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第15話 視線の先

ランスに搭乗していた若い男イーゴと、杖を振り回していたパルマンは、そのままブラック冒険者ギルドへとお引き取り願った。


砦の壁に多少の被害は出たものの、幸いにも人的被害はなし。

もともと引っ越しの予定もあったし、何より──これ以上尾を引かせたくはなかった。

彼らが大人しく帰ってくれるのであれば、それで十分だった。


イーゴはというと、見た目はなかなか気合いの入ったルックスの持ち主だが……。

「バイバ〜イ」とにこやかに手を振るリスティアとは、決して目を合わせようとはせず、「……ッス」とだけ呟き、頭を下げて退散していった。


……一体、どんな目に遭わされたんだろうか。


そしてパルマンは──魔導ギアの暴走で死にかけたショックから、すっかり意気消沈していた。


ユリィが「元気出してね、おじさん」と声をかけると、「……拙者は、10代でござる……」と力なく返すのが精一杯。

そのままフラフラとした足取りで去っていった。


弩を使っていたリハルトからは「穏便に」と頼まれていたが……どうやら、彼らに深いトラウマを刻んでしまったらしい。

だがまあ、五体満足で帰してやったのだ。それで良しとするしかない。


──こうして、騎士団一級兵装との戦いは幕を閉じた。


連中の魔導ギアはすべて鹵獲。

砦の被害はあるとはいえ、まずまずの戦果だった。


騎士団の兵装は、一旦ドワーフ商工会へ送られることとなった。


ライナは忙しいとボヤいていたにも関わらず、新しい玩具を与えられて目が輝いていた。


「最新技術で改造よ!」


すっかりノリノリだ。


なかでも杖の性能は、魔王からあらためて説明を受けて度肝を抜かれた。


各色の衣装と、対応する魔法属性は以下の通り。


青:水(水圧カッター、水流操作)

赤:火(爆炎、火球)

緑:風(真空波、竜巻)

橙:土(岩石、地震)

黄:雷(雷撃、電磁力)

白:光(熱線、閃光、浄化)

黒:闇(念動力、重圧)

紫:幻(幻術、精神干渉)

桃:回復(治癒、再生)

灰:呪(呪詛、状態異常)

金:時間(加速、減速、停止)

銀:空間(転移、結界、空間切断)


さらには混色による複合属性も存在。

これは魔王もすべてを把握していないらしいが、分かっているものはふたつ。


緑+白:木(植物操作)

青+黒:氷(冷気、氷結)


……いやいや。盛りすぎだろう。とんだチート兵器じゃないか。


もっとも──旧世代の技術では、その全性能を引き出すことは叶わなかったらしい。

何よりも、精霊エネルギーの消費が桁違いに大きすぎた。


そのため、騎士団でも運用の予算が降りず、お蔵入りのまま倉庫で眠っていたとか……。


だが、そんな「課題」すらライナにとっては燃料でしかなかった。


「面白いじゃないの」


彼女はそう言って、ますます研究意欲を燃やしている。


そして解析の結果、魔導ギアに封入された精霊契約術式から、ブラック冒険者ギルドの精霊エネルギー供給元が“邪神カンパニー”であることが判明した。


なぜブラック冒険者ギルドと邪神カンパニーが……?


