第13話 変身
モニターに映し出されたのは──杖を握りしめた小太りの男。
冒険者にしては、なかなかのワガママボディだ。
年の頃は三十代か。
老け込んではいないが、走ればすぐ息が切れそうな風貌だった。
あれが……杖?
他の魔導ギアがいずれも大型なのに比べ、ずいぶんと小ぶりだ。
騎士団一級兵装はいずれも変形し、パーツが鎧化する仕組みだと聞いている。
だが、あの杖からどう展開するというのか──想像すらできない。
さっぱり分からない。
ドランも同じらしく、開発者であるドワーフ商工会のギルドマスターに聞いても理解できなかったという。
──だからこそ、不気味さだけが募っていく。
カメラのひとつが、空を舞うリスティアたちをとらえた。
ズームすると、ランスの特異なシルエットが浮かび上がる。
「……剣と盾と弩砲とは、なんかテイストが違うな」
独り言を漏らすと、ドランが肩をすくめた。
「ああ、ランスと杖は後期開発のギアだからな」
最初は実用性を重視していたが、やっているうちに遊び心が出たのかもしれない。
楽しげな企画会議の光景が、ありありと目に浮かぶ。
──騎士団は国家予算で何をやっているんだ?
そのうち、杖を持つ男もこちらに気づいた。
荷車を引くので光学迷彩を解除していたのだ。人目につかないルートを選んで帰還してきていた。
ゼファスが静かに問いかける。
「どうする、同志よ。もう一度、体内魔力操作を行うか?」
脳裏に浮かんだのは、ゴーレムの掌底に沈んだサーフレイスの姿。
……あの小太りの男は、今度こそ死んでしまうかもしれない。
俺はそっと首を横に振った。
***
杖持ちの男──パルマンは、黒い鎧の巨体を見て立ち止まった。
荷台には仲間たちの装備品。
目の前の相手はS級冒険者ではない……だが、何が起きたかは明白だった。
「ヒッ」と息を呑み、後ずさる様子がモニターに映る。
なぜこんな気弱そうな男を最前線に送り込んだ?
杖の性能にそれだけ自信があるということかもしれない。
俺はユリィに声をかけた。
「なあ……見た目で判断するのはアレだが……。弱そうだし、このまま降服させられないか?」
黒い鎧はゆっくりと荷車のハンドルから手を離し、攻撃の意思がないと示すように腕を広げて歩み寄る。
鎧から少女の声が響いた。
「あの……お仲間さんは降服してくれました」
鎧の中身はてっきり荒くれ盗賊だと思っていたが、穏やかな声をかけられ、パルマンは少し安堵した。
「降服……? みんなは?」
ユリィは柔らかな声で答える。
「ギルドに帰ってますよ。だから、その装備を置いていってくれれば──おじさんにも何もしませんから」
その瞬間、男の顔が真っ赤に染まった。
「おじさん? 拙者が!?」
ユリィは思わず「えっ?」と小さく漏らし、「あ……いえ。お兄さんにも何もしませんよ」と慌てて言い直す。
……地雷を踏んだらしい。
パルマンは憮然とした顔で続けた。
「それに、この杖をよこせと?
これは拙者の夢を実現するために必要なもの。絶対に嫌でござる!」
……なるほど。下手に出ると調子に乗るタイプか。
「もう、やっちゃっていいんじゃない?」
ライナが欠伸を噛み殺し、つまらなそうにぼやく。
だがユリィは対話の姿勢を崩さなかった。
「お兄さんの夢……? その杖が?」
その言葉に、パルマンはキッと目を光らせる。
「そうだ! お前たち、ミアちゃんを捕らえているのだろう?
拙者は正義のナイトとして、彼女を救いに参上したでござる!」
……こいつ、ミア派か。
敵のアジトに乗り込むとは、見た目によらず気概があるじゃないか。
俺は少し感心した。
さらに男は、自分に酔ったように言葉を重ねる。
「そして、この杖こそがミアちゃんにふさわしい!
冒険者とはロマンを追うもの! 盗賊ごときに阻めはしない!」
そう決め台詞を放つと、杖を構え戦闘の意思を見せた。
……こっちは交渉してるってのに、勝手なやつだな。
まあ、あの杖がどんな魔法を撃てるかは知らない。
だが、ゴーレムの魔法障壁には通じまい。
実力差を見せて投降させるしかないのかもな。
そんな中、ライナが退屈そうな顔から一転。目がを輝かせた。
「ユリィ、一撃で沈めたらつまらないわ。
できるだけ性能を引き出すのよ。ティナ、解析準備お願い」
ティナがカタカタとキーボードを叩き始める。
ユリィは「やっぱりやるの?」とぼやいたが、相手に聞く耳はない以上は仕方がないだろう。
正直、俺も謎の杖の正体は気になっていた。
昂ぶった勢いで、パルマンは杖を掲げ高らかに叫んだ。
「チェンジ! ドレスアップ!!」
……?
次の瞬間、男の全身が閃光に包まれる。
キラキラとした粒子が舞い、ひらひらの布地が身体を覆っていく。
そして姿を現したのは──青を基調としたフリル付きの衣装。
……これは変形じゃなく変身じゃないのか?
