第04話 剣を愛し、剣に愛され
──静寂。
砦の前で、俺は賞金首狩りの女戦士と向かい合っていた。
ひゅう、と風が吹き抜け、地面に積もった砂塵がわずかに舞う。
女はニヤリと口元を緩めた。
「へぇ……あんた、やっぱり強いね。隙がない」
そして、ぽつりと呟く。
「さっきの雑魚じゃ使うまでもなかったけど──あんたには、これでいくしかないみたいだね」
ゆっくりと背中の大剣に手を伸ばす。
(来るか……!)
背筋が粟立つ。
ビュンッ──!
風を裂くような音とともに、いつの間にか彼女は巨大な剣を手にしていた。
(あれ? どうやって抜いたんだ?)
背中に担いだあのサイズ……常識的に考えて、可動域が足りるはずがない。
なのに、まるで自然な流れで──
(いやいや、そんなことを考えてる場合か!)
俺は首を振って雑念を吹き飛ばした。
女はすでに構えをとっていた。無駄のない体勢。空気を押し返すような重圧。
「カレン、気をつけて」
背後から、和尚に短剣を突きつけたままのボクっ娘の声が響く。
「分かってるよ、レナ」
目が合った。お互いに互いを計る、静かな瞬間。
不意に風が唸る。
カレンの大剣が、横一文字に振り抜かれた。
「うおっ! ッぶねぇ!!」
俺は地を滑るように飛び退く。
ギリギリの距離でそれを避け、頬をかすった風圧にピリリと痛みが走った。
今のは……殺しに来てた。
(ウソだろ……!)
盗賊団首領の反射神経じゃなかったら、痛みも感じずあの世行きだった──いや、まあ一度死んでるんだが。
(って、何これ!?)
やばい。
やばすぎるっ!!
こんなファンタジ─は俺の望むところじゃない。全然キラキラしていないっ!
破滅エンドを避けるためにやっていたのに、脳筋女にキルされるなんて──冗談にもほどがある。
逃げるか?
この身体能力なら、逃げに徹すれば……!
──カレンの初太刀をかわしてから、ここまで約0.5秒。
俺の脳内はフル稼働していた。
思考の刹那を切り裂いたのは、聞き慣れた関西弁だった。
「ボスぅぅう! いてこませやぁぁあ!!」
(なんて汚い応援だ……)
だが。
ここで俺が逃げたら──こいつらは、どうなる?
“ホワイト改革”を言い出したのは俺だ。
“持続可能な盗賊団”なんて、勝手に始めたのも俺だ。
元はただの略奪集団だったこいつらを……。
俺が勝手に引っ張りまわして、こんなところまで連れてきたんだ。
(逃げる、だって?)
俺の脳裏に浮かんだのはクソ上司の顔だ。
いつも大きな顔して、いざとなると下に押しつける。あいつの尻ぬぐいで何度泣いたことか。
俺が上だったら、絶対に見捨てない。
あのとき、そんな思いで唇を噛んでいたんじゃなかったか?
(ここで逃げるってことは、俺も同じってことだな…)
大きく息を吸い──吐き出した。
あいつとは違うってところ、証明してやるよ。
俺はヘタレな元社畜だが。
この体は、あの“盗賊団首領”だからな。このフィジカルに……賭けるしかない。
俺は剣を構えたカレンに向き合う。
そして、踏み込む。
唸りを上げて袈裟斬りに襲いかかる大剣をかわし、ボディにカウンタ─を叩き込む──が、それを膝蹴りでガ─ドするカレン。
俺は腕に激しい衝撃を感じるが、ここで引くことなく体の動くに任せることにした。考えたところで何が起きているのか分からない攻防のスピ─ドだ。余計なノイズはない方が良い。
二度、三度…と打ち合ううちに、カレンの剣は俺の首元を何度も掠めた。それを皮一枚でかわしながら、俺の拳も何発かは彼女の胴や肩を捉え、鈍い衝撃を返していく。
最初のうちは歓声を上げていたモヒカンや鉄仮面も、いつしか声を出すどころか──息をすることすら忘れて戦いを見守っていた。
「ハッやるね! さすが“1億”。そうこなくちゃ面白くない」
(クソッ、このバトルマニアめ……この体は大丈夫でも俺の神経が持たないぜ)
攻防の隙をつき、後ろに跳んで距離を取る。
強い……! 完凸リュシアンとどっちが上かな。
呼吸を整える──が、このままじゃ埒があかないな。
(どうしたものか……)
カレンは大きく伸びをして、まだまだ余裕といったところだ。
「楽しいねぇ! ようやく暖まってきたところだよ。第2ラウンドといこうじゃないか!」
けっこうダメ─ジが入っているはずなんだけどな。
化物かよ……こうなったら、とことんやるしか……。
と、思ったその時。
「お─。やってるやってる」
不意に、予想外の方向から声がかかり、反射的に振り返る。カレンも同じだ。
そこにいたのは、四人の若い男女。
そのうちのひとり──男が一歩前に踏み出した。
「あんたが賞金首? ソコソコ強そうじゃん」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる男に、カレンが露骨に嫌な視線を浴びせる。
それをものともせず、男は笑う。
空気が変わった。
戦いは、まだ序章に過ぎなかった。