第02話 戦力強化
砦では、竜仮面……いや、ややこしいので、やはり鉄仮面で通すことにする。
その鉄仮面の新能力披露のため、レナとの模擬戦が始まった。
レナの体がスッと沈む。
次の瞬間、風を裂いて駆け出し、そのまま鉄仮面へと斬りかかる。
盗賊団首領である俺の動体視力で、かろうじて追える速度。
魔導ギアの能力を使わないとはいえ……やり過ぎじゃないか?
だが鉄仮面は、それをさらに上回った。
両の指で印を切るような動きを一瞬見せると──素手で刃を受け止め、キィンッと甲高い音を立てて弾き返す。
……リスティア先生、解説を頼む。
リスティアは興奮気味に両拳をシュッシュッと突き出しながら叫んだ。
「へえ〜、属性切り替えだ! 火から土に変えて硬質化したんだよ〜!」
鉄仮面は再び印を切り、低く身を沈める。
次の瞬間、ヒラリと舞うようにしゃがみローキック──地面をえぐる衝撃波が走った。
レナは反射的に跳躍し、かろうじてかわす。
だが鉄仮面もすかさずバク宙で後方へ飛び退き、その軌道すらも衝撃波となって、レナの肩をかすめる。
……まだコンボは甘いな。
言うほど俺は格ゲーが得意ではないが。
だがこれはまさしく“精霊格闘術”。
──伸びしろしか感じない。
まさか鉄仮面にワクワクする日が来るとはな。
「ふむ……三十点かな」
魔王が細めた目で呟く。
「まだまだ仮面の能力を活かしきれていない。
まあ、最初はこんなものでしょうね。はっはっ」
見ると、鉄仮面は背後に回られ、レナの短刀を首元に突きつけられていた。
わずかの攻防。
──いや、これは鉄仮面が弱いのではない。
A級冒険者のグロックやミアですら秒殺だったのだ。
むしろ規格外なのは、レナの方。
だが、それにしても。
バトルダンスと印による、魔法効果を乗せてのコンボ……。
付け焼き刃でこれだけ動けるのなら、期待は充分だ。
魔王がパンパンと手を叩き、終了の合図を送る。
鉄仮面はスッと仮面を外し、素顔をさらした。
……つけっぱなしじゃないのか?
魔王は俺を振り返り、静かに告げる。
「馴染むまでは、長時間の着用は避けるべきでしょう。
そのうち体の一部となり──良いシャウトを聞かせてくれるはずです」
……いや、シャウトは要らないんだけどな。
鉄仮面は照れくさそうにレナへ言葉をかけた。
「いや、カッコつけといて、あっさりやられちゃいました」
レナは首を横に振る。
「ううん。前にカレンとやったときとは全然レベルが違うよ。
まだ動き固いけど、強くなりそうだね。楽しみ」
魔王は「はっは」と笑い、鉄仮面の肩を叩いた。
「さすがS級冒険者。
……鉄仮面くんは、まだ舞のキレがイマイチですねえ。レッスン、続けましょうか」
「はい! お師さま!」
爽やかな笑顔を見せるイケメン。
──いつの間に師弟関係になったんだよ。
その瞬間、俺の背中に突き刺さる六つの瞳。
モヒカン、和尚、そしてヴィオラ……。
分かる。分かるぞ。
鉄仮面がパワーアップしたなら──「次は自分だよな」と言わんばかりの、無言の圧力。
……胃が痛い。
そんな俺の視線の先では、リズがレナの側に近寄り、微笑んでいた。
「S級冒険者って強いんですね。
それに鉄仮面さんも……私、魔法なんて初めて見ました」
彼女は左目に眼帯をつけている。
だが、盗賊団は脛に傷どころか、全身に傷を抱えた者ばかり。誰もリズの容姿を特別視することはなかった。
それが分かると、来た当初こそおずおずとしていた彼女も、いまでは積極的に人と関わろうとしている。
特にレナには懐いており、いまでは素材加工のアシスタントとして頼りにされるほどだった。
カレンが年の離れた“手のかかる姉”のような存在であるのに対し、同年代のリズはまた別の意味で心強い相棒になりつつあった。
俺はヴィオラから、リズを身請けした際に「貴族の様子がどこか不自然だった」と聞いている。
だが、その違和感が彼女本人に起因するのかどうかは、断言できないと言った。
ヴィオラが何かを感じたのであれば、必ず裏がある。そこに疑いはなかった。
けれど──。
あの儚げな姿から、とても何か企んでいるようには思えなかった。
きっと彼女以外の要因だろう。俺はそう思うことにしていた。
俺がほっこりしていたところに、静かな声が割り込む。
「面白い術だな、鉄仮面。
……わしにも手ほどきを願いたいものだ」
和尚だ。
こいつも格闘タイプだが、筋骨隆々の体躯はどうにも“舞”って感じじゃない。
いや、相撲だって神事だし、結びつかないわけじゃないのだが……。
鉄仮面の軽やかさとは、毛色が違う。
魔王は和尚を上から下までふむふむと眺めると──
「鉄仮面くんも訓練の相手がいた方が良いだろうし。
……団長、彼にはどういったものがオススメだと思うかな?」
いきなりそう言われてもな。
しかし、パワーアップイベントは嫌いじゃない。
初期キャラのテコ入れは、運営の務めなのだ。
そんなことを考えていた俺の背後では、ガールズトークが飛び交っていた。
「呪言とかどうかな〜。
地獄大公に敵の魂をひとつ捧げるたびに、体に口が増えてくんだって!
