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第11話 次の一手

エルンハルト本家からマルグリット邸へ戻ったエドワルドは、良い話と悪い話の両方を携えていた。


客間にはマルグリットとエドワルド。

そしてアリサ、アーサー、レイラの五人。

マルグリット邸は急に人が増えて客間も手狭だったのだ。


他の面々は寛いだり、フランシーヌの穏やかな指揮のもとで家事を手伝っていた。


まずは朗報から。

エドワルドの領地で進めてきた農業振興策が評判となり、「ぜひうちでも!」と他家から要望が殺到。


本家はやや慎重な姿勢を見せつつも、ホワイトシーフ商会はエルンハルト公認になりつつある勢いだという。


その報告に、マルグリットは喜色を浮かべながらも眉をひそめた。


「……WSO認証品は禁制のはずだろ。

ジジイはともかく、他家の連中までよくその気になったな。全員が怖いもの知らずか?」


その疑問は、続く“悪い話”にも直結していた。


近く、規制緩和の動きがあり──特定条件下でWSO認証品の使用を認める公布がなされるという。

言うまでもなく、マルセル主導だった。


アリサは無邪気に声を弾ませた。


「じゃあ、この国で魔導ギアが普及するんですね!

みんなが魔法を使えるようになるんだ!」


だがアーサーが、その期待をあっさり打ち消す。


「まあ、気持ちは分かるけどな。

前に言ったろ? 魔導ギアの輸入を禁じたのは、この国の金が国外に流れる一方になるからだ。

そこが解決してねえのに解禁なんて──裏があるに決まってる」


エドワルドが重々しく頷き、説明を加える。


「特定条件ってのはな……この国での調査や監査を受け付けない企業に取引を限る、って話らしい」


「そんな……」

レイラが訝しげに眉を寄せる。


「WSO認証を持つ企業で、そんな条件を飲むなんて普通はあり得ません。

でも、マルセル大臣が肝いりで進める以上、何か確証があるはずですよね?」


「邪神カンパニーとか言っとったな」

エドワルドが短く答えると、レイラはますます考え込んだ。


邪神カンパニー──大手中の大手。

王国と取引するリスクなど百も承知のはずだ。

それでも乗り出すというなら……何を仕込んでいるのか。


「じゃがなあ……」

エドワルドが声を潜める。


「邪神カンパニーとの窓口はマルセル一派だ。

魔導ギアと精霊エネルギーを導入する対価は資源で払え、さらに外貨も獲得できるって話だが──その過程で、かなりの中間マージンがやつらの懐に入る仕組みになっとる」


アーサーが「ほらな」とアリサを見やる。


だがエドワルドの話はまだ続いた。


「しかも、やつらはこの国に加工工場やらなんやらを建てる気でな。産業誘致なんて綺麗事を言っとるが、実際は安い人件費でこの国の人間をこき使う腹だ。

……当然、労働者の仲介をしているヴァルトが潤う」


レイラは額に手を当て、盛大にため息をついた。


「そんなことをすれば、後でどんな問題になるか……。魔王カンパニー時代には考えられなかったことです」


マルグリットは「ふーん」と低く唸る。


「なるほど。

つまり──エルンハルトとしては、マルセルの利権に対抗するためにホワイトシーフ商会に乗りたい。そういうわけか」


アリサには細かい理屈は分からなかったが、ホワイトシーフ商会がビジネス拡大の機会を得たらしい、ということだけは理解できた。

それは単純に嬉しくて、思わず笑顔を見せる。


「エドワルド様、いろいろありがとうございました。

ホワイトシーフ商会の皆さんのこと……これからも楽しみです」


「まあな」

エドワルドは軽くうなずき、アリサを見た。


マルグリットを説得するときに見せた炎のような気配。

それを目の当たりにして、彼の胸にも久々のモノづくりへの情熱が蘇っていた。


「ただ、そうなると魔導ギアの生産もドワーフ商工会だけでは追いつかなくなるかもしれん。ワシの工房も一刻も早く再開したくてな。