ゼファスの見解はこうだ。

旧魔王カンパニー時代には「王国が奴隷労働――契約労働者の疑念を解消しない限り、ドワーフ商工会以外とは取引しない」という方針がとられていた。


だが、トップ交代でその方針が変わったのではないか、と。


……魔王カンパニーだって、盗賊団とは二つ返事で取引に応じてくれたんだがな。

この世界のコンプライアンスの基準は、いまひとつわからない。


まあ、それはいい。

話を戻すと、邪神カンパニーが行なっている取引は、グレーではある。

だがいまのところ、WSO(世界精霊機関)の規約に明確に違反しているわけでもないらしい。


一流企業のくせに、ずいぶん危ない橋を渡るもんだ。


俺が疑問を口にすると、ゼファスは深くため息をついた。


「彼らの行動原理は、成果と効率だ。

王国の倫理問題になど関心はないのだろう。

そこに市場があり、安価な労働力がある。……ならば参入しない理由はない。そういうことだ」


邪神カンパニーのその考えは違うだろう。

そう思ったが、俺は気持ちを飲み込んだ。


彼らはあくまでインフラの供給元。

ブラック冒険者ギルドが誰とどこで戦おうと興味はない。

……そういうスタンスでいるなら、わざわざ余計な敵を増やしたくなかった。


だが、ゼファスは懸念を口にした。


「今回は精霊エネルギーの供給だけだったが……次は最新の魔導ギアとの組み合わせかもしれん。

早く砦を放棄するべきだろうな」


そうだな……。

邪神カンパニー製の魔導ギアに精霊エネルギーが加われば、これまでの敵の武装とは次元が違ってくる。


ブラック冒険者ギルドの狙いが盗賊団だとしたら──。

早いところ“ホワイトシーフ商会”へと看板を掛け替え、体制を移すべきだ。


現在、主に非戦闘員を中心に着々と人の移動も進んでいる。


だが、さらに急ぐ必要がありそうだった。


***


ブラック冒険者ギルド――ギルド長室。


「それで……盗賊に一級兵装を分捕られて、見逃してもらったってわけかい」


グレイスはゆったりとソファに身を沈め、クックッと豪放な笑いを漏らした。


目の前に並ぶのは、A級冒険者パーティーのマニッシュとリハルト。

他の三人は戦闘の疲労を考慮し、休ませてある。


マニッシュは直立不動の姿勢で、低く答えた。


「言い訳はしません。

やつらの武装に、我々は手も足も出ませんでした。

騎士団一級兵装すら通じない相手に、無意味な抵抗は不要。そう判断したのは、俺です」


グレイスの目が細められる。


「へえ……ずいぶんと潔いじゃないか。

まあ――命を散らしてこいなんて言わないよ。無理なら退く。それもまた、冒険者さ」


A級冒険者パーティですら歯が立たず、

騎士団の一級兵装をもってしても敵わない相手。


――ならば、このギルドの誰が挑んでも結果は同じだろう。

彼らを責めたところで、何ひとつ得るものはない。


グレイスはそう割り切っていた。


「ただ……お咎めなしってわけにはいかないだろう? ねえ」


リハルトが顔を紅潮させながら問いかける。


「……お仕置き、でしょうか」


グレイスは口元を吊り上げ、楽しげに笑った。


「なんだい、ずいぶん嬉しそうじゃないか。

……まあ、降格は覚悟しな。成果主義がうちのモットーさ。示しをつけないとね」


そして、あっさりと話を締めくくる。


「相手が悪かったのさ。もう下がっていいよ」


それだけ。


だが、マニッシュにとっては意外でも何でもなかった。


()るも()るも、騙すも騙されるも──すべて自己責任。

任務に失敗すればペナルティは免れないが、再起の道まで閉ざされることはない。


――それが、ギルド長グレイスの方針だった。


それでも、リハルトは不安を拭えずに問いかける。


「でも……その。魔導ギアは、弁償とか……?」


グレイスは、フッと口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「そんなもの、バックレちまえばいいのさ。

どうせ騎士団も表沙汰にはできやしない……まあ、ガーランドもその程度のリスクは承知の上だろうよ」


そんなはずはなかった。

だが、グレイスにとって騎士団内部の事情などどうでもいい。

ガーランドが失脚すれば、ヴァルトがまた別の傀儡を立てるだろう──それだけのことだった。


ホッとした表情を浮かべたリハルトの肩を、マニッシュが軽く叩く。

そして、ふたりが退出しようとしたそのとき──。


「盗賊団……レオンさんたちのこと、何か言っていましたか?」


これまで一言も発していなかった、ギルド長グレイスの傍らに控える受付嬢──エミリアが、初めて口を開いた。


リハルトは「ええ、あいつらなら……」と答えかけたが、すかさずマニッシュが割って入る。


「いえ。あいつらも痛い目を見たらしいですが、敗走して……それっきりだそうですよ」


実際には、あの黒い鎧から“レオンたちが盗賊団に加わった”と聞いていた。

だが、マニッシュは迷わず嘘をついた。

彼女が純粋にレオンたちを案じているとは到底思えなかったからだ。


エミリアが質問するときは、必ず裏に何か意図がある。

──長くA級冒険者の座に身を置いてきたマニッシュの経験則だった。


盗賊団には見逃してもらった恩義がある。

レオンたちが新しい仲間とうまくやっているなら、そっとしておいてやりたい。

それが彼なりの筋の通し方だった。


エミリアは真顔のまま、数秒にわたりマニッシュの目を射抜くように見つめる。


……大丈夫だ、怪しいところはない。

そう自分に言い聞かせながらも、その視線を受けるだけで背中に汗が滲む。


やがて、彼女はふっと穏やかな笑みを浮かべた。


「そうですか。……でも、生きてるなら良かったです」


「……失礼」

これ以上のプレッシャーに耐えかね、マニッシュはくるりと踵を返し、扉を開けて足早に退室した。


ようやく視線から解放された彼は、頭をかきながら小さく呟く。


「顔は可愛いんだけどなー」


その背を、リハルトが慌てて追いかけていった。


***


「盗賊のところにはいないのかい……。

まったく、あいつらどこへ行ったんだろうね」


グレイスが鼻を鳴らし、ドカリとソファーに座り直す。


傍らのエミリアは、感情を感じさせない声で答えた。


「騎士団一級兵装でも通じない……。

もっと強力な武装が必要ですね」


グレイスは手をヒラヒラと振りながら笑う。


「今回はガーランドの思惑と、レオンたちの捜索の目的が一致したから乗っただけさ。

いないんじゃ、他を探すまでだよ」


その言葉に、エミリアはにっこりと微笑む。


「そういうところ……ギルド長らしいですね」


「ああ? 何がだい?」


グレイスの問いかけには答えず、彼女はただ、静かな微笑みを絶やさなかった。

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