表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/146

第13話 変身

モニターに映し出されたのは──杖を握りしめた小太りの男。

冒険者にしては、なかなかのワガママボディだ。


年の頃は三十代か。

老け込んではいないが、走ればすぐ息が切れそうな風貌だった。


あれが……杖?

他の魔導ギアがいずれも大型なのに比べ、ずいぶんと小ぶりだ。


騎士団一級兵装はいずれも変形し、パーツが鎧化する仕組みだと聞いている。

だが、あの杖からどう展開するというのか──想像すらできない。


さっぱり分からない。

ドランも同じらしく、開発者であるドワーフ商工会のギルドマスターに聞いても理解できなかったという。

──だからこそ、不気味さだけが募っていく。


カメラのひとつが、空を舞うリスティアたちをとらえた。

ズームすると、ランスの特異なシルエットが浮かび上がる。


「……剣と盾と弩砲とは、なんかテイストが違うな」


独り言を漏らすと、ドランが肩をすくめた。


「ああ、ランスと杖は後期開発のギアだからな」


最初は実用性を重視していたが、やっているうちに遊び心が出たのかもしれない。

楽しげな企画会議の光景が、ありありと目に浮かぶ。

──騎士団は国家予算で何をやっているんだ?


そのうち、杖を持つ男もこちらに気づいた。

荷車を引くので光学迷彩を解除していたのだ。人目につかないルートを選んで帰還してきていた。


ゼファスが静かに問いかける。


「どうする、同志よ。もう一度、体内魔力操作を行うか?」


脳裏に浮かんだのは、ゴーレムの掌底に沈んだサーフレイスの姿。

……あの小太りの男は、今度こそ死んでしまうかもしれない。

俺はそっと首を横に振った。


***


杖持ちの男──パルマンは、黒い鎧の巨体を見て立ち止まった。


荷台には仲間たちの装備品。

目の前の相手はS級冒険者ではない……だが、何が起きたかは明白だった。


「ヒッ」と息を呑み、後ずさる様子がモニターに映る。


なぜこんな気弱そうな男を最前線に送り込んだ?

杖の性能にそれだけ自信があるということかもしれない。


俺はユリィに声をかけた。


「なあ……見た目で判断するのはアレだが……。弱そうだし、このまま降服させられないか?」


黒い鎧はゆっくりと荷車のハンドルから手を離し、攻撃の意思がないと示すように腕を広げて歩み寄る。


鎧から少女の声が響いた。


「あの……お仲間さんは降服してくれました」


鎧の中身はてっきり荒くれ盗賊だと思っていたが、穏やかな声をかけられ、パルマンは少し安堵した。


「降服……? みんなは?」


ユリィは柔らかな声で答える。


「ギルドに帰ってますよ。だから、その装備を置いていってくれれば──おじさんにも何もしませんから」


その瞬間、男の顔が真っ赤に染まった。


「おじさん? 拙者が!?」


ユリィは思わず「えっ?」と小さく漏らし、「あ……いえ。お兄さんにも何もしませんよ」と慌てて言い直す。


……地雷を踏んだらしい。


パルマンは憮然とした顔で続けた。


「それに、この杖をよこせと?

これは拙者の夢を実現するために必要なもの。絶対に嫌でござる!」


……なるほど。下手に出ると調子に乗るタイプか。


「もう、やっちゃっていいんじゃない?」

ライナが欠伸を噛み殺し、つまらなそうにぼやく。


だがユリィは対話の姿勢を崩さなかった。


「お兄さんの夢……? その杖が?」


その言葉に、パルマンはキッと目を光らせる。


「そうだ! お前たち、ミアちゃんを捕らえているのだろう?

拙者は正義のナイトとして、彼女を救いに参上したでござる!」


……こいつ、ミア派か。

敵のアジトに乗り込むとは、見た目によらず気概があるじゃないか。

俺は少し感心した。


さらに男は、自分に酔ったように言葉を重ねる。


「そして、この杖こそがミアちゃんにふさわしい!

冒険者とはロマンを追うもの! 盗賊ごときに阻めはしない!」


そう決め台詞を放つと、杖を構え戦闘の意思を見せた。


……こっちは交渉してるってのに、勝手なやつだな。


まあ、あの杖がどんな魔法を撃てるかは知らない。

だが、ゴーレムの魔法障壁には通じまい。

実力差を見せて投降させるしかないのかもな。


そんな中、ライナが退屈そうな顔から一転。目がを輝かせた。


「ユリィ、一撃で沈めたらつまらないわ。

できるだけ性能を引き出すのよ。ティナ、解析準備お願い」


ティナがカタカタとキーボードを叩き始める。


ユリィは「やっぱりやるの?」とぼやいたが、相手に聞く耳はない以上は仕方がないだろう。


正直、俺も謎の杖の正体は気になっていた。


昂ぶった勢いで、パルマンは杖を掲げ高らかに叫んだ。


「チェンジ! ドレスアップ!!」


……?


次の瞬間、男の全身が閃光に包まれる。

キラキラとした粒子が舞い、ひらひらの布地が身体を覆っていく。

そして姿を現したのは──青を基調としたフリル付きの衣装。


……これは変形じゃなく変身じゃないのか?

