第04話 採掘に行こう
素材調達──それはホワイト盗賊団こと、ホワイトシーフ商会にとって欠かすことのできない収入源であった。
商会では、大きく二つの班に分かれて活動している。
ひとつは魔獣を狩るハントチーム。リーダーは女戦士カレン。
もうひとつは素材の採取・加工を担うチームで、こちらはレナが率いている。
後者の主な仕事は、薬の原材料となる植物の採取や、希少な鉱物資源の採掘である。
王国の地下には豊富な希少鉱物が眠っているが、その一部は地表に露出していた。
採掘用の大型魔導ギアを持たないこの国にとっては、わずかな露出鉱脈であっても貴重な資源となる。
素材採取は、経済を回すうえで欠かすことのできない仕事である。
だが、特に若い冒険者たちにとっては「魔獣ハントこそが華」であり、地味な採取任務は人気がないのが実情だった。
だが、希少資源は往々にして危険地帯に眠っている。
魔獣との遭遇も常に想定されるため、素材採取といえど決して安全ではない。
求められるのは、豊富な知識と経験──そして、いざというときに身を守る腕っぷしでなのだ。
***
朝の空気を裂いて、リリカの元気な声が響く。
「はい、皆さん、今日も一日いってらっしゃい〜!」
そう言いながら、素材採取チームのメンバーに弁当を配っていた。
小悪魔のように整った容貌と愛嬌のある仕草に、男性団員たちは思わず目尻を下げる。
彼女はかつて旧魔王カンパニーの広報統括を務め、現在はホワイトシーフ商会の営業担当。
エドワルド領での仕事が一段落し、人手不足もあって砦に戻ってきていた。
戦闘メンバーではない。
だが彼女の生まれ育った故郷は、荒くれ魔族の気風が色濃く残る町。
その肝っ玉の据わりようは折り紙つきで──あのライナですら、頭が上がらなかった。
そこへリズが静かに姿を現すと、リリカは登山用の大きなリュックをドンと置き、手際よく弁当を詰めはじめた。
リュックには、柄の短いツルハシが括り付けられている。
「リズちゃん、よう食べるけんね〜。
食堂のお母さんから“いっぱい持たせてあげて”って言われたんよ」
にこにこと笑いながら、ずしりと重量感のあるリュックを手渡す。
リズは軽く頭を下げ、その華奢な体に似合わぬ軽やかさで背負い上げた。
そして、涼やかな目をしたままライト付きのヘルメットを装着。
たちまち探検家の風貌が完成する──が、どう見ても違和感しかなかった。
俺はその様子を見守っていた。
レナが同行しているとはいえ、やはり一般人に素材採取は荷が重いのではないか。
男女差のない職場環境を目指しているが、あの儚げな容姿からは力仕事に耐えられるとは思えなかった。
だが──意外にも、リズ自身が志願して加わったというのだ。
ふと見ると、リリカが弁当の他に何か手渡していた。
短刀……ではない。鉈のような、いや──マチェットというやつか。それが二本。
山道を分け入る際や、万が一の護身用なのだろう。
もっとも、万が一があっては困るのだが。
リズはそれを受け取ると、軽くひと振り。
次の瞬間、ヒョイと空へ放り投げた刃が高速回転しながら落下する。
パシッ。
彼女は寸分の狂いもなく柄を掴むと、今度は二本をお手玉のように投げ、掴み、回転させ──さらには後ろ手でキャッチして振り抜く。
しかも重量のあるリュックを背負ったまま。
その流れる動きは、まるで演舞のようだった。
ひとしきり確かめると、リズは静かに微笑み、スッと鞘に収める。
「……うん、バランスが良いですね」
そう言うと、ベルトに鞘を通し、左右の腰に装備した。
……一般人、だよな?