ほら、“全身に生えた口から死の言葉を吐いてみた”って動画。すごかったよね〜」
楽しげに声を弾ませるリスティアに、リリカがすかさず重ねる。
「“ネクロマンサー☆さのっち”の死霊術の方が、だんぜん映えるっちゃよ〜。
スケルトン三万体のダンス、一億再生突破したんよう。あれこそ尊いやんね」
俺はそれらをスルーし、魔王へ向き直った。
「そうだな。モンクタイプなら、ナックルとか、トンファーとか、棍とか……。そういうのでいいんじゃないか?」
背後からは「え〜地味ぃ〜」というクスクス笑い。
見かねたゼファスが口を挟んできた。
「以前の、一級兵装戦を受けてだがな。
あれからドランや魔王様とも相談して、対人鎮圧用魔導ギアの開発を行っていたのだ」
そして、盛大なため息を漏らしながら──
「リスティアやライナくんに任せておくと、過激な手段に走るからな……」
ゼファスの気苦労が、しみじみと伝わってきた。
魔王の表情がほころぶ。
「あれは確かに、和尚くんに向いているかもしれませんね」
目だけで合図すると、ゼファスは心得たように砦の奥へと消えた。
……最初からあるなら、なぜ俺に振ったんだよ。
やがて、包みを抱えて戻ってきたゼファスが、一同の前でそれを広げる。
現れたのは、前腕を覆う手甲に小型のシールドを組み込んだ装具。
ファンタジー的なデザインではなく、どこかメカニカルな無骨さが漂っていた。
「まだ試作品のため、軽量化が課題でな……。人を選ぶのだが」
ゼファスが装着方法を示すと、和尚は迷いなく左腕へと装備する。
太い腕に収まったその姿は、妙にしっくりきていた。
「なんの。全然問題ないな」
和尚は軽々と腕を振り、ギアの重みを確かめるように拳を握りしめた。
魔王がひとつひとつ説明を始める。
「まずはシールド。
物理障壁と魔法障壁を展開できます。操作はここの……そう、手甲部分」
和尚がふむふむと頷くと、魔王は続けた。
「シールドには格納式の“特殊警棒”も内蔵されていましてな」
和尚はカシャンと警棒を引き出し、軽く空を薙ぐ。
青白い残光がヒュンと尾を引き、周囲から思わず感嘆の声が漏れた。
「そして、その警棒。
魔力干渉の効果を持ち、魔法攻撃や障壁を無効化できます。
もっとも、直接当てなければ効力はありませんが……」
和尚はさらにひと振りし、「なるほどな」と小さく呟く。
魔王は最後に、声を引き締めて告げた。
「出力を調整すれば対人用にも。
強化魔法の打ち消しや、体内魔力の循環を阻害して弱体化させることが可能です」
ほおっと、どよめきが広がる。
これはまさしく──鎮圧用のギア。
まるで機動隊の装備のようだ。
無骨で実用性重視のデザイン。
だが不思議と、和尚の堂々たる体躯にはしっくりと馴染んでいた。
俺はゼファスに声をかける。
「なあ、これ量産化できないかな。
団員にも配備できれば、拠点の守りが一段と強化される」
これは集団運用にこそ真価を発揮する装備だ。
和尚をリーダーに据え、警備隊を組織する……そんな青写真が頭の中で広がっていた。
ゼファスも同意する。
「そうだな。まだ改善点は多いが、意見をもらえると助かる」
そう言って和尚に視線を向けると、「うむ」という力強い返事。
俺は大きく頷いていた。
これで砦戦力も大幅パワーアップ。いいじゃないか。
まあ、あれだ。
一言も発しないモヒカンとヴィオラの圧が痛いが……。
……お前らは、また次に考えるから。
見ると、リズもじっと和尚を観察している。
意外と興味があるのかな。
彼女にバトルは似合わないが、生産支援系の道具もあって良いだろうし……。
「なあ、リズも魔導ギアが必要だったら、レナと相談してくれ。
合ったやつが見つかると思うから」
そう声をかけると、静かに笑顔が咲いた。
***
その夜。
厚い雲に覆われ、月明かりひとつ差さぬ闇の世界。
砦の外に、一つの影。
影はヒラリと宙を舞い、着地と同時に──ボウッと炎を揺らめかせた。
ふう、と息を吐き、低く呟く。
「なかなか面白いことを考えるのね。
舞の奉納による精霊への対価……か。そんな発想、思いつきもしなかった」
撫でるような掌底の連打。
ボボボッと炎弾が弾け、闇の中からリズの姿が浮かび上がる。
「最新鋭の魔導ギア、精霊契約術師、そして魔王……。
ただ者じゃないどころか──本気で国家を転覆できるかもしれないな」
ふっと笑い、眼帯を左目にかけ直す。
そして静かに砦へと歩みを進める。
その背を、月明かりを隠す雲だけが見つめ──
ただ、冷たい風だけが長く残った。