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第14話 小さな灯

あれから盗賊団は、ため込んでいた略奪品をすべての村々に返還した。


最初の村のように冷たい反応ばかりだろうな、と覚悟していたのだが中には好意的に迎えてくれるところもあった。

ティナが同行してくれたおかげなのかもしれないが。


とにかく、少しずつでも評判を回復していくしかない。


そして、討伐フラグについて考える。


盗賊団が王国内で現在どのような扱いになっているのか、騎士団の状況がどうなっているのかを知ることはできないのだが、俺の知識ではゲーム進捗を左右するキーキャラクターは四人いる。


まずは、ベアトリス。


彼女は騎士団のカリスマにして、王国秩序の象徴。


ゲームでは麗しのお姉様騎士として人気が高く、グッズ展開も一番多かったな。

俺もお布施したものだ。


ベアトリスが盗賊団討つべしと判断した瞬間から騎士団は動き、彼女に心酔するアリサやリュシアンがバーサーカーになって襲ってくる……。


俺は寒気がした。

彼女が敵に回ると終わり……まだ討伐判断に至っていないことを願うばかりだ。


***


──王都騎士団講義室。


階段状に並んだ座席が半円を描くように広がる教場。

正面の壇上はわずかに高く設けられ、教官の姿がすべての席から見渡せる構造だ。


アリサとロイの新兵ふたりは、並んで座席に腰掛けていた。


教練の時間。

騎士団には、肉体を鍛える訓練だけでなく、座学を中心としたカリキュラムも組まれていた。


内容は、規律・礼節・倫理。そして、戦術理論や部隊運用にまで及ぶ。


騎士とは、ただ剣を振るう者ではない。

“何のために戦い、いかにして守るのか”。その本質を問い、身に刻ませるための時間だった。


若き新兵たちにとって、それは単なる知識の詰め込みではなく、騎士としての「在り方」を学ぶ場でもあった。


その教練を担当するのは、ベアトリス=ヴァン=リリエンフェルト=シュトラール。



──王都騎士団の華にして、秩序の体現。

そして、将来の団長候補として名高い上級騎士である。


上級騎士の座は、王国内において中位以上の貴族でなければ()けないという不文律がある。

ベアトリスの生家は王都に拠点を構える名門にして、政戦両面で影響力を持つ有力貴族の一角。


その麗しき名は、剣と品格を備えた騎士の象徴として、同輩のみならず上層部からも一目置かれていた──



教壇に目をやると、手際よく資料を配るミレーヌとセリーナの姿があった。


そして、開始時間となりベアトリスが静かな歩みであらわれた。


その瞬間から、講義室の空気が変わる。


青を基調とした騎士団の礼装に身を包み、金のブローチが胸元で静かに光る。

プラチナの髪にアメジストの瞳──名高い職人が丹精を込めて仕上げた人形のような、整った容貌。


だが、その美しさだけが彼女のすべてではなかった。


ベアトリスが教場の中央に立つと、目に見えぬ威厳が空間を支配し、誰もが思わず息を()んだ。

視線は自然と彼女に引き寄せられ、耳はその声を待ち焦がれるように静まる。


アリサも例外ではなかった。

彼女は、講義開始早々からベアトリスの“世界”に飲み込まれていた。


「──騎士とは、民の楯であり、王国の(いしずえ)であるべき存在です。それは時に、己を切り捨ててでも貫かねばならない覚悟なのです」


その声は、決して大きくはない。

だが、自然と届き、心の奥へと染み込んでくる。


アリサはベアトリスの声を聞き漏らすまいと、前のめりの姿勢になっていた。

いつしか、手は止まっている。ノートに書き起こすどころではない。


ただ──


ベアトリスの声に包まれていたい。

今は、その欲求がすべてだった。


だが、唐突にその空気が破られる。


「そこのあなた、今の復唱してみて」


ハッと我に返る。

ミレーヌが、隣の席のロイを指していた。


机に(ひざ)をついて講義を聞いていたロイは、突然の問いに、「あー……」と言葉を発しただけで固まってしまった。


ミレーヌは、「やれやれ……」といった表情で全員を見渡す。


「あなた一人じゃないわよ。みんな、きちんと集中しなさい。ベアトリス様の講義は、すべて頭と精神に叩き込むこと」


冷ややかな忠告を残し、彼女はベアトリスに小さく頭を下げてから、静かに脇へ下がった。


(危なかった……)


アリサはロイに同情しつつも、自分があてられなかったことに密かに安堵(あんど)しながら、教本とノートへと意識を戻す。


けれど、心はまだ、あの声の余韻の中にいた。


***


講義が終わり、アリサは隣でぐったりしているロイに声をかけた。


「だ、大丈夫? さっきの……びっくりしたね」


ロイは頭をかきながら、情けない笑みを浮かべる。


「いやー、まいった。俺、こういう座学って苦手なんだよな。ちょっと退屈でさ」


退屈? あの講義が?

