた違和感を、あらためてかみしめていた。
確かに不穏な男だ。
A級冒険者という肩書きも、それなりの実力の裏付けがあるのだろう。
だが──
どうも、それほどの圧は感じない。
盗賊団首領としてのこの体が教えてくれる。こいつの力量は、俺やカレンには及ばない、と。
ちらりと視線を、レオンの仲間たちに移す。
重戦士風の男はともかく──
お嬢様優等生っぽい支援術師に、ギャル魔法使い。
正直、うちのモヒカンや鉄仮面のほうが、よっぽど場慣れして見える。
──なのに、なぜこれほど余裕を見せる?
……察しはつく。
おそらくは、あの剣だ。
カレンをも退かせた、危険な“何か”があるのだろう。
それに──
レオン以外の仲間たちにも、まだ切り札がある可能性は高い。
あちらは四人。こちらは、俺と幹部を合わせて五人。
数だけ見れば、こちらが優勢だ。
だが──油断はできない。
俺が状況を冷静に分析していると、レオンが仲間たちに軽く顎をしゃくった。
「おい、お前たちは邪魔が入らないように、他の奴らを抑えててくれ。俺はこいつを──」
レオンが言い終えるよりも早く、
風のような勢いで、和尚《|おしょう》が駆けた。
無言のまま、鋭く一直線に。
その動きに、重戦士風の男が即座に反応。
後衛ふたりをかばうように立ち塞がる。
レオンの口元が、楽しげに歪んだ。
「おっと、早いな」
見ると、モヒカン、鉄仮面、ヴィオラも、それぞれの間合いで動き出していた。
俺たちの周囲に、瞬く間に緊迫した気配が広がっていく。
一瞬で、戦場ができあがった。
その喧騒の中で、レオンはゆっくりと腰に手を伸ばす。
「さてと……お披露目といこうか」
剣の柄に手をかけ、ドヤ顔全開で宣言する。
「こいつがあれば、1億の首だろうと何だろうと──」
──抜き放たれた刃が、風を裂いた。
「セレスティア・ミスティアがあればなッ!!」
刹那、剣が閃光を放つ。
白銀の刃が眩く輝き、空気が軋むように震えた。 吹き荒れる風圧が、レオンの足元から渦を巻くように広がっていく。
(セレスティア・ミスティア、だと!?)
俺の意識が、一瞬で凍りついた。
その名前を忘れるはずがない。
“攻略対象・リュシアンの専用武器”。
『銀翼のシャリオ』の中でも、伝説の聖剣。
盗賊団首領や、ラスボスの魔王をも無双するチート級アイテム……!
ゲーム内では、専用ムービーにフルボイスまで付いていた。
「セレスティア・ミスティア──風よ、我が刃となれ!」
リュシアンが、“痛い武器名と技名”を叫ぶやつだ。
──その伝説の武器が、なぜここに?
心臓が、鷲掴みにされたように締めつけられる。
偽物か? ……いや。
あの剣が放った、見覚えのある唐突な光のエフェクト。
そして、剣からほとばしる猛烈な風。
本物だ。あれは間違いなく、本物──
“本来ならば、こんなやつが所持しているはずのないもの”だ。
拳を握る指先に、じわりと汗がにじむ。
知らず知らずのうちに、呼吸が乱れていた。
レオンはなおも満足げに剣を掲げ、風をまといながら笑っていた。
──勝ちを確信した者の笑みだ。
……ふざけるな。
あれは、騎士団の門外不出。最終兵器だ。
賞金首狩りが装備しているなんて、完全に想定外だ。
俺は、ごくりと喉を鳴らした。
目の前で風を纏う剣──セレスティア・ミスティア。
それを軽々と構えるレオンに、絞り出すような声で問いかける。
「……おい。その剣……なんでお前が持ってる」
レオンは、面白がるようにニヤリと笑った。
「へえ。盗賊でも知ってるとは、有名なんだな」
剣を軽く振ると、風が弾けるように四散した。
レオンは飄々とした口調で、続ける。
「こいつは、さるルートからちょっと借りたんだよ。──レンタル品ってやつだ」
「……レンタル?」
「そう。まあ、バカ高いんだけどな」
あくまで軽く言い放つその口ぶりとは裏腹に、
レオンの瞳の奥には、鋭く研ぎ澄まされた光が宿っていた。
「だからさ──お前の首で、回収させてもらうぜ?
こいつが元取れないと、俺が赤字ってわけだ」
風が唸る。
剣が鳴る。
その光景に、俺の背筋を冷たいものが這い上がっていく。
貸し出し……だと?
