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第06話 ヴィエール三姉弟

国境警備隊の男、ギルバート。


他の隊員たちも猛者揃いだが、こいつは明らかに頭ひとつ抜けている。

さすがクラリスの縁者だ……。

アリサはヴィエール一族を味方につけたらしいが、魔導ギアを持たなくても、こんな化け物じみた連中がいるなら心配なさそうだ。


──だが、今はそんな先の話をしている場合じゃない。

目の前の男は、どう見ても“お約束のバトルマニア”そのもの。

力試しイベントの発動だった。


ヒルダはため息をつき、鋭く声を投げかける。


「おい、ギルバート。指揮官は私だ。黙って従え」


だが、それを涼しい顔で受け流す。


「悲しいなあ……姉貴。任務放棄かよ。

指揮官様がご乱心みたいだからな──ここからは俺が仕切らせてもらうぜ」


そう言い放つと、ギルバートはわざとらしく双剣を掲げ、周囲の猛者どもに向き直る。


「聞けよ! 盗賊どもは打ち首からの火あぶり──そういう段取りだそうじゃねえか!

お前ら、気合い入れてけよ!!」


「押忍ッ!!」

掛け声とともに、隊員たちが一斉に武器を構える。


「へえ……」

ヒルダがこめかみに青筋を浮かべ、猛禽のような鋭い眼差しをギルバートへと向けた。


「そこまで言うなら、男を見せるんだろうね。

……盗賊に遅れを取るようなら、お前の首を逆向きに付け替えてやるよ」


お前は止める役割だろう。

なぜ自らバトルの炎に油を注ぐんだ。


仕方がないな。

さすがにこんなところで人死は勘弁だが……やるしかないのか。


そう思った矢先──耳に飛び込んできたのは、どこか嬉しそうな関西弁だった。


「なんや姉ちゃん、盗賊舐めたらあかんで?

──よう見さらせよ」


モヒカンはニヤリと口角を上げると、両腕に装着した腕輪型魔導ギアを発動させる。

次の瞬間、フッと姿が掻き消え──気づけば隊員たちの真っただ中。


「うおっ!?」「どこから──」


驚く間もなく、釘バットの大振りが横薙ぎに走る。

ガギンと重い音が響き、大柄な戦士三人が一瞬で吹き飛ばされ、地面に転がった。


腕力向上ギアと、鉄仮面がかつて使っていた速度向上ギア。

その併用は、肉弾戦においては恐ろしいまでに噛み合っている。


だが──豪快な大振りで生まれた隙を、見逃す相手ではなかった。


突如、背後に影が落ちる。

振り返った瞬間、モヒカンの眼前に迫ったのは、まるで岩塊そのもののような巨体。

その大きさは、屈強なモヒカンすら子供に見えるほど。


「なっ──」


言葉を発する間もなく、巨大なスレッジハンマーが振り下ろされる。

その速度は重量を感じさせないほど鋭い。


轟音とともに地面が陥没し、土煙が舞い上がった。

釘バットごと頭上から叩き潰されたモヒカンは、地に沈み込む。


巨漢の男は、振り抜いたハンマーを肩に担ぎながら冷ややかに呟いた。


「隙だらけだな……男が魔道具に頼っちゃいかんよ」


隊員達は嘲笑混じりの高笑い。


……まあ、いつもならここで一発芸を披露して退散がモヒカンの役どころだろう。

だが、こちらこそ全然余裕だった。


土煙が晴れる。が──そこにモヒカンの姿はなかった。


「何さらしとんじゃい、ワレェ!!」


頭上から響く怒号。


見上げれば、大男の遥か上空に跳躍したモヒカンの姿。

その身体は硬化ギアの能力で守られ、三つの魔導ギアが光を放っていた。


スレッジハンマーの直撃を受け止め、なお沈まず。

逆に、遥か高く跳躍していた。


叫ぶやいなや、釘バットが大男の兜に叩き込まれる。


「道具は使ってナンボやで! なあ、野蛮人の兄さん」


……お前が言っても説得力がないけどな。


だが、大男は確かにダメージを食らったようだった。

兜が割れ、よろめきながら膝をつく。


「はい、ウォーディン、お前死亡ね。

……トドメ刺さないのか?」


ギルバートがにやにやと問いかける。


モヒカンはその視線をまっすぐに受け止め、不敵に笑った。


「わしら文明人やで。そないなこと、するかいな」


──思いっきり釘バットのフルスイングを叩き込んでいたけどな。

基準はよくわからないが……あの略奪命だったモヒカンも、成長したものだ。


俺がモヒカンの戦いを眺めているあいだにも、もちろん相手は黙っていたわけではない。

だが、和尚の魔導ギアが展開する物理障壁は、並の剣や槍では傷ひとつ付けられない。


攻めあぐねる敵兵を前に、和尚は淡々と特殊警棒を振るう。

打ち込まれた相手は筋肉が痺れ、動きが鈍り──そのまま次々と沈黙させられていった。


派手さこそない。

だが、対人戦での制圧力においては無類の強さを誇っていた。


そこへ鋭い怒声が飛ぶ。


「貴様らァ!!

それでもヴィエール国境警備隊か!!

恥を知れ!! 今すぐ腹を切れッ!!」


振り向くと、ヒルダが顔を紅潮させて怒鳴っていた。

こういうキャラだったのか。


なおも興奮は収まらない。声をあらん限りに張り上げる。


「ギルバート! やってしまえ!!

賊どもを血祭りにあげろ! 肉片に変えてしまえッ!!」


……おい。

やっぱりコイツもクラリスの血縁だな。


少し呆れながらヒルダを眺めていたそのとき──背後から静かな声がかかった。


「あの……」


ビクリと肩が揺れる。

盗賊団首領に悟らせず背後を取るとは……只者じゃない。


振り返ると、若い男が立っていた。

特殊部隊風のベストに動きやすそうな服装。そして浮かべているのは困り顔。


いつの間に……?