──マルグリットよ。そういうわけで、そろそろ帰るとするよ」


その言葉に、マルグリットはにやりと口角を上げる。


「ジジイ、急にイベント続きだな。……今度遊びに行くから元気でいろよ」


こうしてエドワルドは、レイラとその護衛のレオン、グロックと共に早々に領地へと帰還することとなった。


***


見送るアリサたちに、レイラは笑顔を向けた。


「くーちゃんも、相変わらず元気そうで良かった。

新しい騎士団、楽しみにしていますね」


クラリスはふっと息を吐く。


「くーちゃんはやめろと……まあ、いい。

まったく。あの教会のときから目論見があったとはな。

だが、おかげでアリサも私もここまで来られた。今となっては感謝だな」


レイラはイタズラっぽく笑う。

「アリサさんのこと探れるかなーって近づいてたんですけどね。大成功でした」


当初はヴィオラ──正確には盗賊団首領の依頼でアリサの動向を調べていたのだ。


だが、レイラはふいに真顔になる。


「これからの戦いですが。

邪神カンパニー……。彼らは指折りの大企業です。

それが王国体制と組んだ。正直、分が悪いどころじゃないですよ。くーちゃんも、魔導ギアの力は知っていますよね?」


「ああ。ここに来る途中に……」

クラリスはS級冒険者カレンとの模擬戦を思い出す。

互いに本気ではなかったが、あの魔導ギア──おそらく真正面から挑んでいたら勝てなかった。


戦いの優劣を分けるのが魔導ギアだとすれば、確かにこちらの劣勢は明白。


「だが、それでも引くわけにはいかない」


クラリスのまっすぐな眼差しに、レイラは静かに頷いた。


「そうですか……。でも大丈夫。アリサさんには精霊が付いています」


そして、アリサの目をまっすぐに見つめる。


「国際機関の監察官としては不適切ですけど……私はだんぜん、アリサさんの味方です。

ホワイトな希望、実現しましょうね」


アリサが花のような元気な笑顔を見せると、レイラはふたりと握手を交わし、エドワルドたちと共に去っていった。


***


エドワルド一行が去ったあと、マルグリットは食堂に全員を集める。


フランシーヌの淹れた茶の香りが漂う中、ジャージ姿が口を開いた。


「マルセルが怪しい動きしてるとなると、あたいたちもうかうかしてらんねーかもな。

おい、アーサー、次の手はなんだ?」


開始五秒での丸投げ。

これが前王妃の指揮力かと、アリサは内心で感心してしまった。


アーサーは苦笑しつつ受け止める。


「……こないだは“焦るな”って言ってたのにな。

まあいい。これから必要なのは、王都に対抗する勢力作りだ。経済力でも、軍事力でもな」


その言葉に、アリサはぴくりと反応する。


「軍事力……? 同じ国の人同士なのに。

それが騎士の正義だとは、私には思えません」


だが、それを制したのはクラリスだった。


「まずはアーサーの話を聞け。

泥沼の内戦を望んでいるわけではない……そうだろう?」


「そうだ」

アーサーは頷き、話を続ける。


「邪神カンパニーとかいう連中は、むしろ内戦を大喜びで利用するだろうがな。

俺たちは、力を振るうのも最低限に抑えなきゃならないが、簡単にはつぶされない勢力が必要だ。

──王都の連中を孤立させる。地方の封建貴族たちを束ね、連合を作るんだ」


アーサーはそこで一同をぐるりと見渡す。


「そして……封建制の廃止を訴える。しかも、当の封建貴族自身の口からな。

新しい国作りを掲げ、国王に首を縦に振らせるんだ」


マルグリットはカップを手に取り、静かに茶をひと口。


「ふーん、雑だけど……まあ、筋は悪くないんじゃねーの。

地方貴族の連中も、このままじゃマルセルや王都のやつらに食い物にされるのは目に見えてるからな。

それに、今の体制が限界だってのは、薄々分かってんだ」


そこへ、アリサの明るい声が弾む。


「さすがリーダー!

