第12話 ミサイルマン
物陰から砦を伺う二つの影が、ヒソヒソと声を交わしていた。
「さっきから矢の追撃がない……。リハルトのやつ、どうしたんだ?」
距離13kmからの超長距離を狙撃できるバリスタ。
速射性はなく、一撃ごとに冷却と再装填の時間が必要だが──それにしても遅すぎる。
作戦は単純だった。
まずロングレンジからの攻城兵器で砦を削り、混乱して出てきた敵を一気に制圧する。
だが、肝心の矢が飛んでこなければ次の段取りに移れない。
「……リハルト、やられちまったのか?
でも、マニッシュとサーフレイスが一緒にいるしな」
片方が首をかしげると、もう一人がため息をついた。
「あのサーフレイスが、そう簡単にやられるかな。
頭はアレだけど──実力はあるんだ。マニッシュだってな」
ひとりは丸太のように巨大なランスを抱え、もうひとりは小ぶりなロッドを握りしめていた。
どうする──と目を合わせる。
先に口を開いたのはランスを構える方だった。
「……レオンがやられたくらいだ。あいつらも万が一のことがあってもおかしくはない。
俺たちは、敵地で孤軍かもしれない」
敵を決して侮ってはいない。
レオンたちのパーティは、ブラック冒険者ギルドの中でも上位層に数えられる実力者だった。
杖持ちが不安げな声を出す。
「……やっぱり、カレンさんかな? だとしたらまずいな」
A級冒険者パーティを下したのは、さらにその上のS級冒険者──カレンとレナ。
ギルド長グレイスは、内部の混乱を避けるため秘匿にしていた情報を、この五人にだけ開示していた。
最初こそ、その名に怯んだ彼らだったが……冷静に分析すれば勝機はある。
カレンもレナも、いずれも近接戦を得意とする。
超長距離からの狙撃には対応できまい。
そして、一級兵装の中でも杖は特殊。
そこにこそ突破口がある──そう踏んでいた。
だが今回、彼女らは参戦していなかった。
まさかゴーレムという未知の魔導ギアによって、サーフレイスたちが落とされているなど──想像の埒外だったのだ。
「……だとすると、だ。
戻ってくるまでの時間が勝負ってことじゃないか?
いまは奴らの戦力も落ちているはず。俺が攪乱して、お前の杖で仕掛ければ……」
ランスを抱えた男が決断を迫る。
その声音には、すでに覚悟が滲んでいた。
「ただ──もしS級冒険者のどっちかが現れたら、即撤退だな。
あの化け物と正面切ってやり合うなんて、一級兵装があっても全然安心できねえよ。
カレンさんになます切りにされるのは、さすがに勘弁だ」
杖持ちが顔をしかめた。
「お前……レナさんだって相当ヤバいぞ。
あの人、眉一つ動かさないで切りかかってくるからな……。
だけど、時間勝負ってのはわかる。行こうか」
二人は頷き合う。
次の瞬間、ランスが変形を始めた。
装甲パーツの一部が分離し、鋼の羽片のように展開して鎧化。
タイトなライダースーツをまとった男の四肢を包み込み、プロテクターとなって吸い付くように固定されていく。
本体は八メートルほどの細長い円錐形。
先端から五メートル付近で主翼がガシャリと展開し、後方では尾翼がせり出す。
その瞬間、魔力の奔流がほとばしり、機体全体を包み込んだ。
巨体がふわりと浮き上がり、腰の高さで静止する。
鎧の装着者は、尾翼の手前に設けられたシートへと跨がる。
そこにはバイクのようなハンドル──しかも無駄にワイルドなチョッパータイプが据え付けられていた。
ハンドルを握り、ステップに足をかけると、その姿は完全にライディングフォーム。
そのシルエットは、突撃槍というよりも──飛翔するミサイルそのものだった。
「──じゃあ、俺に続いてくれ!」
言うが早いか、スロットルを全開にする。
後方から コオオ……ッ と低い唸りが響き、青白い魔力が炎のように噴き出した。
音はやがてけたたましい爆音へと変わり──次の瞬間、ランスは矢のように加速し、大気を裂いて飛び立っていった。
***
砦の通信機から、ガーン! と大きな衝撃音が鳴り響いた。
敵襲か!?
俺は慌ててリスティアに指示を飛ばす。
「そのまま切らずに状況を伝えてくれ! 何が起きてる?」
「わかった! 外に出てみるね!」
数秒後、通信機の向こうから「あちゃー」という間の抜けた声が返ってきた。
「そういえば、魔法障壁は張ったけど……物理障壁はやってなかったなー。
なんか、変なのが砦の壁に突き刺さってる!」
ランス型か……?
特攻なんて、無茶苦茶なことをやってくれる。
その直後、リスティアの声が続く。
「あ、抜けた──」
と、その直後また重低音が響く。
「ちょっと!! 壁を壊さないでよ〜!」
何がどうなってるんだ!?
