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第01話 竜の仮面

砦では、久しぶりに全員そろっての幹部会が開かれていた。


盗賊団からは、俺とヴィオラ、モヒカン、鉄仮面、和尚。

旧魔王カンパニーからは、魔王、ゼファス、リスティア、そしてリリカ。


リリカはエドワルド領の仕切りをセラに任せ、一時帰還していた。


セラは元・ブラック冒険者ギルドのヒーラーであり、いまは精霊契約術師の修行中だ。

ミアとは違い几帳面な性格のため、安心して現地を任せられた。


議題は山盛りだったが、まずは成果の確認から始まった。


エドワルド領の農業振興について、進行役のゼファスが淡々と語る。


「農作業用の魔導ギアによる効率改善と、エルフの里から招いた精霊の加護により──今年は大豊作だ。

エドワルド氏としては、まずは自領の民、そして国内の腹を満たすのが先だとして、我々の取り分は現物ではなく貨幣での支払いを希望している」


王国は慢性的な食料不足だ。エドワルドの希望に対して異を唱えるものはいなかった。


収穫量を貨幣に換算すれば、およそ40億G。

そのうち三割がホワイトシーフ商会の取り分となり、12億Gだ。


「初期投資を差し引けば、大きな利益とまではいかないが……」


ゼファスは眼鏡を押し上げ、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「初年度の成果としては、上々と言えますな」