俺の周囲にいた団員やヴィオラまで一斉にどよめく。


男は敵意がないことを示すように、両手のひらを胸の前で広げた。


「すみませんねえ、ご迷惑おかけして。

うちの家族、頭に血が昇りやすくて……」


するとその存在に気づいたヒルダが、さらに顔を紅潮させて叫んだ。


「スコット!! 何をボサッとしてる!!

その男の首を掻っ切れッ!!」


……ちょっと黙っててくれないかな。


目の前の、スコットとかいう男。

一見、優男で細目。柔らかい物腰。


──だが、俺には分かるぞ。

こういうタイプは、強いと相場が決まっている。


ただし、背後を取りながら攻撃してこないあたり……少なくとも会話は通じるやつだろう。


俺は相手の出方を伺うように言葉をかけた。


「なあ、俺たちは別にバトルしたいわけじゃないんだ。

あんたたちも、この国を変えるために動いてるんだろ?

なら、協力し合うべきじゃないかな」


背後から、ヒルダの怒声が飛ぶ。


「黙れ痴れ者!! スコット、耳を貸すんじゃないッ!!」


だがスコットは完全にスルーし、困ったように俺へ向き直る。


「そうなんですよねぇ……。

どうしてこんなことになってるのか、僕にも分からないんですけど。

申し訳ないですが──ギルバートと戦っていただけません?

あれを倒したら、さすがに納得すると思うんですよ」


「お前、兄に向かって“あれ”とはなんだ」

ギルバートは煙草に火をつけ、ふうーっと煙を吐いた。


「……いいぜ。一番強いのがかかってこいよ」


ヒルダが息巻く。


「ギルバートを倒すだと!? はっ!

そんなことができたら、鼻からスパゲッティを食ってやるわ!」


なんだこの姉弟。


だが、いい加減決着をつけなければならない。

うちで一番強いのは盗賊団首領──つまり俺だ。だが……。


ちらと横を見ると、鉄仮面がウォーミングアップの舞を始めていた。

さっきはやつの波状攻撃に翻弄されたが、リベンジに燃えているようだ。


レナとの模擬戦から数日。

魔王の指南で精霊格闘術を叩き込まれた鉄仮面は、もはや以前の彼ではない。


俺の見立て──というか盗賊団首領の勘では、この男の戦闘力は、魔導ギアを解放したフルスペックのレナには及ばない。

だが、修行前の鉄仮面ならば到底相手にならなかっただろう。


「フオオオオオオオオオオオ!!」


大気を震わせるシャウト。

その拳と脚に、ボウッと炎が灯る。


咄嗟に印を切り、空中へ蹴りを放つ。

爆ぜる風に乗って炎の弾丸が一直線にギルバートを襲った。


ギルバートは双剣を閃かせ、あっさりと炎を弾き飛ばす。

散った火花の中、不敵な笑みが浮かぶ。


「さっきも妙な攻撃を見せてたが……」

双剣をクロスに構え、低く腰を落とす。


「──お前が相手ってことでいいんだな」


言うが早いか、疾風のように駆けだす。

砂煙を巻き上げ、双剣の刃が風を裂く。


しかし──鉄仮面が再び印を切った。

腰を落とし、大地をダンッと強く踏み鳴らす。


瞬間、空気が震えた。

砂塵が踊り、大地から湧き上がる見えぬ圧がギルバートを包みこむ。


「……ッ!?」


突進が、まるで足枷をはめられたかのように鈍る。

双剣の切っ先が届くより先に、鉄仮面の炎を宿した拳が唸りを上げた。


剣をかわし、軽量な皮鎧に守られた腹を右拳で撃ち抜く。

肺の中の空気がすべて絞り出された瞬間、間髪入れず足払い。


ギルバートの体勢が崩れる。そこへ逆の掌底を顎へ叩き込む。

火花が散り、鍛え抜かれた肉体がのけぞった。


さらに踏み込み、炎をまとった膝蹴り。

尾を引く火線が風を裂き、胸板を激しく打ち抜く。


そして畳みかけるように、回し蹴り。

轟く爆ぜ音、燃え散る火の粉が弧を描き、戦士の肉体を吹き飛ばした。


──俺は目を見張った。

初手で意表を突き、そのまま連撃へとつなげる。以前の鉄仮面からは考えられない……さすが魔王だ。


だが、ギルバートがこの程度で倒れるはずがない。

すぐさま立ち上がり、口中の血をブッと吐き捨てると、双剣をだらりと下げ──力を抜いたように見せかけた。


……何か来る。


同じく鉄仮面も、空いた間合いを逃さず複雑な印を切る。

両脚を広げ、右手を大地に突き、まるで獣のような突進の構え。


途端に空気が張りつめ、場の全員が息を呑む。


だが──


「兄さん……」


不意に響いた声。

見ると、スコットがギルバートの背後を取っていた。


「その技はダメでしょ。

……盗賊の人だって、後に引けなくなっちゃうよ」


そう言って、肩に左手をポンと置いた。


ギルバートは不敵な目を弟に向け──次の瞬間、口角を大きく吊り上げた。


「バーカ。マジになってんじゃねえよ」

豪快に笑い、双剣を肩に担ぐ。


「力試しイベントだって言ったろ? こいつ合格じゃん」


そのとき、切り裂くような怒声が響いた。


「おい! まだお前も相手も心臓が動いてるぞ!!

一度剣を抜いたら、息の根が止まるまで振るい続けろ! ぶち殺せ!」


ヒルダの興奮は一向に収まりそうにない。


弟ふたりは「どうする? あれ」と顔を見合わせていた。

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