アリサは、信じられないものでも見たかのような目でロイを凝視(ぎょうし)した。


──そのとき。


鈴の音のような、涼やかな声が響いた。


「あら。退屈だったかしら?」


アリサは硬直した。

声の方向を見るまでもなく分かる。


「い、いえっ! 拝聴しておりましたッ!」


ロイは即座に立ち上がり、最敬礼。姿勢が直角すぎて、むしろ滑稽である。


アリサは、ゆっくりと目線を向けた。


そこには、教壇のときと同じ、優雅な微笑(ほほえ)みを浮かべるベアトリスの姿があった。


「アリサさん。少し、お時間をいただけるかしら?」


え……?


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


(ど、どうして……? どうして、ベアトリス様が……私に?)


でも、次の瞬間には──


「は、はいっ!」


アリサは椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、声を張っていた。


***


カーテン越しに陽光が揺れ、柔らかな光がふたりを包む。

ベアトリスはアリサに向けて、穏やかに声をかけた。


「騎士団での暮らしには、もう慣れましたか?」


不意に投げかけられた問いに、アリサは一瞬だけ戸惑う。

だがすぐに、明るくうなずいた。


「はいっ! 少しずつですが……皆さんが優しくて、毎日がとても充実しています!」


ベアトリスは静かに目を細め、(うなず)く。


「それは何よりですね。あなたのような真っすぐな方がいると、騎士団の空気も少しずつ変わるものです」


(……私を、見てくださっている? ベアトリス様が?)


その眼差しは、どこか懐かしい幻を追うようでもあった。

目の前のアリサに、誰かの面影を重ねているかのように。


「……きっと、あなたのような人を、皆がどこかで待っていたのかもしれません」


その言葉に、アリサの胸がふっと熱くなる。

頬が、ほんのりと染まった。


──そのときだった。


ふいに、ベアトリスがアリサの顔をじっと見つめる。


(……視線が……えっ、ちょ、近い……!)


心臓の音が跳ね、思考が(かす)む。ふわりと漂う、清潔な香り。


(……いい香り……こんな距離で見つめられたら、心臓が破裂しちゃいそう……!)


「あ、あの……ベアトリス様……?」


上ずった声で問いかけると、ベアトリスははっと我に返ったように、ふっと微笑(ほほえ)んだ。


「ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」


……?


「アリサさんも知っての通り、騎士団は王都の守護が任務。でも最近、リエンツ地方で大規模な事件が相次いでいて──」


「事件……ですか?」


「ええ。騎士団の直接の管轄ではないけれど……同じ王国の民が苦しんでいるのを見るのは、やはり痛ましいことです」


どこか遠くを見つめるような、その声。

その想いの深さが、静かに胸を打つ。


「……けれど今は、目の前にいる新しい騎士たちを支えることが、私の務めですね」


そして。

一拍置いて、ベアトリスはもう一度アリサを見つめると、そっと微笑(ほほえ)んだ。


「ごめんなさい。素敵な騎士さんに、見とれてしまっていたわ。ふふっ」


アリサの思考が、完全に止まった。


心をやさしく撫でられたような声。

きらめく陽の光さえ、少し(にじ)んで見える──そんな錯覚。


「講義の復習、(おこた)らないようにね。それでは、また」


その言葉で、はっと現実に引き戻される。


「は、はいっ! ありがとうございましたっ! 失礼しますっ!」


***


(うわあああ……ベアトリス様とお話しちゃうなんて……っ!)


アリサは顔を真っ赤にして、ベアトリスに背を向けると、勢いよく駆け出した。

資料の片づけをしていたセリーナが声をかける。


「ちょっと、走らないように……!」


だがアリサの耳には届いていなかった。


ベアトリスは、去っていくアリサの背を静かに見つめていた。

淡く風が流れ、カーテンがふわりと揺れる。


柔らかい風が、そっと彼女の髪を揺らす。

ふと、ぽつりと(つぶや)く。寂しさと嬉しさの入り混じったような表情で。


「……精霊……新しい、(あか)り。とても小さな」


そして、そのベアトリスの様子を、ミレーヌは教壇から複雑な顔で眺めるのだった。

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