リズが静かに立ち去ったあと、俺はリリカにそっと耳打ちした。
「なあ……武器の扱い、手慣れてなかったか?」
すると彼女は、事もなげに言い放つ。
「えー? あれくらい普通にやりようよ。
隣のおじさんなんか、浮気バレて奥さんに鎖鎌でボコられとったっちゃ」
魔族基準で言われてもな。
だが、護身術は嗜みなのか……ファンタジー恐るべしだ。
あの様子なら心配ないのかも。
俺はそう思うと、荷造りの手助けに取りかかることにした。
***
本日の素材採取は、洞窟での鉱物採掘だ。
レナは手際よく団員たちをエリア分けし、早速作業に取りかかる。
リズも彼女から離れすぎない位置で、ツルハシを振るっていた。
潜入捜査は緊張の連続だ。
儚げな一般人を装うことなど造作もなかったが、それでも気を張り詰めねばならない。
──カン、カン、と一定のリズムでツルハシを振るう。
岩を砕く単調な作業が、かえって救いのように感じられた。
「お、リズすげえな!」
背後から団員の声が飛ぶ。
はっと気づくと、いつの間にか背丈ほどあった岩が跡形もなく崩れ落ち、ライトの光を反射して目当ての鉱物が顔をのぞかせていた。
そうして午前中は順調に作業が進み、昼休憩となる。
リズはリュックに詰め込まれた十五個の弁当を、開始三分で平らげた。
すると、感心したような団員たちから次々とお裾分けが差し出される。
──だが、それすらものともせず。
微笑みを崩さぬまま、静かに吸い込むように胃袋へと流し込んでいった。
やがて供給が途切れ、食事を終えると、ふう、と一息。
岩に背を預け、仄暗い洞窟の天井を見上げる。
──素材調達。
それはやつらにとって重要な資金源だ。
その実態と商流を突き止めれば、背後の関係者が見えてくる。
同時に、成果を上げて信頼を積み重ねることも、潜入捜査には欠かせない。
薬草の仕分けなどでチマチマ点を稼いでいては、いつまでたっても埒が明かない。
──大きな仕事を成し遂げねばならないのだ。
そう考えながら、いつの間にかウトウトと眠気に襲われていた。
***
咽頭から鼻孔にかけて流れる空気が盛大な破裂音を鳴らし、洞窟の岩肌がビリビリと震えた。
リズはその音でハッと目を覚ます。
──今のは?
辺りを見回す。周囲に他の団員はいない。
なら、気のせい……かもしれない。
空の弁当箱をリュックにしまい、集合場所へ向かうと、既に全員がそろっていた。
「遅くなりました……」
儚げスマイルを浮かべると、団員の一人が視線を逸らしながら言った。
「ああ……もう少し休んでても良かったのに」
……なぜか、気まずい空気が流れる。
するとレナが、表情を変えぬままボソリと呟いた。
「初仕事でもリラックスしてるのは、いいことだよ」
何のことか分からない。
曖昧に相槌を打つリズの背後で、「ドラゴンが出たかと思ったぜ……」「シッ!聞こえるって!」と小声が交わされていた。
──やはり妙な連中だ。
やがて全員が気を取り直すと、レナが午後の作業を告げた。
「二班に分かれたいと思うんだよね。
ボクは未確認エリアで地図作りするから、残りはここで作業しててくれるかな。魔獣はいないことは確認してるから」
……これは好機。
新しいエリアで発見があれば、貢献度も上がろうというものだ。
リズは、ずいとレナに向かって一歩踏み出した。
「あの……。私も、お手伝いできるかな?」
レナは相変わらず、表情が読みにくい顔でぼそりと言った。
「やる気は買うけど、危険かもしれないよ。
ボクだって自分の身を守るので精一杯になるかもしれないし」
だが、リズが折れる気配を見せないのを感じたのか、レナは「うーん」と一言唸り、
「……じゃあ、離れないようにね」
と、同行を許可した。
***
洞窟の奥深く。
道は狭く、足場も悪い。来た道が分からなくなるような入り組んだ迷路だ。
「この辺までは、まだ採掘されてないね。
ちょっと足場が悪いから、整地から始めないと……」
レナがあちこちを確認している傍らで、リズは地図を埋めていく。
鉱床の位置や種類を、イラストと記号付きで丁寧に書き込む。
この手の作業は慣れたものだった。
「すごいね」
レナがふと声をかける。
「やっぱり……カレンよりも全然できるよ」
大したことはしていないが、どうやら信頼度は上がったようだ。
だが──もう少し強い印象を残しておきたいところ。
リズがそんなことを考えていたとき、遠くで団員の呼び声が響いた。
「レナさん、まずいです!