***
ランスの装着者──いや、搭乗者は、リスティアの存在に気づくと、本体をぐいと彼女の方へと向けた。
精霊エネルギーの供給を受けるその機体は、魔力を推進力に変えて飛行する。
搭乗者の意思ひとつで軌道を自在に変え、急加速も急停止も可能。
さらには後方推進やホバリングまでこなす、空中戦用の突撃兵装だった。
俺は通信機を介してリスティアの説明を受けたが、正直、頭の中ではうまくイメージできなかった。
ただ──ランスに人がまたがり、空中を自在に飛び回っているらしい……その事実だけは伝わってきた。
杖や箒に跨った魔女ってのはファンタジーでもよく聞くが、まさかのランスとは。
……ドワーフのギルドマスターの設計思想、どうなってるんだ。
そのとき、通信機を通して――
パラリラパラリラと、場違いなクラクションが鳴り響いた。
……騎士団の兵装、だよな?
続いて、若い男の声。
***
彼の名はイーゴ。ブラック冒険者ギルド所属、A級パーティ最年少。
まだ少年のあどけなさを残す顔で、サングラスを口に咥え、バックミラー越しにリーゼントヘアをクシで整える。
満足げに頷くとサングラスを掛け直し、空中から眼下のリスティアを射抜くように見据える。
「……お前だけか?」
そこに立つのは、一人の少女。
だが、どこか現実離れした気配に、イーゴは少しだけ違和感を覚えた。
しかし彼にとっては、エルフなど物語の中の存在。目の前にいるなど夢にも思っていなかった。
(カレンさんも、レナさんもいない……)
好機。そう確信したイーゴは、口の端をつり上げる。
「ははっ! 盗賊団も人手不足だな。
お前みたいなのしか残ってないとはな。
……ま、俺は女に手を上げる趣味はねえ。大人しくすっこんでな」
その瞬間、リスティアの口元がピクリと動く。
俺たちだけに聞こえるよう、ぼそりと呟いた。
「ねえ……やっぱり、魔界の寄生生物、召喚していいかな?」
……頼むからリスティアを刺激しないでくれ。
俺は敵の身を案じていた。
眼下の少女が杖を構えると、イーゴは鼻で笑った。
「優しく言ってるうちにやめとけよな!」
次の瞬間、ランスは魔力噴射で急加速。
リスティアのすぐ脇を掠め飛び、ぐるりと旋回を繰り返す。
けたたましいクラクションとエグゾーストじみた爆音、そしてイーゴの高笑いがスピーカーを突き抜けて響き渡った。
最近じゃめっきり減った不良バイク乗りみたいなやつだな……。
俺は額を押さえ、深いため息をついた。
「うるさいわね」
ライナが面倒くさそうに言い放つ。
「リスティア、ちゃっちゃと眠らせちゃいなさいよ」
いやいや、空中で居眠り運転はまずいだろ……!
――パラリラパラリラパラリラ。
「ハァーーッハッハ! ネェちゃん、ビビってんのかよォーーー!!」
爆音とともに響き渡る、ノリノリな声。
こちらが気を遣ってやっているというのに、能天気なやつだ。
リスティアは、やれやれといった面持ちで軽く一息つくと――片手に持った短い杖を、すっと振った。
シャコン、と小気味よい音を立てながら、杖はするすると伸びていく。
やがて彼女の背丈を超える長さとなると――指先から力を離す。
手から離れた杖は、地上すれすれでふわりと静止した。
リスティアはためらうことなく、その上に足を乗せ、すっと立ち上がった。
華奢な身体は一切揺らぐことなく、風に煽られる気配すらない。
まるで重力の理を逸脱した存在のように──杖とともに、空へと舞い上がっていった。
「おいおい、マジかよ!?」
驚愕の声がスピーカー越しに響く。
だが次には、どこか楽しげな声音に変わっていた。
「おもしれえ……空のランデブーと洒落込もうじゃねえか!
振り落とされるんじゃねえぞォ!」
……いちいち台詞が古いな。
ドランが不可解そうに声を上げた。
「あの燃費バカ食いの一級兵装で空中戦かよ……。
下位精霊の供給でまかなえるはずがねえ」
それは俺も気になっていた。
砦を襲った弩砲の巨大な矢もそうだが、ブラック冒険者ギルドの連中が使えるのは、通常なら下位精霊のエネルギーだけのはずだ。
あの黒い精霊か……? だが、やつには独特の気配がある。リスティアなら感づくはずだ。
なら他の精霊? どうやって?
ライナを見ると、彼女も顎に手を当てて考えていた。
「ゴーレムやリスティアが持つ魔導ギアの世代になると、省エネ化が進んでるから下位精霊でも回せるけど……。
旧世代であれだけの出力を維持するのは、中位精霊の契約術式か精霊炉からの継続供給が必要なはず」
騎士団兵装の貸与だけでも問題なのに、裏で精霊エネルギーの供給網まで整っているとなると……闇の根はかなり深い。
背後にどんな勢力がいるのか──
そんな思考を遮るように、ティナの報告が入った。
「ゴーレム、砦に帰還します」
よし、これで現場の状況が映像で確認できる。
そのとき──ゴーレムのカメラは一人の男の姿をとらえていた。