本当にこれが騎士団の兵装なのか?

というか、これをミアに着せるつもりだったのか?


モニターに映る魔法少女……いや魔法中年男にドン引きする俺とは対照的に、ライナは興奮を抑えきれない様子だ。


「すごい! 魔力の具現化、粒子制御……! 最新研究の領域よ!」


ドランも腕を組み、感心したように頷く。


「精霊の膨大なエネルギーを魔力粒子に変換し操る……とかなんとか言ってたな。

わしには分からんが、ジジイ渾身の力作よ」


見た目はアレだが、どうやらとんでもないテクノロジーらしい。

ライナの興奮が物語っていた。


そんな俺たちに、ティナの冷静な声が割り込む。


「解析できました。属性は水。

布地に見える部分は高密度のエネルギー体……下位精霊五体分に相当します」


ライナとドランは、そろって「おお〜!」と感嘆の声を上げる。


──ピピッ。

警告音が鳴り、モニター上の魔法障壁の数値が乱高下した。


直後、後方の大木がスパン!と真っ二つに裂け落ちる。


水圧カッター……!?

いきなりえげつない攻撃をしてきやがる。


だが、それで終わりではなかった。


スパパパパンッ!!

圧縮水流の連弾が雨あられのように叩きつけられ、ゴーレムの障壁を容赦なく削っていく。


さらに鞭のようにしなる奔流が唸りを上げ、胴体を打ち据えた。


「ライナさん……魔法障壁、八枚消失!

ユリィが危険です。出力を上げないと……!」


これまで淡々としていたティナの声に、初めて緊張がにじむ。


ライナの顔から笑みが消えた。

内蔵された小型精霊炉の稼働数値を一瞥し、即断する。


「ティナ、魔力障壁……十五──いえ、二十枚まで引き上げて」

その声には一切の迷いがなかった。


「魔力粒子を纏うことで、魔法を高速展開。

これが杖の能力……とんでもないわね。

旧世代機どころか、最新鋭の軍事用ギアにも匹敵するかもしれない」


やつらが、たった二人で潜入してきた理由がようやく理解できた。


俺はドランを横目に見る。

彼も予想外だったのだろう、口を半開きにしたままモニターに釘付けになっている。


──まったく、何が“聖剣ほどじゃない”だ。それ以上じゃないか。

もっとも、俺が戦ったときの聖剣は本来の性能を発揮していなかった。

だが……それにしても、だ。


そして再び、男の全身が閃光に包まれる。

今度は白を基調とした衣装──まるでステージ衣装のようにきらびやかに輝いていた。


見た目の滑稽さなど、もはや恐怖にしかならない。


男が杖を突きつける。

瞬間、鋭い光線がピィッと走った。


モニターが赤く点滅し、ティナの声が揺れる。


「ライナさん……。高密度熱線、属性は光。

魔法障壁……十七枚貫通」


もう迷っている暇はなかった。


「ユリィ、鎮圧に移るぞ!」


俺の声に、ゼファスが深く頷いた。


「体内魔力操作は、魔法障壁の出力を下げねばならん……。

だが、ユリィを危険に晒すわけにはいかん。──致し方あるまい」


交渉での投降、あるいはデバフでの沈静化が理想だった。

だが、この威力を前にしては無理だ。もはや実力行使しか残されていなかった。


モニターの先で、男は黄色の衣装にチェンジ。

次の瞬間──ズドンッ!と大気を震わせる轟音とともに稲妻が叩きつけられる。


「っ……!」

思わずモニター越しに目を細めた。


水圧、熱線、そして雷撃。

いったい何種類あるんだ?

どれもこれも、凶悪すぎる。


ユリィが小さく息を吐き、覚悟を決めたように呟いた。


「……ティナ、サポート頼むよ」


戦闘向きの性格ではない彼女だが、やるときはやる。

あの男を止められるのは、ゴーレムしかなかった。


──だが。


またもやパアッと衣装チェンジ。

今度も青……ではなく、青と黒の混色。


ティナの声が途切れ途切れに震える。


「……外気温、急激に低下……属性は氷。

現在マイナス80℃……さらに低下中」


ザザッとモニターにノイズが走る。


次に映し出されたのは──空に浮かぶ巨大な氷山の塊だった。


あれは……まずい。


いや、ゴーレムなら……。

俺は安心を求めてライナの表情を伺う。


「あれくらい、なんてことないわ」──その言葉を期待していた。


だが、蒼白に染まった彼女の顔に思わず呻く。


「ライナ……」


スピーカーからユリィの不安げな声が届く。

ドラゴンすら退けた最強の魔導ギア。

だが、目の前のそれは──。


男が静かに杖を振る。

氷山がすべてを押しつぶすように落下を開始した。


──そのとき。


ドンッ! ドンッ!


と、巨大な火球が降り注ぎ、氷塊が消失。


続けて、聞き覚えのある声が響いた。


「がんばったね、ユリィ」


リスティア……。


もう心配はいらない。

深い森を思わせる瞳が、そう告げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