ブラック冒険者ギルドのやつらが……!」
ブラック冒険者ギルド。
この国の素材調達と流通を牛耳る最大手。
──だが、私が盗賊団に潜入する羽目になったのは、そもそも奴らの不始末が原因なのだがな。
それと悟られぬように、ひとつ息を吐く。
「ここ動かないで。様子見てくるから」
レナはそう言い残し、声の方向に走り去った。
──まったく、ゴロツキ同士の抗争か。
ブラック冒険者ギルドの悪評は、嫌というほど耳にしている。
表向きは王国主要産業の担い手を気取っていながら、裏では違法ギアの製造から強制労働まで──何でもありの連中だ。
同じ裏稼業といっても、私は奴らとは違う。
命令さえ下れば……真っ先に殲滅してやりたい。
……もっとも、S級冒険者があんな連中に遅れを取るとは思えない。
それなら、地図作成を少しでも進めておくとしよう。
そうして作業を再開して間もなく。
レナが去った方角とは逆の通路から、どやどやと足音が近づいてきた。
どうやら、他につながっている道もあるらしかった。
リズが気配を消して影に身を潜めると、男たちが三人。
「おい、レナがいるなんて思ってなかったぞ。どうする?」
「あいつらを潰せば特別ボーナスだって言われてもな……無理だろ」
逃げ腰のやり取り。どうやらレナの登場で尻尾を巻いた連中らしい。
しかし、その中の一人が、不気味に口角を上げて嘯く。
「ビビったのは確かだけどよ……こいつを試してみろってギルド長から言われてるし……やってみるか?」
やつらの違法ギアに大した能力があるとは思えないが。
だが、そそられる台詞じゃないか。
「……それは、どういうことか、ご教示願いたいな」
突如、静かな声が響き、男たちのライトが細身の女を照らし出した。
幽鬼のような青白い頬。
声も出せずに固まる三人に、女はゆっくりと長袖をめくりながら近づく。
そして、左目が妖しく光った……。
***
「あれ?」
いつの間にか三人は洞窟の外にいた。
冷たい風が頬を撫でる。直前まで暗闇にいたはずなのに──記憶が一枚、すっぽり抜け落ちていた。
「俺たち……何してたんだっけ?」
足取りも覚束なく帰路につく三人。
背中は妙に軽い。だが、背負っていた荷物が丸ごと消えていることに、誰ひとり気づいていなかった。
***
「すごいなリズ!
未確認エリアの地図をもう仕上げてるじゃないか。しかも、鉱石までこんなに……」
レナの報告に俺は目を丸くした。
視線の先には、業務用すり鉢のような巨大な器に盛られた飯を一心不乱に流し込む儚げな姿。
リリカがにこやかに、おひつから白米を器に補給し、上からカレーをたらしていく。
「リズちゃん、動画デビューしてみん?
“ギガンテス伊藤の寿司二千貫チャレンジ”、バズっとったんよう」
リスティアも目を輝かせ、興奮気味に身を乗り出す。
「いやいや、初心者なんだからさ~。
まずは“魔界焼きそば激盛り二万八千キロカロリー&生卵百個”──からの〜マヨネーズ十本!じゃないかなっ!!」
どうやらリズも砦の一員として、すっかり打ち解けているようだな。
有望な新人加入。
俺はこれからの新体制に向けて心躍らせていた。