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第07話 新たな出発

ヴィエール国境警備隊駐屯基地。


基地といっても、そこに並ぶのは大型のテントがいくつかあるだけだ。

木造の兵舎も、石造りの要塞もない。


──何でも、厳しい自然環境の中で過ごすのも彼らの修練の一環だという。

冷暖房など望むべくもなく、夏は灼熱、冬は極寒。

吹きすさぶ風がテントを揺らし、時に豪雨が叩きつける。


それでも彼らは怯まず、むしろそれを当然のように受け入れている。

快適さを切り捨て、あえて過酷を選ぶ。

その徹底ぶりこそが、ヴィエール国境警備隊を“人外の軍”たらしめているのだろう。


……まあ、好きでやっている分には口出しする気はない。


だが、指揮官用のひときわ大型のテントに通された俺と幹部連中は、ダイレクト地べたに胡坐(あぐら)だった。


ヴィオラだけは隅で腕を組んだまま立っている。

そこへヒルダが現れ、躊躇なく腰を下ろすと、冷静な声を放った。


「さて、これからの予定だがな……」


こいつ。

何事もなかったかのように振る舞っているが、ついさっきまで戦意を失った全員を前に一人だけ血走った目で叫び、ついには自ら剣を抜こうとして──弟二人に羽交い絞めにされていたのだ。


やはりクラリスの親戚だけあって、熱血仕様のようだ。

この世界には、どうしてこう極端なやつしかいないのだろうか。


そこへスコットが現れ、地べたにぬるい水の入った木のカップを置いた。

……常識人のように見えるが、やはりヴィエールなのだ。


ヒルダの話は続く。


「二週間は、ゲートの先の魔王領との緩衝地帯で過ごしてもらう。

テントや食料は支給しよう。これから王都に盗賊団殲滅の報告を行い、手続きを済ませてから移動してもらう。

その間、役人の立ち入りなどがあるかもしれんからな」


そこに異存はなかった。


緩衝地帯は国境警備隊がいないため、魔獣の出現などは自らで対処するしかない。

だが、鉄仮面とモヒカンはカレンの指導を受け、魔獣ハントの経験をそれなりに積んでいる。問題はないだろう。


ひとしきり説明が終わると、ヒルダは話を締めくくった。


「我々はアリサに賭けているが、それと同じくらい貴様らのビジネスにも期待している。この先、協力関係を築きたいものだな」


……さっきは「血祭りにあげろ!」とか言っていた気もするが。


まあ、済んだ話はいい。


俺はヒルダに確認してみた。


「なあ、アリサは新しい騎士団を作るらしいが。

そこにヴィエールも加わるんだろ?

相手は王都騎士団や軍になるかもしれないからな、戦力は必要だろう」


ヒルダはうむ、と頷く。


「国内情勢がどうあれ、国境の安全は確保しなくてはならない……。

その意味で全員とはいかないが。

スコットはアリサの元に派遣する予定だ。他にも、各分家からも合わせて数十名といったところだ」


スコットの実力は未知数だが、強キャラの匂いしかしない。

背後を取られたときのあの気配の消し方──あれだけで十分だった。


それが十数名も加わるとなれば、率直に言って戦力は申し分ない。


「わかった。協力感謝だ。

俺たちもヴィエールとは、くれぐれも事を構えたくはないな。……身を持って知ったよ」


そう言うと、ヒルダは不敵に口角を上げた。


……おそらく、姉弟の中でヒルダが一番の実力者だ。

S級冒険者にも匹敵するかもしれない。ゲーム本編に登場していたら魔王も倒せたかもな。


恐ろしい連中だ。


***


俺たちは旧魔王領との緩衝地帯でキャンプ生活を送っていた。


食料は支給……という話だったはずなのだが、渡されたのはわずかな干し肉と固い麦パン。

聞けばこれがヴィエールのスタンダードであり、決して嫌がらせではないらしい。


だが──。


俺たちはストイックな変質的軍隊ではない。


仕方がない。タンパク源補給のために魔獣ハントだな。


そこで組まれたのが、鉄仮面とモヒカンの即席魔獣ハントチーム。そしてギルバート。


……こいつは、なぜか当然の顔をしてついてきていた。


「なあ、あの炎のやつ。もっかいやったらよ、こう返してたんだよな。

そしたらお前、瞬殺じゃね? なら俺の勝ちってことにならね?」


どうやら鉄仮面に固執しているらしい。


ヒルダも匙を投げているようで、好きにしろと言って放置。

ヴィエール一族、自由すぎるだろう。


「なあ、国境警備の有難い任務があるんだろ?