もとよりエドワルド領は、エルンハルト家に食い込むための足がかりである。

収支がトントンであったとしても、十分に意味があった。


事実、この成功を受けて、他の一族からも問い合わせが殺到している。

近く、本家にて一族揃っての会合が開かれる運びとなった。


その席で、エドワルドはホワイトシーフ商会との提携を正式に提案する予定だ。


地方を治める大貴族、エルンハルト。

その経済基盤の強化こそが、この国を変える第一歩になる。俺はそう確信していた。


次に、砦の引っ越しと、国境警備隊との偽装戦闘──“全滅作戦”についてだ。


ここでも報告役はゼファスだった。


「資産の移動は七割ほど完了。

今後は非戦闘員を中心に、人員の移動に取り掛かる予定だが……」


最後に残るのは、戦闘要員たち。

彼らが国境警備隊と正面衝突し、華々しく散る……ように見せかける──それが筋書きだった。


問題は、すぐにでも動くはずだった騎士団や軍の足並みが、思った以上に鈍いことだった。

俺たちが切羽詰まって、やけっぱちな行動に出たと見せかける──そのためには、相手の圧力が必要だった。


俺がその懸念を口にすると、ヴィオラが答える。


「王都での盗賊団に対する世論操作は、あるタイミングを境に急に下火になった……。

おそらく、向こうの事情が変わったのかもね」


──

ヴィオラの推測は、図らずも的を射ていた。

実際のところ、騎士団長ガーランドと腹心アラヴィスが裏で動いていたのだ。

彼らは、盗賊団に鹵獲された騎士団の一級兵装が戦場で使われ、紛失が露見することを何よりも恐れていた。

──


俺は腕を組み、うーんと唸った。


「……まあ、今さら取りやめるわけにはいかないだろうな。国の威信がかかってる。いずれ必ず来ると見ておくべきだ。

ただ──そうなると、人の移動が難しい」


すぐにでも非戦闘員を安全な場所へ移したい。

だが、主戦力と分断された状態で万が一のことがあれば──守り切れる保証はない。


その板挟みが、俺の頭を重くしていた。

だが、


「……少々強引でも、やるか」


あまり悠長に構えていれば、またブラック冒険者ギルドの連中が来かねない。


結論は出た。

非戦闘員は旧魔王カンパニーのメンバーと、レナに託す。

砦に最後まで残るのは、盗賊団幹部と武闘派の団員たち。


向こうにはリスティアとゴーレム、そしてレナがいる。

伝説級の魔神でも現れない限り、心配はいらないだろう。


だが、そうなると。砦の戦力だ。

あまり口にしたくはないが……旧魔王カンパニーのメンバー、強さがインフレしすぎている。

そのせいで、うちの初期メンがどんどん置いていかれている。


……あるあるの現象だった。


なお、騎士団一級兵装は今、ドワーフ商工会でメンテナンス中だ。

「最新技術を盛り込む」と豪語していたので将来的な期待は充分だが──現状では、まだ戦力に数えられそうにない。


となると……。

俺はさっきから一人のイケメンの視線を感じていた。

話題を振って欲しくて仕方がないといった様子。


鉄仮面。


いまや仮面を失った“元・鉄仮面”だが、精霊の依り代とされる古代呪具に異様な執着を見せている。

そのせいで、この数日間は魔王の部屋に入り浸り、何やら相談を重ねていた。


俺は、ゴクリと喉を鳴らして言葉を発した。


「なあ、鉄仮──」


待ってましたとばかりに、食い気味の声が飛び込んできた。


「団長。すべての仮面の定義を──アップデートしましたよ」


爽やかに白い歯を輝かせる鉄仮面。

魔王までもが満足そうにうんうん頷いている。


モヒカンはサムズアップ、和尚はしみじみとした目で見守っていた。

……お前たちも最近は出番が少なかったからな。


そのまま幹部会は残りの議題そっちのけで新仮面の話題に雪崩れ込み、ついにお披露目となった。


***


屋外に出ると、魔王が懐から一枚の仮面を取り出した。


素材は灰銀色にきらめき、鱗のようなパーツが幾重にも重なり合っている。

光を受けるたびに、まるで呼吸でもしているかのように微かに揺らめいた。


「呪具の再現なんて、何年ぶりかなあ。

……忘年会の余興用に作ったやつを、ゼファスくんが酔っ払って暴走させちゃってねぇ。

お店、出禁になったっけ。はっは」


リリカも懐かしそうにゼファスの古傷を抉る。


「あー、精霊ネットにまで晒されたっちゃねえ。年末に広報総出で対応して……。

ほんっと大変だったんよう」


俺の背後から盛大な咳払いが聞こえた。


魔王は仮面を撫で、口調を改める。

「精霊の依り代ともなると、何千年も生きた樹木とか神代の金属が必要なんだけどねえ。──だが、おあつらえの素材があった」


そこに、レナの声が飛び込んできた。


「見せるときはボクも呼んでって言ったじゃん。もう」


華奢な体を忍び風の装束に包み、ボクっ娘口調で喋る──一部に刺さる属性を兼ね備えた存在だ。


だが、その実力は確かだ。冒険者の最高位、S級。

同じくS級冒険者の女戦士カレンと共に、かつては俺の首を狙った賞金稼ぎだったが……いまは素材調達のエキスパートとして、ホワイトシーフ商会とフリーランス契約を結んでいる。


鉄仮面が頭をかきながら謝ると、レナに付いてきた新入りのリズリンドが静かに笑う。

レナからはリズの愛称で呼ばれ、砦内でもそれで定着している。


興味津々といった様子で、リズは仮面を見つめた。


「これが竜の仮面ですか。本当にドラゴンなんているんですね」


……ドラゴン?


俺が不思議そうな顔をすると、レナがボソリ。

「カレンたちが仕留めたやつ。鱗の加工、ボクがやったんだから」


あの戦いの光景が脳裏に蘇る。

カレンの大剣で首を落とし、ゴーレムがトドメを刺した──精霊の加護を持つ竜、真亜。


魔王は楽しげに続けた。

「真亜の鱗は呪具の素材として最高級品。久しぶりに腕が鳴りましたよ」


確か、鱗一枚でも数十万……いや、数百万Gはくだらないはずだ。

俺はゼファスをチラリと見る。彼の顔にも「?」が浮かんでいた。


するとヴィオラが涼しい顔で言い放つ。

「ああ、資産から落としといたから。別にいいでしょ?」


……ホワイトシーフ商会にも監査役が必要なようだ。


そんなことを思っていると、いつの間にか竜の仮面は鉄仮面の手にあった。


静かにそれを被るイケメン。

あのシャウトが始まるかと思いきや、意外な静寂。


そして──


すうっと両腕を水平に広げ、ふわりと上下させる。

足の運びはまるで舞踏。静と動を切り替えるように、軽やかに、滑らかに。


「……踊ってる?」

誰かが思わず呟いた。


左腕をぐるりと回す。

次の瞬間──その軌跡に沿って炎が走り、ボッと弾けて腕を包み込む。

仮面の眼孔からは、赤い光がじわりと漏れ出した。


突き、蹴り──一撃ごとに炎が尾を引き、宙に火焔の紋様を描いて消える。


リスティアが感心したように息を漏らす。

「舞の奉納を対価に、仮面に宿した精霊さんの力を引き出してるんだ〜。なるほど、さすが魔王様だね」


炎の舞から目を離さぬまま、彼女は言葉を継いだ。

「古代呪具の仮面は、精霊さんを魂に降ろすための道具なんだけど……そのぶん危険も大きいんだよね〜。暴走のリスクもあるし」


──降霊術みたいなものか。

調和が取れていれば無類の強さを発揮するが、ひとたびバランスを欠けば体を乗っ取られる。どこかで読んだ物語の設定を思い出す。


「だから、憑依の代わりに舞を奉納して、精霊さんを“楽しませて”……機嫌よく力を貸してもらってるんだよ」


……なるほど。

しかも舞そのものが攻撃技に転じるとは、なんともバトルものらしい仕掛けじゃないか。


鉄仮面は、炎を纏った腕をスッと収めると、レナに向かってクイクイっと「かかってこい」のハンドサインを出した。


カレンが剛剣なら、相棒のレナは静。

切り込む一撃は速く、正確で──無駄がない。

かつてブラック冒険者ギルドA級パーティ戦では、相手に何もさせぬまま鎮圧。

その実力を目の当たりにしていたヴィオラの瞳が、ピクリと揺れた。


レナは、スッと腰の後ろに差していた小振りな刀を抜き去る。


超振動ブレードの魔導ギア──

カレンの炎熱の大剣も危険だが……こいつも同じくらいヤバい代物だ。


「大丈夫。ギアの能力は使わないよ」


彼女はボソリと、俺の懸念を打ち消す。

さすがに模擬戦で全開はやり過ぎだからな。


──そう思った矢先、レナが仕掛けた。

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