本当にこれが騎士団の兵装なのか?
というか、これをミアに着せるつもりだったのか?
モニターに映る魔法少女……いや魔法中年男にドン引きする俺とは対照的に、ライナは興奮を抑えきれない様子だ。
「すごい! 魔力の具現化、粒子制御……! 最新研究の領域よ!」
ドランも腕を組み、感心したように頷く。
「精霊の膨大なエネルギーを魔力粒子に変換し操る……とかなんとか言ってたな。
わしには分からんが、ジジイ渾身の力作よ」
見た目はアレだが、どうやらとんでもないテクノロジーらしい。
ライナの興奮が物語っていた。
そんな俺たちに、ティナの冷静な声が割り込む。
「解析できました。属性は水。
布地に見える部分は高密度のエネルギー体……下位精霊五体分に相当します」
ライナとドランは、そろって「おお〜!」と感嘆の声を上げる。
──ピピッ。
警告音が鳴り、モニター上の魔法障壁の数値が乱高下した。
直後、後方の大木がスパン!と真っ二つに裂け落ちる。
水圧カッター……!?
いきなりえげつない攻撃をしてきやがる。
だが、それで終わりではなかった。
スパパパパンッ!!
圧縮水流の連弾が雨あられのように叩きつけられ、ゴーレムの障壁を容赦なく削っていく。
さらに鞭のようにしなる奔流が唸りを上げ、胴体を打ち据えた。
「ライナさん……魔法障壁、八枚消失!
ユリィが危険です。出力を上げないと……!」
これまで淡々としていたティナの声に、初めて緊張がにじむ。
ライナの顔から笑みが消えた。
内蔵された小型精霊炉の稼働数値を一瞥し、即断する。
「ティナ、魔力障壁……十五──いえ、二十枚まで引き上げて」
その声には一切の迷いがなかった。
「魔力粒子を纏うことで、魔法を高速展開。
これが杖の能力……とんでもないわね。
旧世代機どころか、最新鋭の軍事用ギアにも匹敵するかもしれない」
やつらが、たった二人で潜入してきた理由がようやく理解できた。
俺はドランを横目に見る。
彼も予想外だったのだろう、口を半開きにしたままモニターに釘付けになっている。
──まったく、何が“聖剣ほどじゃない”だ。それ以上じゃないか。
もっとも、俺が戦ったときの聖剣は本来の性能を発揮していなかった。
だが……それにしても、だ。
そして再び、男の全身が閃光に包まれる。
今度は白を基調とした衣装──まるでステージ衣装のようにきらびやかに輝いていた。
見た目の滑稽さなど、もはや恐怖にしかならない。
男が杖を突きつける。
瞬間、鋭い光線がピィッと走った。
モニターが赤く点滅し、ティナの声が揺れる。
「ライナさん……。高密度熱線、属性は光。
魔法障壁……十七枚貫通」
もう迷っている暇はなかった。
「ユリィ、鎮圧に移るぞ!」
俺の声に、ゼファスが深く頷いた。
「体内魔力操作は、魔法障壁の出力を下げねばならん……。
だが、ユリィを危険に晒すわけにはいかん。──致し方あるまい」
交渉での投降、あるいはデバフでの沈静化が理想だった。
だが、この威力を前にしては無理だ。もはや実力行使しか残されていなかった。
モニターの先で、男は黄色の衣装にチェンジ。
次の瞬間──ズドンッ!と大気を震わせる轟音とともに稲妻が叩きつけられる。
「っ……!」
思わずモニター越しに目を細めた。
水圧、熱線、そして雷撃。
いったい何種類あるんだ?
どれもこれも、凶悪すぎる。
ユリィが小さく息を吐き、覚悟を決めたように呟いた。
「……ティナ、サポート頼むよ」
戦闘向きの性格ではない彼女だが、やるときはやる。
あの男を止められるのは、ゴーレムしかなかった。
──だが。
またもやパアッと衣装チェンジ。
今度も青……ではなく、青と黒の混色。
ティナの声が途切れ途切れに震える。
「……外気温、急激に低下……属性は氷。
現在マイナス80℃……さらに低下中」
ザザッとモニターにノイズが走る。
次に映し出されたのは──空に浮かぶ巨大な氷山の塊だった。
あれは……まずい。
いや、ゴーレムなら……。
俺は安心を求めてライナの表情を伺う。
「あれくらい、なんてことないわ」──その言葉を期待していた。
だが、蒼白に染まった彼女の顔に思わず呻く。
「ライナ……」
スピーカーからユリィの不安げな声が届く。
ドラゴンすら退けた最強の魔導ギア。
だが、目の前のそれは──。
男が静かに杖を振る。
氷山がすべてを押しつぶすように落下を開始した。
──そのとき。
ドンッ! ドンッ!
と、巨大な火球が降り注ぎ、氷塊が消失。
続けて、聞き覚えのある声が響いた。
「がんばったね、ユリィ」
リスティア……。
もう心配はいらない。
深い森を思わせる瞳が、そう告げていた。