こんなところで遊んでていいのか?」


俺が声をかけると、ギルバートはヒラヒラ手を振った。


「あー? 姉貴とスコットがいれば全然問題ねえよ。

俺はアリサっていう見たこともない小娘よりも──あんた達と面白いことがやってみてえなあ」


どうやら気に入られたようだ。


彼の力量は疑いようもない。新戦力の加入となればありがたい。


「そうか。うちは来るもの拒まずがモットーだからな」


俺が親指を立てると、にやりと不敵な笑い。


「……そんじゃ、ボスに役に立つってところを見せつけてやらないとな」


そう言うと、ふらりと消えた。


数刻後。


肩にずしりと担いで戻ってきたのは──見たこともない大型魔獣。


そして自然と新入り歓迎会の宴が始まった。


***


ギルバートは焚火の炎を見つめ、ぽつりと呟いた。


「魔導ギアか……。

俺たちはそんなもの邪道だって教わってきたがな。

……だが、そっちのスキンヘッド。あれは正直、度肝を抜かれたぜ」


視線の先には和尚。

彼の対人用魔導ギアは、屈強な国境警備隊を十数名まとめて無力化したのだ。


「あいつらが手も足も出ないなんてな……。

ああいうので攻められたら、“鉄と血のヴィエール”なんつっても通用しねぇんだろうな。

……これも時代ってやつか」


──意外と状況認識には長けている。

単なる脳筋キャラではなさそうだ。


俺たちに興味を示したのも、おそらくそこだろう。

新しい技術を取り入れることが、一族の生き残りに不可欠──そう踏んだからだ。


だからこそ、ヒルダも強くは反対しなかったのだろう。

野蛮かと思えば、妙に理性的でもある。……面白い男だ。


「俺たちは戦争したいわけじゃない。

だが、この国の遅れた産業を立て直すという目的は──ヴィエールの利害とも一致するはずだ」


そう告げると、彼は小さく「……そうだな」と呟き、火を見つめたまま呟く。


「俺らの次の世代には、剣を振る以外の道もある……そう教えてやりてぇもんだ」


ぱち、と焚火が弾ける音が夜気に溶けた。

彼らもまた、自らの未来のために戦っている。俺たちと同じように──。


***


──そして予定を少しオーバーしての三週間。


緩衝地帯での野営は、鉄仮面・ギルバート・モヒカンが魔獣ハントと組手に明け暮れ、

和尚は兵を抑える術をさらに磨き、

ヴィオラはスコットと共に王都の情勢を探り……。


瞬く間に日々は過ぎ去っていった。


***


俺は王都から帰還したヒルダと別れの挨拶を交わす。


「それじゃあ、世話になったな。報告はどうだった?」


ヒルダの到着と同時に、ドワーフ商工会の迎えの馬車がやってきていた。


ヒルダは肩をすくめ、苦々しく笑う。


「まあ、予想どおりさ。

やれ“火あぶりは野蛮”だの、“証拠を見せろ”だの、貴族どもが好き勝手に騒いでね……。最後は宗主の一言で黙ったけどね」


ヴィエール宗主、ゴードン。クラリスの実父にして、一族を束ねる男。

その武威は国中に鳴り響いていて、王都の軟弱な貴族など正面切って意見を言えるものではないという。


「愚弟をくれぐれも頼むよ。

頭に血が上りやすくて扱いに困るんだが……まあ、力にはなるだろうさ」


ヒルダに言われたくはないだろうが。

だが、彼女も人の子。弟のことは心配なのだろう。


「ああ。そっちもアリサのことをよろしく頼む。

俺にとって、大切な人なんだ」


そう言うと、軽く手を挙げて了解の合図。

なんとも頼もしい味方だ。


こうして俺たちは国境を離れ、仲間の待つドワーフ商工会の街へと向かっていった。


ホワイト盗賊団は壊滅。

これからはまっとうな商社として活動。


その目論見は完璧なように思われたのだ。

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