そうやって、エルフ国のような体制に移行して、正式に国を開くんですね!」


エルフ国にも王室は存在するが、それはあくまで象徴にすぎない。

いわゆる立憲君主制だ。


一方、この国はいまだ王政を名乗りつつも、実態は国王と貴族の間に立つ五大臣が、自分たちの意に沿う意見だけを通す仕組み。


アリサが思い描くモデルは、エルフ国に近い。

国王の決裁権はなく、選ばれた議員──元王族や貴族、そして平民から成る議会が政務を担う。当然、五大臣の制度は廃止だ。


そして、国としてWSOの査察を受け入れる。

それこそが、アリサが目指す「次の国」の姿だった。


「……ですよね!? アーサーさん!」


熱を込めて一気に語り切ったアリサに、アーサーは「まあな」と軽くうなずく。


マルグリットは目を丸くし、意外そうに口を開いた。


「おいアリサ。お前、そんなこと考えてたのか。

なんで最初に言わねえんだよ……ただのアホじゃなかったんだな」


いままでどういう評価をされていたのかは分からないが、どうやらマルグリットの見る目が少し変わったらしい。


「はい! レイラさんに教えてもらったんです」

アリサは嬉しそうに答える。


「へえ、あのスパイ女がねぇ……。

ま、なんにせよ五大臣潰しに政治的な決着の道筋が見えたってのはいいことじゃないか。あたいは暴力は嫌いだからな」


──つい先日「脳天に鉄パイプぶち込む」と豪語していたことは、都合よく忘れられているようだった。もちろん誰も突っ込まない。


そこにロイが口を開く。


「あの……オレみたいな小貴族にはよく分かんないんだけどさ。

王都に逆らおうなんて貴族、ほんとにいるのかな?」


武闘派のヴィエールは別として、多くの貴族は自領の維持で手一杯。

それすらままならず、領民を契約労働者として差し出す有り様だった。


黙って聞いていたカインが、低く呟く。


「全員が全員というわけじゃない。

むしろ大多数は傍観者だろう。だが──大多数の傍観者を動かすのは、一部の大きな声だ」


前王妃マルグリットの庇護下に入ったのも、そのため。

彼女が立ち上がれば、後に続く者が必ず現れるだろう。


「それとだ」

アーサーが、不敵に口角を上げる。


「チマチマ中小貴族を集めてたらキリがねえ。

まずはエルンハルト本家。それから……」


鋭い声が遮った。マルグリットだ。


「イライリヒか? あいつらが組むとは思えないけどね。

知ってんだろ、エルンハルトとの関係は」


地方大貴族イライリヒ。

かつてWSO査察で最初に問題を指摘された領地だ。もっとも、蓋を開けてみればイライリヒ領だけではなかったのだが。


だが、王都中央からの風当たりは苛烈だった。

制裁的な税を課され、王城の改修工事を強制されるなど、狙い撃ちのように経済力を削られていった。

まるで王国全体の貧困を、イライリヒ一族に押しつけるかのように。


当然、彼らは反発した。

一時は内乱の火種となったが──それを未然に抑えたのが、他ならぬエルンハルトだった。


つまり、イライリヒの目から見れば、エルンハルトは体制に尻尾を振る「王都の犬」。

仇敵とさえ言える存在だった。


マルグリットは厳しい声で続ける。


「あいつら、ちょっとエキセントリックすぎるからな。

育ちのいいあたいとは肌が合わねえな」


その言葉は冗談なのか本気なのか──アリサには判別がつかない。

けれど、彼女はアーサーの作戦を信じていた。


あらん限りの声を張り上げる。


「わかりましたっ!!」


にこにこと微笑むフランシーヌを除き、全員の肩がビクッと跳ね上がる。


「そのイライリヒさんたちも、“ホワイト”の仲間にするんですね!」


ロイが小さく「またそのパターンかよ……」と呟いたが、すぐに笑顔に変わった。


「ま、そうだな。やろうぜ、アリサ」


彼の胸は、新しい物語への高鳴りでいっぱいだった。


こうして、前王妃マルグリットのもとで、アリサたちの新しい国づくりは小さな一歩を踏み出すのだった。

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