一体、誰がそんなことを。
ヴァルトってやつか? 騎士団を動かせるほどの力があるのか……。
俺は、無意識に拳を握りしめていた。
***
モヒカン、鉄仮面、和尚の三人が、A級冒険者パーティと真正面から対峙していた。
後方ではヴィオラが、鞭を軽く構えながら、じりじりと間合いを詰めている。
その双眸は冷徹な光を湛え、状況を鋭く読み取っていた。
「さーて、どれから燃やしてやろっかな〜?」
魔法使いの女が、陽気に口を開いた。
ゆるめのネクタイに短いスカート。ラメ入りネイルが握る杖には、場違いなぬいぐるみのストラップがぶら下がっている。
だが──
その杖の先端に灯る橙の魔力が、軽口では済まない危うさを放っていた。
ピクリ、と和尚の眉がわずかに動いた。
「鉄仮面、あの女は任せた。俺とモヒカンは、あのデカいのだな」
視線の先には、屈強な体格の戦士。
巨大な戦斧を片手で軽々と担ぎ、不敵に笑っている。
「よーっしゃあ、いっちょやったりますか!」
モヒカンがバットを構え、勢いよく駆け出した──そのときだった。
ぐにゃ、と空気が歪む。
体の芯がひやりと冷え、膝がガクンと沈む。
「うっ……なんや、この感覚……!?」
足取りが重い。反応が鈍い。まるで、体の中の“熱”が抜けていくようだった。
戦士の背後──
黒髪の女が、左手でさらりと髪をかき上げた。
きっちりとブレザーを着こなし、シワひとつない白いシャツ。
清楚で理知的な佇まい。
そして、右手に広げた書が、淡く紫の光を放っている。
「──あらぁ? まだ立ってるなんて、すご〜い♪」
女はゆるく微笑む。
薄く開かれた瞼の奥に、ゾッとするほど冷たい光が宿っていた。
異変に気づいた和尚が駆け出す。だが、それよりも早く──
モヒカンの前に立った戦士が大地を踏みしめ、巨斧を振りかぶった。
それをバットで応じる──が、
ドンッ!
刃がバットに触れた瞬間、爆風のような衝撃が炸裂する。
「ぐおぉっ!?」
モヒカンの体が宙へと弾かれ、勢いのまま地面に叩きつけられた。
鈍い音とともに土煙が舞い、衝撃で地面にヒビが走る。
通常の武器とは明らかに異なる破壊力に、和尚の動きが止まった。
距離を取り、じりじりと間合いを測り直す。
そして低く、短く呟いた。
「……魔導ギアか」
***
モヒカンが沈むのを横目に、鉄仮面は魔法使いに向かって疾走する。
「うおぉおおおおおおあアァァァァァ!!」
奇声を上げ、鍵爪を閃かせて間合いを詰める──その瞬間。
ゴォッ!
突如、鉄仮面の眼前に炎の壁が立ち上がった。
「ぬぉっ!? 熱っつうぅぅ!!」
慌てて飛び退き、地面を転がる鉄仮面。
炎に晒されたのは一瞬だったが、焦げ臭い匂いがあたりに立ち込める。
魔法使いはその無様な姿を指さし、腹を抱えてケラケラと笑った。
「ははっ、何それダッサ」
無邪気に騒ぐ姿に、もう一人のブレザーの女がやや呆れたように声をかける。
「ミアさん。またそんな広範囲魔法を……効率が悪いですよ」
しかしミアはまったく意に介さず、笑いながら杖をくるくると回した。
「え~? なによセラ、バトルは派手にいかないと楽しくないじゃーん☆」
そして、いたずらっぽい目で言い放つ。
「セラの魔法って、なんか地味だしぃ~」
その一言に、セラと呼ばれた女の目元がピクリと動く。
「……これは“地味”ではなく“堅実”というのです。
相手の動きを封じて叩く。それが、リスクのない戦い方でしょう?」
ミアはやれやれと肩をすくめた。
「ヒーラーなのにそっちが得意なんて、ホントいい性格してるよね☆」
やり取りを見ていた戦士の男が、ふたりに低く声をかける。
「おい。遊ぶのもいいが、油断するなよ……俺の一撃で死ななかったやつは初めてだ」
セラが書物のページをなぞりながら応じた。
「……わかっていますよ、グロックさん」
***
後方で戦況をうかがっていたヴィオラが、鞭を構えたまま小さく舌打ちした。
吹き飛ばされたモヒカン。
転がる鉄仮面。
和尚も冷静ではあるが、相手の装備を前に容易には動けない。
……やはり、上位層の冒険者ともなると、魔導ギア装備か。
それにしても、まさか“全員”とは──予想の上を行っていた。
魔導ギアとは、それほどに高価で、希少なものなのだ。
ヴィオラの視線が、ふとレオンへと移る。
とりわけ、あの剣──他の三人のものとは“格”が違う。
軽く息を吐いた。
(このまま正面からやり合っても、勝ち目はない……なら)
彼女は素早く戦場を見渡し、最も安定して動けそうな味方の背に声を飛ばした。
「和尚! なんとか持ちこたえて!」
その声に和尚がちらりとこちらを見やった──が、ヴィオラの姿はすでにない。
鞭を握ったまま、足早に駆け出していた。
目指すは、砦──。




