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第13話 ホワイト改革は止まらない

盗賊団ホワイト改革。

それは無法の集団にコンプライアンスというものを叩き込むことから始まる。


とはいえ。

これまでそんなものに触れたこともない彼らには、具体的な目に見えるものが必要だろう。


俺は砦の一室で、生前の社畜知識を総動員して、内規を作成していた。

生前勤めていたブラック企業では、そんなものはあってないようなものだったが、俺は実践してみせる。


そう決めていた。


そして、

最後の一筆を入れると、俺はふうっと息を吐いた。


「……こんなところかな」


ふと見ると、窓の外ではティナが洗濯物を干していた。


俺は手を振る。


「ティナ、ちょっといいかな?」


ティナは、「はーい」と明るい返事とともに、小走りにやってきた。


「どうかしました、団長さん?」


ティナは、ホワイトについて教えて欲しいと言っていた。


あれが社交辞令というやつではないことを祈りつつ……俺は紙を差し出す。


「うん。こういうの、作ってみたんだけどさ……どうかな?」



そこには──


【ホワイト盗賊団 内規】

■労働環境

・勤務時間:9時〜17時(休憩1時間)

・週休2日制(王国祝祭日は完全休暇)

・有給休暇:年20日(年5日取得必須)

・残業禁止(上長の許可制)

・深夜略奪禁止(22時以降は就寝推奨)


■福利厚生

・ケガ・病気時はヒーラー手当支給

・労災制度導入(魔獣被害も補償対象)

・退職金制度あり(勤続年数比例)

・年金積立制度

・育児支援(託児施設設立検討)

・武器、ユニフォーム支給

・砦以外の居住希望者は住宅費、交通費補助


■業務規範

無辜(むこ)の民への略奪禁止

・悪徳商人および貴族限定ターゲット

・戦利品の公平分配+庶民への一部還元

・公平な評価制度導入(成果だけでなくプロセス重視)


■その他

・各種講習(コンプライアンス、情報セキュリティetc)

・資格奨励金(採取、錬金、諜報、交渉術etc)

・社内表彰制度(例:永年勤続表彰、団長賞など)

・社内相談窓口(パワハラ・セクハラ即対応)



ティナは紙をじっと見つめ、しばらくの沈黙の後──


「……これが、団長さんの言う“ホワイト”なんですね?」


俺は大きく(うなず)いた。


「そう。みんなが気持ちよく働けて、ちゃんとした生活を送れる“持続可能な盗賊団”の実現だ」


最初は、破滅エンドが回避できるなら何でも良かった。


しかし今は盗賊団を変えたいと思っている。


現時点では悪党相手の略奪は致仕方(いたしかた)ないと許容しているが、それだっていつかは……。

自活の道を模索するのも、俺の次のミッションだろう。


そうなると、盗賊団と呼べるかは微妙なところだが。


他に生きる術がないから略奪する。

そんな連中に、違う道があるかもしれないことを示したくなっていた。


俺は紙を熟読しているティナに向かって、そんな感じの盗賊団のビジョンについて話をしていた。


ティナは紙から目を離すと、にっこりと笑った。


「団長さんの考え方って……あったかいですね」


俺もつられて笑顔になる。


「ははっ、うちは人財を大切にするアットホームな……」


言いかけて、慌てて取り消した。今のは無し。

俺は頭をかいて、ティナに向きなおった。


「人が人として生きる世界に必要なもの。それがホワイトなんだ」


ティナの目が、見開かれる。

そして、ゆっくりとかみしめるように(うなず)いた。


***


砦の広間に団員たちが集まる。


モヒカンは床に座り込み、鉄仮面は猫を(ひざ)に乗せ、和尚は意味ありげに瞑想している。


ヴィオラは、腕を組んで一番奥の壁にもたれかかっていた。


猫……鉄仮面の隠語だと思っていたが、いたのか。

丸々とした茶トラ。スヤスヤと寝ている。


後で触らせてもらわないとな。

いや、そんなことより今は集中しなくては……。


俺は第一声を上げる。


「えっと。これから、盗賊団の新しい内規を発表します!」


団員たちがざわついた。


内規……?


不穏な言葉に触れたかのように、一斉に表情がこわばる。


俺は構わず続ける。


「えー、つまりですね。労働環境や福利厚生とか──」


団員たちの混乱度合いが増してくるのを、肌で感じていた。


(ああ、やっぱり難しかったか)


そのとき、そっとティナが手をあげた。


「……団長さん。あの、私が言ってもいいですか?」


……え?


「え?あ、うん。大丈夫?」


ティナは前に出て俺から紙を受け取ると、ひとつずつ、言葉を選ぶように語り始めた。


「……あの。これから、私たちの盗賊団は……もっと“ちゃんとした”場所になるそうです」


その瞬間、ざわめいていた団員たちが、不思議とぴたりと静まり返った。


大声を張り上げたわけではない。けれど、その声に宿る“何か”が、確かに空気を変えた。


──俺も何かを感じた。


ティナは続ける。


「お仕事は……朝の九時から夕方の五時まで。お昼ごはんの時間も、きちんととれます」


「夜は、遅くまで無理に働かないで……ちゃんと眠って、体を休めるようにします」


「もし、怪我をしたり、病気になったときは……団が、ヒーラーさんのお金を出してくれます。だから、我慢しないで、すぐに言っていいんです」


少し間をおいて、ティナは前を向いた。目には芯のある光が宿っていた。


「そして、これからは悪い人たちからだけ、お宝をもらいます。苦しんでる村の人や、優しい人からは……絶対に、取りません」


団員たちの表情に、徐々に変化が現れる。


「みんなが、ちゃんと働けて、ごはんを食べて、笑って……そんな場所に、したいんです」


「そして、年をとったら、みんなでのんびり暮らせるように、今からちょっとずつ、お金をためていきます」


最後にティナは、小さく笑った。


「そして、団長さんの言葉です」


一拍おいて。

前をまっすぐに見て、澄んだ声でハッキリと言った。


「いつかは、略奪以外の道でみんなを幸せにしたいって……。人が人として生きる世界に必要なもの。それがホワイトなんだ!」


言い終わると、読み上げた紙を胸に抱え、ティナは深く、ぺこりと頭を下げた。


団員たちは一様にぽかんとしていたが、やがて──


「なんか、すげぇな」

「ティナちゃん、泣けるわ……」

「ぜんっぜん意味わかんねぇけど、守ってやりたくなる!」


どよめきとともに、拍手が起きた。団内に、ほんのりとした温もりが満ちる。


見ると、ヴィオラが優しい眼差しでティナを見つめていた。


(あんな顔をするなんて、意外だな)


……いや、それよりも意外だったのは、モヒカンが号泣していた。


俺はフッと表情を緩めた。


ホワイトの同志、爆誕だな。夜明けは近いぜ。


絶望からの転生だったけど。

案外、なんとかなるかもしれない。そう思えるようになってきた。


あとは、時間との勝負かもしれない。


アリサ──君は今、何をしているんだ?



……俺には知る(よし)もない。


多少のイレギュラーにも遭遇したが、それでもゲームシナリオ通りの世界だと疑いもしていなかったのだ。

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